301.聖女と蜂と黒い鳥
「あの、幽霊は残バラの黒髪で左前の着物を着てます」
何故異界の存在が日本の死に装束を身に付けているのか、ミヤコは不思議に思い不自然さを口にする。
幽霊の外見の説明に、えっと驚くシオリとイクミ。
「異界人なのに着物なの?」
しかしクロノとクロエがそうじゃないと説明をする。
「ああいやありゃ聖女の修練着だ。祭祀をする際に体を清める沐浴するためのな」
「ああ、言われてみれば髪を下ろして裸足で左前の帯で止めるだけの白衣、似ているのかもね。左前なのは死に装束だからじゃなくて、女性の服の慣例だよ、いやでも言われたら確かに死に装束にしか見えなくなってくる」
こちらとあちら、双方の世界の記憶があるクロエは、言われて確かにそうとしか見えないと何度も頷き、同じく双方の世界の記憶があるルイも同意を示す。
「一応袖の形が着物と違って脇の下を縫い付けてあ……ん」
着物とは違う形の服だと説明するクロエだったが、その途中で言葉を途切れさせた。
幽霊がゆっくりと動きだし、右手を目の前を歩く女性へと向けたのだ。
ミヤコたち見えている者たちの間に緊張が走る。
また人が倒れるかもしれない。
現状まだ幽霊を止める方法が分かっていないので、そうなったらすぐに救護をすることがのぞましいだろう。
心構えをするミヤコの耳に、ここ最近聞きなれた虫の羽音が飛び込んできた。
音の発信源を探して上空へと顔を上げるミヤコ。
そこにはアーケードの屋根の骨組みに止まる一羽の烏。
そして烏が口を開き、その口からこぼれるように、一匹の蜂が落ちて来た。
「あ……蜂」
ミヤコのつぶやきに、シオリとルイがミヤコを振り返る。
ミヤコはとっさに蜂の落とされた方へと走ろうとするが、すかさずイクミがその肩を捕まえる。
護衛役の制止に、ミヤコはすぐに冷静になる。
何の手段を持たない自分が、攻撃性のあるかもしれない存在の傍に行くことは悪手でしかない。
代わりにミヤコは指をさして蜂の位置をミナミとイクミに教える。
蜂はかなり高い場所を何かを探すように8の字を描きながら飛んでいる。
ミヤコの代りにミナミが、まるでそこいらの人間ただ歩いているだけという風を装い蜂の方へと歩みを進める。
蜂がミナミに気が付いたように動き出す。
「動いた……」
幽霊を注視していたサトルが呟く。
蜂が動くと同時に、幽霊もまた動き出した。
聖女は南の方へと顔を向け、ゆっくりと歩き出す。
ミヤコたちからは見えなかったがミヤコは顔を引きつらせ、掌に小さな炎を灯す。
近付いてくる幽霊化、それとも自分をめがけて硬化してくる蜂か、どちらを相手取るべきか迷うミナミの頭上に、高速で迫る夢に巣食う蜂。
手を伸ばしミナミの顔へと掌を向ける幽霊。
幽霊が手を上へと振り上げる。
バチリ、と硬い物を叩くような音が、ミヤコの耳には聞こえていた。
蜂が弾かれるようにミナミから距離を取る。
幽霊が、ゆらゆらと揺れながら、ミナミへ向けていた顔を、弾かれ飛んでいった蜂へと向ける。
「ミナミさん大丈夫か? 何が起きた?」
蜂の動き、幽霊の動き、それに対するミナミの戸惑い、それらを理解しようとサトルは駆け寄り、ミナミの背に声をかける。
一連の出来事を正しく理解できたのは、きっとミヤコと、当事者であるミナミだけだったことだろう。
「あの幽霊、蜂を追い払った?」
ミナミはサトルの問いに、自分の見た光景が信じられないと言わんばかりに声を震わせ応える。
クロエが動いた。クロノを抱えたまま幽霊へと駆け寄る。
幽霊の顔が近づいてくるクロエへと向けられる。
ニタニタとだらけた笑みを浮かべていた顔が、まるで幽霊でも見たかのような驚愕に彩られる。
クロエは幽霊が自分を認識したことを確認し、声をかける。
「エーデル?」
しかし幽霊は答えない。
幽霊の視線はクロエの抱えるクロノへと向けられていた。
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