親知らず
パリス少年を突き飛ばし、逃げたガラハッド君は家路につきました。
突き飛ばした後、しばらく当てもなく歩いたり、物陰のベンチに座って頭を抱え……鎧屋の前に戻ったり、クアルンゲ商会に行ってみたりしたものの、パリス少年の姿を見つけられず、日がすっかり暮れてから家路につきました。
ガラハッド君は、自分の頑なさが心底ウンザリしました。
待っていれば会えたかもしれないのに「いなかったから仕方ないんだ」と言い訳して帰ってきた自分のズルさにウンザリしました。
ウンザリしつつも、今も謝るのを先延ばしにし続けている自分の行動に自己嫌悪しつつ、顔を拭い、自宅のドアの前に立ちました。
そこで、家の中が賑やかな事に気づき、首を捻りました。
彼の帰りを待っているのはビッチニャンコを除けば一人だけ――お母さんだけ。
それなのに賑やかなのは「誰かお客さんが来ているのだろうか?」と思いつつ、ひとまずは家の中へと入っていきました。
「ただいま……」
「「おかえりー!」」
「!?」
「わぁ、ガラハッドにいちゃん、おみやげは~?」
「オレ様は金券でいいぞぉ~!」
「何だキミら!? 何でウチにいるんだ!?」
ガラハッド君が出迎えてくれたセタンタ君とパリス少年に恐怖を抱きました。
それも無理からぬ事でした。セタンタ君とパリス少年は元々ショタいのが口調までショタっぽくなり、立ち振舞いも媚び媚びのものになっていたのです!
ガラハッド君の表情が引きつるところまで行ったので、セタンタ君達は仕方なく真顔に戻りつつ、「いやフツーに遊びに来たんだよ」と答えました。
「遊びに来てくれたのよ~」
「母さん! 何でこんな不審人物を二人も家に入れてるんだよ!?」
「まあ! ガラハッド、貴方、友達なんて事を言うの!?」
「あいだだだ! ぼ、僕は母さんの事を心配タタタタ!」
台所からにこやかに出てきたガラハッド君のママでしたが、ガラハッド君の不審人物発言を聞き、目をむいてガラハッド君のほっぺたに襲いかかり、そこを洗濯バサミのような力でつねりました。
ガラハッド君は涙目で「痛い痛い」と怒られ、ママさんはセタンタ君達にはニッコリ笑って「ゆっくりしていって頂戴ね!」と夕飯も食べて帰るのを勧めつつ、台所に戻っていきました。
「もう直ぐ出来るから! もうちょっと待っててね?」
「「は~い」」
「か、母さん……」
「ガラハッドは手をあらってうがいして、お友達とお話してなさい。ね?」
ガラハッド君は少しむくれてママさんを見送りましたが、セタンタ君達がニヤニヤと頬杖ついて見てるに気づき、ムッツリと無表情を装いました。
「……キミ達は何をしにきたんだ」
「「遊びに」」
「帰……まあ、いい……」
ガラハッド君は憮然としながら手を洗いにいきました。
手早く洗って、うがいも済ました後、食卓につき、しばし黙っていました。
やがてパリス少年をチラリと見つつ、気まずげに口を開きました。
「……突き飛ばして、悪かった……ごめん」
「いーよ、別に。何かオレ様が無神経なこと言ったんだろ? ごめんな」
「いや、完全に私の方の癇癪だ」
「僕って言わねえのか?」
「茶化すな!」
「ガラハッドー、何を怒鳴ってるのかしらー?」
「な、何でも……」
いきり立ちつつも、ママさんにたしなめられたガラハッド君は着席しました。
パリス少年はその様子を少し眩しそうに見ていました。
セタンタ君も似た反応を示しつつ、パリス少年と顔を見合わせて苦笑しました。
「鎧屋の事は、お互いに水に流すって事でいいか?」
「いや……私は……」
「流すぞ。ほら流した! なんかイヤなんだよ、背中がムズムズしてるから、こういうのはパパッと流しちゃった方がいいんだ。そうしよーぜ」
「……すまない」
「また謝る……あ、そんな事よりセタンタの方の要件の話しようぜ?」
「おう、そうだな」
セタンタ君はパリス少年に促され、食卓の隅を指し示しました。
そこには硬貨の入れられた小袋がありました。
「森狼討伐の報酬。お前らがギルド出て行っちまったから、俺が代わりに受け取っといた。討伐もそれぞれお前らの功績として記録してもらっといたから」
「私は、いらない」
「お前が受け取らないと、俺が着服した扱いで捕まりかねないんだよ。受け取れ、わかったな? いいな? はい、この話も終わり」
「あ、ああ……」
ガラハッド君は少し気圧され、居心地悪そうに視線を彷徨わせました。
自分の家でこれほどまでに、落ち着かない気分にされたのは始めてで、どっしりと座っている二人と自分、どっちがここに住んでいるのかわからないなと思ってしまうほどに戸惑いました。
パリス少年はガラハッド君の様子を見つつ、「何か話題振らなきゃな」と思いました。思って、鼻腔を匂いに触れました。
「トマトの良い匂いがする……」
「ああ、母さんが、スパゲティのソースを作ってくれてるんだろう。これは……ミートソースだな。あと、魚のパイも……多分、サバのパイも焼いてくれてる」
台所からママさんの「正解」と嬉しげな声が届きました。
パリス少年もセタンタ君も「もう匂いだけでうまそうだ」と言って笑いあい、それを見たガラハッド君もようやく、少しだけ笑みを浮かべました。
「どっちも美味いんだ。特に、パイの方は店のものにも負けてないと思う。出来たてが最高に美味いから……良かったら、食べていってくれ」
「おう」
「ありがとな」
二人の応答に、ガラハッド君はまた居心地の悪さを感じました。
この後もずっと、家にセタンタ君達がいる状況に居心地の悪さを感じました。
ただそれは、とてもふわふわとした居心地の悪さで、くすぐったさから逃げ出したい気持ちもあったものの、大好きなお母さんが「息子の友達が来てくれた!」と、とっても嬉しげなので、親孝行のためにも頑張ってガマンしました。
客人二人も、ほんのりと居心地の悪さを抱いていました。
ガラハッド君とママさんの仲良さそうな様子を見て、羨ましく思ってしまう気持ちを恥ずかしいと思ってしまい、揃って居心地の悪さを感じながらも隠して、無邪気なフリで美味しい母親の味をモグモグと満喫しました。
ガラハッド君のママさんは難民でした。
バッカス王国の首都、サングリアの西側にはいくつかの国があります。
バッカスでは「西方諸国」と一括りに呼ばれる文化圏で、バッカス王国が建国された当初からずっと互いに敵としていがみ合い続けてきました。
敵と言っても戦力と技術力の格差は大人と子供以上に大きく、西方諸国が束になってかかってもバッカスの王様が片手間に連合軍を壊滅させてしまうほどです。
バッカス側が本気で攻めると容易く滅亡してしまうほどなのですが、占領したところで大きな旨味がある――どころか経済格差などからバッカス側が苦しみかねないので、程々に追い返すだけの何とも間の抜けた関係となっています。
西方諸国が弱い大きな要因として、魔術普及の有無が存在しています。
魔術が広く一般に普及しているバッカス王国に対し、西方諸国は王族・貴族が自分達の権力を確固たるものにすべく、魔術を自分達に都合の良い形で抱え込み、弾圧してきました。
おかげで王族・貴族の地位は同じ存在にしかおびやかさないほどのものになっていますが、その分、バッカスと比べると生活水準はとても低いものとなり、大きな貧富の格差はもちろんの事、飢餓により苦しむ者達が数多く存在しています。
対バッカスで団結しつつも、同じ西方諸国同士でもいがみ合っているため戦も横行し、民草は苦しみ――救いを求めて敵国のバッカスに流れてくる者達もいるほどでした。
ガラハッド君のママさんも、その一人でした。
難民としてやってきた当初はとても苦労し、努力し、バッカスで産んだ子供――ガラハッド君を女手一つで育ててきました。
大金持ちとはいかずとも、一人でも息子を養ってバッカスの中流家庭ぐらいの生活は出来るようになるほど、やりくりして努力してきた方です。
ガラハッド君が働きに出てからは几帳面に家にお金を入れてくる彼の好意を受けとりつつも、こっそり彼のための貯蓄に回しているママさんです。
息子が人付き合い苦手な事と、危険な冒険者稼業を始めてしまった事をとても心配していたのですが……その二つに関して、客人の二人が「ガラハッドは大丈夫だよ」と言ってくれたので、ホッとしながらとても上機嫌になりました。
ちょっと泣いてもいました。
上機嫌になりすぎて、お酒飲みすぎてしまったらしく、酔っ払ったママさんをガラハッド君が寝室に運んでいった事で今日はお開きとなりました。




