彼の憤怒
討伐数で競った翌日、パリス少年はセタンタ君とガラハッド君は三人で冒険者ギルドにやってきていました。
昨日の森狼討伐依頼の報告と報酬の受取にやってきたのです。
指定数以上の討伐ではなく、狩った数に応じての報酬の依頼を受けたので、討伐の証明として切り取った森狼の尻尾を提出して証明する事になります。
昨日の夕方、持っていけば直ぐに報酬受け取れたのですが、行った時にはもう冒険者ギルドが営業時間終え、職員さんも定時でササッと帰っていたので日を改めてやってきたのです。
ガラハッド君は一人でギルドに向かっていましたが、途中でパリス少年とセタンタ君に見つかり、ムッツリと眉根を寄せて二人についてこられる事になりました。
「別々に行けばいいだろう、別々に」
「そんなつれないこと言うなよ! 一緒に行こうぜ?」
「何を企んでいるんだ、キミは」
相変わらずな態度のガラハッド君に対し、パリス少年はむくれました。
むくれましたが、同時にガラハッド君の態度を「勿体無い」と思いました。
自分が理想とする才能を持つ人間。
その人物がせっかく才能を持ち合わせていても、冒険者としてやっていくにあたって大事なコミュニケーション能力が欠けている事を勿体無いと思いました。
欠けていなければ、こいつはもっと強くなるんだろうな、と羨みました。
「少しは仲良くしようぜ、ガラハッド」
「馴れ合うつもりは無い」
「ムカッ。いまのはちょっと傷ついたぞ」
「…………」
ガラハッド君はパリス少年に振り返りかけて、止めました。
ムッツリと黙ったまま冒険者ギルドの中に入っていき、パリス少年は肩をすくめてその後についていきました。セタンタ君もちょっと溜息ついて続きました。
冒険者ギルドの依頼達成報告の受付は少しだけ混雑していました。
どうもガラハッド君達のように受付閉まった後で帰ってきた方々、あるいは「もう間に合わないだろうから明日でいーや! 飲みに行こっ!」と諦めていた方々の報告が重なっているようです。
「仕方ない、ちょっと待つか」
「だな」
「俺は座ってくつろいでるから、お前ら立ってならんでなさい」
「ズルいぞ!」
「嘘だよ。整理券取って番号呼ばれるまで座って待ってな」
セタンタ君達は座って待つ事にしましたが、ガラハッド君だけ少し離れたところに座りました。セタンタ君達が隣に座っても逃げる有様です。
追うのも面白いですが、あんまりやりすぎて激怒されてもいけないので、セタンタ君とパリス少年は程々のところで控えておきました。
そうして待っていたところ、冒険者ギルドの入り口がざわつきはじめました。
冒険者の皆さんがざわめくに相応しいものが入ってきたようです。
セタンタ君達が「何だろ?」と思いながら見ると、それは甲冑姿の冒険者達に担がれた御輿で――御輿の上には大きな魔物の頭が乗っていました。
竜の頭です。
セタンタ君が10人ぐらいは同時に咀嚼できそうな口を持つ竜の頭で、頭だけ切り取られてギルド内に運ばれてきたようです。
「デケえ! 竜種かな?」
「みたいだな。頭でアレなら相当デカそうだ……な……?」
セタンタ君は御輿の上を見て固まりました。
御輿の上には竜の頭だけではなく、それを足蹴にしている人物がいたのです。
円卓会の総長……アルトリウスさんです!
どうも円卓会が討伐してきた大型の魔物を報告ついでに一部だけ持ってきたらしく、部下の方々に担がせて自分は上に乗り、見上げてくる冒険者さん達を「木っ端共め! これが円卓会の力だ!」と言いたげに得意げに見下ろしています。
そして御輿に乗ったまま、受付が開くのを待ち始めました。
「なんて邪魔クソな……」
「そこにいるのは赤蜜園のセタンタだな!?」
「ゲッ、見つかっちゃったよ」
セタンタ君が嫌そうな顔を浮かべ、フフンと得意げな総長さんを見ました。
「どうだ、この力! 円卓会の力! 私の力だ!」
「どうせ戦ったの部下の人達だろうに……」
「貴様が勧誘を蹴った円卓会の力……バッカスでも多分、上から数えた方が早いぐらい強力な力だ! 今ならまだ私の軍門に下るのを許可してやるぞ? いまなら円卓会の旗印が描かれた石鹸もつけてやろう」
「いらねええええ!」
「洗剤も欲しいのか? 強欲なヤツめ!」
「勧誘お断りなんで、いいです」
「ムムーッ!」
総長さんが地団駄踏んでギャアギャアと騒ぎ始めました。
セタンタ君はウンザリしつつ、この場を去って外でパリス少年達を待とうとしましたが、それより早く救いの手が差し伸べられました。
ギルド職員の女性がツカツカと靴音鳴らしてやってきてくれたのです。
「円卓会の総長さん、こんなところで何を遊んでるのかな?」
「我が妻、ギネヴィアよ! 勇士である私の歓待に駆けつけてくれたのだな?」
「竜種討伐、ご苦労様です。まあ竜種の中でも弱い部類ではありますけど討伐は討伐……けど、これぐらいのもんになるとわざわざ受付まで御首持ってきていただく必要は無いんですけど、何でここまで持ってきたんでしょうか?」
「冒険者に見せびらかしに」
総長さんの頭に鉄拳が炸裂し、首が変な方向に曲がりました。
ギルド職員のギネヴィアさんはニッコリ笑って「大丈夫、家庭内暴力だから!」と言ってアルトリウスさんを引きずり、竜の頭も撤収させました。
円卓会の冒険者さんが数人残りましたが、アルトリウスさんの所為でうるさくなった分ぐらいは静かになりました。
「人間スゲー。首ってあんな方向に曲がるんだな」
「曲がらねえよ?」
パリス少年が本気で関心し、セタンタ君は一応ツッコんでおきました。
突っ込んで新しい揉め事が直ぐ近くで起こり始めた事に気づきました。
甲冑姿の方々が受付待ちをしている誰かに絡んでいるようです。
「また円卓会っぽいな。考課に響きかねないぞー」
「ん? あれ? 絡まれてるのガラハッドじゃね?」
「マジだ……!」
セタンタ君達は慌てて近づきました。
ガラハッド君は話しかけてくる全身甲冑姿の円卓会の冒険者さん達の事をムッツリと黙って無視していました。
相手はその事が面白くないらしく、手は出さずとも口は盛んに開き始めました。
「テメエ、この前ウチの事務所に殴り込みかけてきたヤツだろう?」
「何の恨みがあって天下の円卓会にケンカ吹っかけてきたんだ。あん?」
「…………」
「ちょっとちょっと、何だよ良い大人が……って言うほど大人じゃないか」
どうもセタンタ君と大差ない年齢のようです。
ガラハッド君にほんのり喧嘩腰で話しかけていた円卓会の若手冒険者達は、ガチャンガチャンと甲冑鳴らしてセタンタ君に向き直ってきました。
舌打ちしている子もいます。
どうやらガラハッド君以上にセタンタ君の事がお気に召さないようです。
「チッ……木っ端の冒険者風情が、ウチの総長に取り入りやがって」
「ランスロット様もガウェイン様も貴様が実力で勧誘されたと言っていたが……あまり、良い気になるなよ?」
「んな事を言われても知らねえよ」
セタンタ君は呆れた様子で言葉を返しました。
ですが、それが逆に逆鱗を撫でたのか、円卓会の若手冒険者達はヒートアップした様子で腕を震わせ、声を張りました。
「円卓会は正々堂々たる正面突破を得意とするバッカス最強の冒険者クランだ」
「そうだ、貴様みたいにちょっと転移魔術が使えるだけで粋がっている小兵がいていいクランではない! お前など、こっちからお断りだ!」
「どうせ卑怯にもコネで入ろうとしたんだろ」
「勧誘されて断ったのに、何でそんなキレてんだよ」
「うるさい! この孤児め!」
「選び抜かれた優良血統たる我らの上に立とうとするな。親無しの下賤の子め!」
「あのなぁ……」
「黙れ孤児!」
「お前らがだまれ!」
パリス少年が怒り狂って円卓会の若手戦士の足を蹴っ飛ばしました。
蹴っ飛ばしましたが、甲冑に阻まれて逆に痛い目を見ました。
「いてえ! くそっ、なんだお前ら寄ってたかって!」
「貴様が何だ、横から出しゃばってくるな」
「コイツとつるんでいる雑魚か。忠告しておいてやるが、孤児が伝染るぞ」
「バーカ! お前らバーカ! 要はセタンタが羨ましいんだろ!?」
『…………』
「オレ様もちょっとはわかるけど、それで悪口言うのダセーと思わねえのかよ!」
円卓会の若手冒険者達が黙りました。
セタンタ君は「おい、パリス、やめろ」と止めようとしましたが、パリス君は鼻息荒く怒ったままセタンタ君の手を振り払いました。
「セタンタは強えぞ。円卓会の総長直々に誘われたって事は、お前らの中で一番えらいやつに認められたって事じゃん。お前らはどうなんだ!?」
『…………』
「僻むのちょっとぐらいわかるけど、ひどいこと言うな! 口でどんだけ言ったところでお前らの負けだ! 何ならオレ様が相手になってやるぞ!?」
「ほざいたな、チビ……!」
殺気立った円卓会の面々が武器に手をかけました。
セタンタ君は焦り顔でパリス少年を後ろに放り投げて遠ざけつつ、ガラハッド君に対して、「お前も逃げろ!」と叫びましたが、逃げる必要はありませんでした。
「止めろ」
短く言い放ち、止めに来てくれた方がいたのです。
きらびやかとは言い難い、少し汚れた――しかし激戦をくぐり抜けた事も窺い知れる――魔物の爪痕も残る黒い甲冑の持ち主が近づいてきました。
フルフェイスのヘムルを外しながら歩いてくるだけで、円卓会の若手戦士達が呻き、たじろぎ、慌てた様子で武器から手を離して大人しくなりました。
近づいてきた方は円卓会の冒険者のようです。ヘルムを外すと、その中に隠されていた金髪碧眼の男性の相貌が露わになりました。
「ら、ランスロット卿……」
「ギルド内に限らず非公式の決闘、私闘は厳禁だ。諸君らの勝手な行いが円卓会全体の品位を疑われる行動となる。頭を冷やし、控えなさい」
「しかし、コイツらは総長の誘いを断り、総長の顔に泥を塗りました!」
「総長もこの場にいてくだされば、円卓会の面子のために彼らを諌めるはずです」
「…………」
金髪碧眼の円卓会の男性――ランスロットさんは一時、口をつぐみました。
僅かに眉間にシワを寄せ、目を閉じながらムッツリと黙り、何と言ったものか迷っている様子もありましたが、重々しく口を開きました。
「諸君らが総長と円卓会を想ってくれている事は、有難く思う。熱い心を持ってくれているのだろう。だが、冒険者が人間相手に剣を抜いてどうなる……ただ相手を傷つけ、自身も監獄に入れられるだけの事だ」
「ですが……」
「ひとまず、ここは下がりなさい。外にいるアグラヴェイン卿には、私が下がれと眉間にシワ寄せて脅してきたと伝えておきなさい。彼なら察してくれる」
まるっと納得はせずとも、従わざるを得ない立場の人間の言葉であるらしく、若手戦士の方々はギルドから出ていきました。
その背を見つめていたランスロットさんでしたが、彼らが行ってしまった後に周囲に頭を下げ、セタンタ君達にも謝罪してきました。
「無礼な物言いで不快な思いをさせてしまい、すまない。彼らにも思うところが……いや、これは苦しい言い訳だな」
ランスロットさんは首を横に振り、それ以上は擁護しませんでした。
「出自をとやかく言うのは正義の行いでは無かった。卑しい言動だった。彼らの代わりに謝罪させてほしい。キミ達は立派な戦士で、立派な冒険者だ」
「いいっスよ、別に。気にしてないんで」
「オレ様は気にしてるぞ! お前、悪の親玉だな!?」
「おい、パリス」
「申し訳ない」
フンス、と鼻息を吐くパリス少年の頭をセタンタ君が小突きました。
「相手をよく見てからケンカ売れよ……」
「誰だよ、知らねえ」
「だから、円卓会のランスロットさんだよ……」
「…………」
遅れて誰か気づいたパリス少年は「はわーっ!」と無言で大口を開け、口を両手で覆い、しばし感動した様子で固まっていました。
「オレ様、思い出したぞ……フェルグスの旦那並みに強い人だ……いわば、バッカス王国の冒険者の中で、最強に近い人達……」
「フェルグス卿ほどでは無いとも」
「…………」
パリス君は恭しくメモ帳を取り出し、サインをねだりました。
ランスロットさんは苦笑いしつつ、慣れた様子でサラサラと記しました。
セタンタ君もその様子をジト目で見守りつつ――ふと、思う所があり、ランスロットさんの顔立ちをしげしげと眺めました。
どこかで近いものを見た事があるな、と思ったのです。
ランスロットさんはパリス少年に優しくメモ帳を返しつつ、「これでいいだろうか」と聞き、ちょっとミーハーなところがるあるパリス少年は感激しながら「ありがと……家宝にして、困った時は売る……」と答えました。
ランスロットさんは反応に困りつつ、パリス少年から視線を外しました。
外して、ガラハッド君――が傍らに置いているものに目を留めました。
切り取られた森狼の尻尾です。
それを見ながら、ランスロットさんは遠慮気味に口を開きました。
「その……森狼を、討伐してきてくれたのかね?」
「…………!」
ガラハッド君は、その言葉を聞いていきり立ちました。
その表情はセタンタ君達が今まで見たことがないものでした。
怒り。
それも、深く暗い憤怒にまみれたものでした。
同時に羞恥の色らしいものもある、複雑なものでした。
ガラハッド君はランスロットさんの質問に何も答えず、その場を走って逃げ去っていきました。森狼の尻尾を全て放り出して、出口へと向かっていきました。
パリス少年は訳が分からず、それでも慌ててガラハッド君の後を追って走っていきました。相手が人混みに紛れても追い続けました。
セタンタ君は黙ってその場に残っていました。
残って、ランスロットさんの横顔を静かに見つめていました。




