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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
三章:血汐の円卓
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装甲術



 ギルドから出たガラハッド君は当てもなく走り続けました。


 走って、走って、自分でもどこにいるのか、どれだけ走ったのかもわからないだけ走って――やがて小さく悪態をつきながら首都の陸橋の上で立ち止まりました。


 欄干に腰を下ろし、汗を拭い一息ついているところで自分が森狼の尻尾をギルドに忘れた事に気づき、また「クソッ……」と悪態をつきました。


 そして、たまらない気持ちで両手で顔を押さえていた時の事でした。


「おーい! ガラハッドー!」


「…………」


 パリス少年が追いついてきたようです。


 ガラハッド君の方が走るの早く、人混みの影響もあり追いつくのは一苦労だったようでしたが、パリス少年は自分より背の高い少年の前へとたどり着きました。


「どうしたんだよ、急に」


「……キミには関係ない」


 ガラハッド君はそう言ってそっぽを向きかけましたが、ふと気になった事があったので、思わずパリス少年に問いかけました。


「索敵魔術で追いかけてきたのか?」


「まあな!」


「すごい、な……人混みで大変だっただろう?」


「まあな! けど、お前の足音を拾って――」


「足音で追ってこれたのか」


「追おうと思ったら、ギルド出て直ぐのとこで見失ってな!」


 ガラハッド君が思わずコケかけました。


 パリス少年がケラケラと笑って、「棒倒した方向に来ただけだぞ」と言うのを呆れ顔で見て、嘆息もして、「キミは気楽でいいな」と言いました。


「だろ? お前もお気楽になって過ごすといい」


「私にとって、それは難しい事だ」


「背だけじゃなくて意識も高いヤツめ」


「背はそれほど高くない。キミやセタンタが低いだけだ」


「マジでそうなのかもしれねーんだよなー……」


 パリス少年は「同じ種族なのになぁ」と言って深く嘆息しました。


 ちょっと可哀想な気持ちになったガラハッド君は逡巡しつつも、「最悪、整形でもして第三次性徴期と言い張ればいいさ」と告げました。


 告げて、もう一つ問いを投げかけました。



「何で私を追ってきた」


「なんとなく」


「キミは動くものを追う犬猫か。あるいは馬鹿だな」


「なんだよー、確かに追ってきたとこで何にもならねえかもだけど、そこまでキツく言わなくてもいいじゃんよ。ちょっぴり傷ついたぜ」


 ガラハッド君は気まずげに唸り、ムッツリと黙りかけました。


 黙りかけて黙らず、言いました。


「……すまない。言い過ぎた。それと、何にもなってないわけじゃない……なんというか、その……キミに毒気抜かれて、少しだけ気分が晴れたよ」


「そうか? なら良かった」


 パリス少年はフフンと笑い、「ギルドに戻ろう」と誘いました。


 誘ったものの、ガラハッド君は迷った様子でその言葉に応える事が出来ませんでした。パリス少年はその様子を見て、言葉を変えました。



「ま、尻尾はセタンタが何とかしてくれてるさ!」


「そうか。……まあ、捨ててくれていいんだが」


「とりあえず二人で遊びに行こうぜ!」


「…………何でそうなる?」


 ガラハッド君は突拍子のない提案に大いに戸惑いました。


 パリス少年の中では妙案だったらしく、直ぐに説明してくれました。


「オレ様は人付き合い、そんな上手じゃねえ。お前はもっと下手くそだな」


「ほ、放っておけ」


「だから練習してみようぜ? オレら、そんな仲良くないから、仲良しこよしとまでは行かずとも、まあ普通に接する事が出来たら他の人相手にする時も……冒険者として活動していく時も、問題なくなるんじゃねえかなぁ?」


「…………」


「お前も、エレインさんが毎日のように『人との接し方を改善しなさい』って言ってるのを少しぐらいは気にしてるんだろ? 冒険者になるなら、戦う技術より重要なものだって何度も言われてるから……」


「……まあな」


 ガラハッド君も、危惧はしているのです。


 自分が人付き合いが苦手な自覚があって……でも、ずっと前から似たような感じで、今までの自分を急に変えるのは難しい、と惑っているのです。


「冒険者関係ある事だからな。人付き合いの特訓だ!」


「そんな、急に言われてもな……」


「あのな……? えっとな……? 冒険者関係ある……? 事だからな……? 人付き合いの特訓だ!」


「ゆっくり言えと言ったわけじゃ……まあ、いい」


 ガラハッド君は深い深~い溜息をつきました。


 ついてから、パリス少年に問いかけました。


「特訓と言っても、具体的に何をするんだ?」


「ナンパとか?」


「御免こうむる……!」


「なんだよー、恥ずかしいのか?」


 ガラハッド君は気まずげにモゴモゴと「そういうふしだらな行為は良くない」とパリス少年に説きました。恥ずかしいようです。


 否定した代わり、対案として「もっとこう、普通に街を回るとかでいいんじゃないか……?」と言うと、パリス少年が「じゃあそれだ!」と完全に乗り気になってしまい、言いだした手前、ついていく事にしました。


 二人はブラブラと街を歩きました。


 お互いに手探りで、沈黙が流れる事もあり、流暢に会話を交わす事は出来ませんでしたが……それでも特訓の名目でポツリポツリと会話を交わせていきました。


 ガラハッド君はあまり話題は振らず、受け答えする形で。


 パリス少年は時に大胆に踏み込んできました。



「ガラハッドは、何でそんなツンツンしてるんだ?」


「ツンツン……!」


 ガラハッド君はムッとしましたが、心当たりもあるので黙るに留めました。


「オレ様もお前みたいに人と仲良くするの、あんま得意じゃねえ」


「……私よりはよっぽど喋れているよ、キミは」


「喋ってるだけじゃねーかなー……友達とか作るの苦手だ。あんまりいた事ねえ」


「……だから、学院に来たくなくて、よく休んでいたのか?」


 ガラハッド君は遠慮がちに聞きました。


 パリス少年は無理して笑って答えました。


「休んでたのはそういうのじゃなくて、サボって仕事してたんだ」


「そうか……そうだったんだな……」


「つーか、お前オレのこと覚えてるじゃねーか!」


「ウッ……まあ……その……いま思い出したんだ」


「ふーん……へへっ、そういう事にしといてやろう」


 歩きつつ、そんな会話を交わしていた二人の間にまた沈黙が流れました。


 ガラハッド君は、とても居心地の悪い想いになりました。


 ただでさえ人付き合いが苦手で、沈黙に耐えかねて逃げたくなりました。


 でも、パリス少年の方はよく会話を振ってくれていたので……自分も少しは頑張って言葉を絞り出し、話す内容を提供しようと、苦心しました。



「……学院通ってる内から、仕事をしないといけなかったというのは……」


「うん」


「家庭を助けるため、か?」


「そうなるかなぁ……一応は」


 パリス少年はゆっくりと言葉を吐きつつ、小声で喋りました。


「ウチ、他所の国から逃げてきたんだ……難民なんだよ」


「そう、なのか……大変だったんだな」


「バッカス王国がちっとは保護してくれるから、借金とか悪いことしなきゃ、真面目に働いてる分にはそこまで困らないみたいだったんだけどなー……」


「…………」


 それなのに子供のパリス少年が働かざるを得なかったという事に関しては、ガラハッド君は詳細を問う事が出来ませんでした。


 パリス少年が、「まあ色々あるんだ」と言って仕方ないという顔をして笑うので、問いかけて踏み込む事が出来ませんでした。


 ただ、代わりに別の言葉を伝えました。


「偉いな、キミは……子供ながら働くなど、中々できないことだ」


「偉くねえよ。オレ様みたいに働いてるヤツなんてそこら中にいる」


 商店や屋台でアルバイトとして働いたり、郊外で汚れて帰ってきた冒険者の靴や鎧を磨いて金銭を稼ぐ子供達はバッカスにも存在しています。


 多くはお小遣いを稼ぐ子達で学校終わったら夕食の時間まで働き、そのお金で好きなものを買ったり、友達と遊びにいったりしているのです。


 パリス少年のように生活のために働く子もいます。


 親がいなければ天女の如き女性がどこからともなく現れ、手を引いて孤児院に――赤蜜園に連れていき、大事に育て教育を施していくのですが、親がいると余程の事がない限りはそうなりません。


 親がいても赤蜜園に実の親が実の子供が連れられてくる事もあります。


 親権を放棄し、ヘラヘラと笑いながら「ここで暮らした方が幸せでしょ?」と子供を突き出す親もいます。孤児院長さんはそれも受け入れます。


 突き出してきた親が、フッと見かけられなくなる事もありますが、子供の方は他の子達と同じく大事に育てられ、幸せで仲良しな家庭を築いたりもしています。



「オレ、自分の親に死んじまえって思った事があるんだ。何度もある」


「…………」


「死んでくれたら、孤児になったら、セタンタがいた……赤蜜園に入れてもらえて……子供の頃から冒険者の訓練とか積ませてもらえて……幸せになれるって……。だから親に、いっそのこと死んでくれって思った事、何度もあるんだ」


「…………」


「親に死ねとか思うガキなんて、偉いわけねえじゃん」


 パリス少年は吐き捨てるようにこぼしました。


 ガラハッド君は、何か言ってやりたいと強く思いました。自分の事を気遣って追ってきて、構ってくれている同い年の少年に笑って欲しかったのです。


 でも、相手の心を晴らす言葉を思いつきませんでした。


 とてもとても困って、歯がゆさを感じながら眉根を寄せ、困った顔をして、やっとの事で「それでもキミは偉いと私は思う」と告げました。



「少なくとも私より偉い。私はキミのように働いていなかったんだから」


「ウソつけ……冒険者なる前は、働いてたんだろ?」


「学院を出た後の話だ、それは」


 パリス少年のように学院をサボって働いたりはしなかった。


 他の子達のように放課後に働いたりもせず、ただ図書館などに寄って、親から貰ったお小遣いを当たり前のように浪費する事しかしなかったと言いました。


「働かないやつもいるよ。子供なんて働かないのがフツーって言うし」


「でも、私はいまになって……もう遅きに失しているが……キミみたいに働いていたら良かったと、後悔している」


「…………」


「ウチは母が難民だったんだ。バッカスに流れ着いた当初はとても苦労したらしい。でも、いまは明るく笑っていてくれてるから……私は深く考えず、ただただ、母に養われるだけだった」


「……そんなもんだろ、子供なんて弱いもんなんだから、働いてたり、働かされたりしてた方が異常なのかもしんねーぜ」


「でも、私は母の役に立ちたかったんだ。出来るのにやらなかった。ただ、自分の境遇に怒り、母を助けようとするところまで頭が回らなかった……愚かな子供だ」


「お前の母ちゃんは、元気にしてるのか?」


「……ああ、まだ生きてくれている」


「なら、何の問題もねえじゃねえか」


 パリス少年はニカッと笑いました。


 少し強張った笑みではありましたが、それでも笑いました。


 笑って「元気出せよ」と言いたげにガラハッド君の胸板を叩きました。


「これから親孝行していけよ! お前はもう成人してて、大人で、冒険者にもなれるんだ! こっからガンガン稼いでいけばいいのさ」


「……出来るだろうか」


「出来るさ、お前は結構才能あるらしいんだぜ? いま、オレ様とフツーに話してるみたいに他のヤツとも話して、エレインさんの言う事もちゃんと聞いて頑張っていけば……お前の望む最強の冒険者にもなれるかもしれないんだぞ?」


「…………」


「最強って事は、スゲー稼げるって事だろ? スゲー稼いで、親孝行するために冒険者になってやろうって、思ったんじゃないのか?」


「…………」


 ガラハッド君はその問いの答えませんでした。


 なぜだか、とても不安げな表情になっていました。


 パリス少年はそれをどうにかしてやりたい、と思いました。


 思って考えて、ガラハッド君の手を取って引っ張りました。



「そうだ……ちょっと、こっち来い!」


 パリス少年に手を引かれたガラハッド君が首都サングリアを歩きはじめました。


 パリス少年はもはや強張った笑みではなく、どこか自信ありげな笑みを浮かべ、逆に戸惑った様子のガラハッド君を引っ張っていきました。


 そうして、辿り着いたのは一つの商店でした。


「ここは……?」


「鎧屋だ! 沢山置いてるだろ?」


「…………」


 パリス少年はとっておきの宝物を公開するように一つの商店を紹介しました。


 そこはパリス少年の言葉通り鎧屋――鎧の専門店でした。


 魔物と戦う冒険者稼業の方が職種別で最も多いバッカスにおいて、戦闘用の鎧の需要は高く、二人以外にも冒険者のお客さんの姿がチラホラ見受けられます。


「良い鎧はちょっと高いけど、お前にはこういうの良く似合うと思う!」


「私に……」


「さっきギルドで、ちょっと思ったんだ! お前は魔物と正面から戦うような魔術が得意だろ? 盾だけじゃなくて、鎧も着込むといいんじゃないか?」


「…………」


「鎧を媒体に使った魔術で、装甲術っていうのがあるの知ってるか? 守りを堅くするだけじゃなくて、動きも良くする魔術なんだ」


 ガラハッド君のような前衛向けの魔術です。


 習得するだけなら難易度はそこまで高く無く、熟練者は人装一体となる事で身体能力を大幅に上げつつ、鎧や甲冑本来の堅牢さをさらに引き上げます。


 身体強化魔術と防護魔術の複合発展系の魔術なのです。


 基本、全身を覆うものが必要なので装備を整えるうえでのハードルは高めですが、適正があれば投資した以上の見返りを得る事が出来るでしょう。


「直ぐ買うのは厳しいかもだけど、装甲術が合ってるかどこかで試せないか、エレインさんに相談してみようぜ? お前に似合いの魔術だったら……もっともっと強くなっていけて、親孝行しやすくなる筈だ! 鎧代ならオレ様も貸せるぞ」


「…………」


「装甲術っていえば、さっきギルドにいた円卓会の奴らが使い手として有名だけど、アイツらだけのもんじゃない! お前も使えれば、お前も……そうだ! あのランスロットさんみたいに強く……」


「止めろ!!」


 ガラハッド君がパリス少年を突き飛ばしました。


 居をつかれたパリス少年はビックリしながら、怒りながら青ざめた表情のガラハッド君を見つつ、お尻から地面に着地しました。


 幸い、少し打った程度で大したケガも無かったのですが、パリス少年はポカンと口を開きながら、自分が咄嗟にした事にハッとしつつ、後ずさっていくガラハッド君を見続けました。


「が、ガラハッド……?」


「…………」


 ガラハッド君は踵を返し、逃げていきました。


 パリス少年は、相手が小さく「ごめん」と言った声を聞き、慌てて立ち上がって弟弟子の事を追いかけましたが、今度は追いつく事は叶いませんでした。


 なぜガラハッド君が怒ったのかも、いまのパリス少年にはわかりませんでした。




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