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307.エーデルは時間切れ

『エーデル、君が飛ばされてくる前にいた方角はあのお城でいいのかい?』


 頷いた後に首を横に振るエーデル。

 何を言いたいのかと分からずクロエが首を傾げれば、エーデルは又も熊本城を指さし、空中を囲むように指先で円を描く。

 ミヤコはその動きにはっとする。


「アラウンドだ」


 英語で周辺やその辺りを表す言葉を思い出し口にする。

 ミヤコの魔学んだ英語の教師が、アラウンドを感覚として理解させるために行っていたジェスチャーが、似たような動きをしていたのだ。


「ああ、熊本城じゃなくて、熊本城周辺、っていうことか。確かにここまで目立つランドマークを考えると、いったんそちら方面を示してから、その周辺と括って伝えた方が単純に指をさすより分かりやすいね。うん、流石ランドマーク」


 地図もろくにない時代のランドマークはまさしく、その土地土地の方角を示すのに使われてきた建築物や特徴のある自然物。日本語では陸標とされるもの。

 現代でこそ都市のシンボル、モニュメントとしての役割が大きくなっているが、ことこの熊本では、もっとも人口の集中する場所の高い位置にある特徴的な建物であるため、元来のランドマークとしての役目をはたしていた。


 エーデルは自分の体は熊本城周辺にあると言いたいらしい。

 さらにエーデルは電車通りから向かって右側方面を指さし、さらに遠くを指さすように何度も何度も腕を前に突き出すような動きをする。


 エーデルの指さす方向には、熊本城周辺を流れる坪井川にかかる厩橋があり、そこを越えると大きな神社がある。さらにその神社の前を通って道なりに行けば、美術館の別館や伝統工芸館、裁判所などもある場所だ。

 史跡が好きな人間であれば、見上げるほど高い石垣や、ところどころにある史跡後を示す標識などを見て楽しむかもしれない。

 また自然が好きな者であれば、その近隣に生息するシジュウカラやセキレイの姿に心踊らせるだろう。時には大きな鷺もいる。


 しかし、そんな場所を指さしていたエーデルが、不意に振り返ると近隣で一番大きな老舗のデパートを指さした。


『あのデパートに何かあるのですか?』


 デパートという単語は日本語のままルイが問えば、エーデルは大きくなずいた。

 自分を指さし、厩橋を指さし、そしてまたデパートを指さすエーデル。

 何か伝えたいことがあるようだ。


「デパートは認識してる。うん、あの場所に何かありそうなんだ」


 元はこちらの世界の人間。

 多少向こうの世界にいた時間が長くとも、通じる言葉もあるようだ。


 ミヤコはデパートをじっと見つめる。

 こうした商業施設は上部の階層に、ビル全体のインフラを管理する区画が存在するので、ぱっと見で何階層ある建物なのか分かりにくい作りになっているが、どうも七階か八階くらいのようだとミヤコは辺りを付ける。

 じいっと見上げる屋上には、気のせいだろうか、黒い靄のような物が見えた気がした。


『何があるのかわかる?』


 そうクロエが聞いた時だった。

 急にエーデルは慌てたように腕を振り回し、次の瞬間にはふっとその姿は掻き消えていた。


「えっと、これは?」


 驚きエーデルの姿を探すミヤコたちだったが、クロエは一人淡々と時間が来たからと答えた。


「時間切れだ」


「それはどういう?」


 エーデルの消えたその場所に、話しを終えたらしいサトルが駆けて来た。


「何かあったのか? 聖女は?」


 ミヤコたちの居場所が変わっている事もだが、そこにエーデルの姿が無い事をいぶかしむサトル。

 注意深く周りを見渡していたサトルが、ふっと一点で目を留め、何か見定めるようにじいっと凝視したかと思ったら、眉間に眉を寄せて「分からないな」と首をふる。

 それはくしくも先ほどミヤコが黒い靄を見た気がした、デパートの屋上付近だった。


「多分体力が切れて本体が魂呼び戻したんだろうよ。そこまで長く魂だけでの活動はできないらしいから」


 だから時間切れ。

 どうやらエーデルの生霊は体力を消費するような行為らしい。

 そしてその行為を、人を蜂から守るために使っていたふしがあった。

 先ほどクロノたちが言っていた「サトルたちと似たような」の意味を改めて感じて、ミヤコはなるほどと頷く。


 さすがは聖女と言われるような、人のために尽くすその姿勢。

 いくら何でも自分の命がかかっている時にはもう少し自分本位でもいいのではないかとも思えたが。


 サトルがクロノをシオリに差し出す。

 シオリはクロノを受け取り問う。


「エーデルさんは聖女なんですよね? 聖女って何か異能みたいな特別な力があるんですか?」


「おうあるある。クロエは向こうだと即死耐性とかあったよな」


 答えながらクロノはクロエへと向かって身を乗り出す。

 シオリの手からクロノを取り上げながらクロエも答える。


「そうだねえ、僕もエーデルと同じでとにかく死なないタイプの聖女だったね」


 その言い方ではまるで死にかけたことがあるかのようにも思えたが、死にかけたどころか死んでいるからこそここにクロエがいるのだと思いだし、ミヤコはポッポカリと目と口を開いて固まった。


「あこれ知ってる、宇宙猫ってやつだろ」


「君いつの間にネットに汚染されたんだい?」


 言いながらクロエは何故かクロノをミヤコの頭上に乗せる。


「うん可愛い」


 何故か満足げなクロエとシオリ。

 どうやらシロノがずっとサトルの上に載っているのを見て、ミヤコにもしてみたいと思っていたらしい。


 ミヤコははっと気を取り直し、頭上のクロノを支えるように手をかける。

 それをシオリとクロエが手を掴んで止める。


 ミヤコはちょっとだけ眉を寄せるも、女性二人が結託してきたのでここは大人しくすることに。


「可愛いですね。で、聖女って魂が頑健だから生きてこちらの世界に来てる、ってことですか?」


「どうだろうね。エーデルは特に特殊な子だから」


「特殊って?」


「簡単に言うと、異様なほどの生存力がある。戦争で一つの村が焼け落ちて、その中で唯一生き残ったのがエーデル。その力は死にたくないという本人の意志と、死なせたくないという周囲の願いの結晶だ。エーデルはだから死にたくなることはないし、簡単には死ねない。死ぬことのできない彼女は、常に死んでいく人間を見送る側。だから嘆きの聖女と呼ばれるんだ」


「看取る事を宿命づけられた聖女……のはずなんだけどね」


 頭上にクロノを乗せたまま、ミヤコは二人のちょっと不穏さが滲む話を聞くばかり。


 そんなミヤコの様子を、ルイとミナミ、イクミの三人がタブレットで写真に収めているのには気が付いていなかった。

本日の更新もこれだけ。

明日も一回更新です。


ただいま熊本でもインフルが猛威を振るっています。

森野が大好きな劇団の皆様も罹患してしまったようで、さすがは流行を名に持つ病気だと感心させられます。

奴らの恐ろしさは、人間の細胞を乗っとるところに有ります。

細胞膜を持たず細胞にとりつき、細胞の持つ機能を乗っ取って増殖する恐怖のインベーダーなのです。

森野がもっともと恐怖を感じる増殖の仕方をしやがるのです。

恐怖天元突破で阿鼻叫喚です。

どくしゃのみなさまにおかれましては、手洗いうがいをしっかり行いインフルを退けていただけますようお願い申し上げます。

あいつら細胞膜無い代わりに油膜持ってるから、アルコールとか石鹸とか消毒液がてきめんに効くんですよ。

命大事に!

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