306.聖女クロエとエーデル
「それで、精霊様どういうことです?」
サトルから受け取ったクロノを抱え、優しく額の間を撫でながらシオリが問う。
シオリの撫で方が良かったのか、クロノは気持ちよさそうに口を動かし、コリコリと小さな歯ぎしりの音を鳴らす。
喋らなければ完全にただの長毛兎だ。
クロノはシオリにされるがままに撫でられながら答える。
「うーんまあなんつうか、うん、こっちの世界とあっちの世界がぶつかってる部分の境界ってメッチャクチャ薄くてな、そこが凄く罅が入りやすくて、穴がすぐ開くんだわ。エーデルが穴って表現したのは、まさにそれに落ちる感覚を体験したからだろうな」
クロノの言葉を確認するようにルイがエーデルに問えば、エーデルはすぐに頷く。
世界のぶつかってる場所に罅が入ってこちらの世界にエーデルが文字通り落ちてきたという事らしい。
「今はたぶん地獄の花の影響のせいで、余計に世界に罅が入りやすくなってるんだろうし、昨日も世界の罅あったし」
そう言いながら上空を見上げるクロノ。
ミヤコはそれに釣られるように顔を上げ、そう言えば初めて世界の罅を見た時のジェーンズ邸の世界の罅も、ルイがこちらの世界に来た時の世界の罅も、何故かちょっと上空にあったなと思い出す。
世界の日々は若干空中にあるのかもしれない。
「……なあ、最近異界人の死体って見つかったりしてるか?」
ぽつりとクロノが言う。
ミヤコもシオリもそれに応えられるだけの情報は持っていない。
もちろんクロノと一緒にいるクロエもそうだ。
ミナミとイクミが視線を合わせ、互いに首を横に振る。
サトルだけがクロノに視線を合わせ、苦々し気にため息を吐く。
「……こっちで話そうか」
言うとサトルはシロノを頭上に乗せ、シオリの腕からクロノを取り上げる。
大の大人がモフモフまみれになっているのはなかなかにシュールな絵面なのだが、沙老は一切気にしていないようだった。
サトルは二羽を連れてミヤコたちから十メートルほど離れて行った。
「あの様子だと、見つかってるんだろうねえ。それも複数」
離れて行ったサトルの背を見ながら、クロエがため息交じりに言い、クロエはエーデルに向き合う。
何故かこの場を離れてしまったクロノに対して、おろおろと不安そうに視線を彷徨わせるエーデル。
クロエはもう一度ため息を吐き、自らの頬を叩いて気合いを入れると、一歩進み出てエーデルに声をかける。
『ごめんねエーデル。覚えてるかい? 僕はクロエ。君を次代の白麗の峰の聖女に任命して勝手に死んだ薄情者だ』
クロエの名乗りにエーデルは驚き目を見開く。
ミヤコたちはクロエの言葉を理解できなかったが、横で同じようにルイが驚いていたので、何かしら衝撃的なことを言ったのだろうことは分かった。
わなわなと震えるエーデルに、クロエは穏やかにほほ笑みながら話しかける。
『君がこちらへ来てしまったのは、僕の力不足もあるもだろうね。君を助けるための手は尽くそう。僕たちはいまそういう仕事をしているからね。君はここから動くことはできる? 体のある場所は近くだろうか? それとも以前のように、ただ魂がはじき出されるように飛んでいってしまったのかな? だとしたら体は少し遠いか?』
クロエの言葉にエーデルは首を横に、縦に振る。
どうやら通訳なしでクロエとエーデルは会話ができるようだと、ルイは下がって様子を見る。
通訳を挟まない分、先ほどよりもスムーズに話が進む。
『そう、つまり、自分でも自分の体がどこにあるのか、明確には分からず、ここから動くのも今は難しい? 何故ここにいるのかはわかるかい?』
クロエに問われてエーデルは上通の入り口を見やる。
掌を上にして、西洋人のジェスチャーよろしく指を曲げてこちらへ来いと示す。
「うん? エーデルが呼んでいるからちょっと移動しようか」
ゆるゆると歩き出すエーデルに従い上通入り口、路面電車の線路が走るスクランブル交差点の前までくると、エーデルは電車通りを指さし、そこからゆるりと腕を振って熊本城を指さした。
エーデルとクロエを負ってミヤコたちもスクランブル交差点前へ。
エーデルの指さす方向には、よく熊本の広告イメージに使われるアングルの熊本城。
樹齢何百年もの楠などに囲まれた緑の濃い城の姿があった。
「どういう意味なんでしょう?」
ミヤコたちはクロエがエーデル尋ねた内容は知らないので、突然のエーデルの行動の意味は分かっていない。
「うーん、よく分からないけど、エーデルの生まれ持っての魔法を考えると、あっちからここまで魂が飛ばされて来たって事かな?」
自分の質問内容は特に言わず、軽くエーデルの行動の意味を説明するクロエ。
クロエの言葉に首をかしげるミヤコたち。
そもそもクロノとクロエ以外エーデルが何故幽霊になっているのか、それを納得できていないのだ。
元からそういう女性だったと言われると、たぶんこちらの世界でいうところの異能のような物があるのだろう、というふんわりとした解釈しかできない。
クロエは疑問を解消されずモヤモヤとしているミヤコたちをよそに、さらにエーデルへと問いかけた。
本日の更新もこれだけ。
明日も一回更新です。
電車通りから見る熊本城は素晴らしいのです。
夏の青空も春の桜も、是非見てほしい。




