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第9話 前世での知識を活かしてみる

 えーー。これ、なんて返答すればいい?


 どこで誰が見てるか分からないし、たまには意地悪く返答してみるか?


「……嫌なら転べ」


「触れ!」


「どっちだよ」


「い、いや……、ちょっと……ぞくっとするだけで……、心構えをしておきたかっただけ……だ」


 俺が腰へ手を回すと、デナが小さく息を呑んだ。


 細い腰を掌で固定すると、さっきより露骨に身体が強張る。


「力を抜いてくれ。力み過ぎると余計にバランス崩す」


「だ、誰のせいだと思っているっ!」


「知らんけど、今は歩くことだけ考えろ」


 耳を赤くしたデナを無視して、重心を前へ誘導する。


「ゆっくり前へ体重を移して。そう。足の裏で床を押す感じ」


「……っ」


 デナの身体が少しずつ持ち上がる。


 膝が伸びる。


 震えている。


 それでも、倒れなかった。


「立った……」


「まだ俺が半分支えてる」


「それでも……立ってる」


 声が震えていた。


 俺が腰から手を離していく。


「待て、急に離すな!」


「離さないと自分で立てないだろ。手すりは持ってていい」


 数秒。十秒。二十秒。


 デナは、自分の脚だけで立っていた。


 目に涙が浮かぶ。


 けれど今度は泣かず、唇を噛んで笑った。


「歩けるか?」


「歩く」


「じゃあ一歩だけ」


 右足を前へ。


 左足へ体重を残しすぎて、身体が傾く。


 すぐ腰を支える。


「右に体重を乗せろ。怖くても脚は逃げない」


「分かっている!」


「分かってる奴なら逃げるな」


「貴様、容赦がないな!」


「リハビリは一つずつ地道な努力の積み重ねだ。褒めるだけじゃ進まないからな」


 それから何度も繰り返した。


 一歩、二歩、三歩。


 歩幅は小さい。


 それでもデナは進むたびに表情を変え、悔しそうに眉を寄せ、上手くいけば子供みたいに笑い、またふらつけば俺の服を掴んだ。


 気づけば手すりの端まで来ていた。


「……歩けた」


「ああ」


「私、自分の脚で……」


 振り返ったデナが、その勢いのまま俺へ抱きついた。


「ありがとう……!」


 重心を崩して俺にもたれ掛かってきたわけではなさそうだった。


 こいつ……わざとだ。


 デナは胸へ顔を押しつけたまま、しばらく離れない。


 細い腕が背中へ回り、今度は俺の方が少しだけ戸惑った。


「デナ?」


「少しくらい、このままにさせろ」


「……まあ、いいけど」


 数秒して我に返ったのか、彼女は真っ赤になって飛び退いた。


「わ、忘れろ!」


「無茶言うな」


*


 そこから数日。


 デナは俺が止めても訓練したがるので、逆に休ませる方が大変だった。


 そしてついに、部屋の端から端までなら手すりなしで歩けるようになった。


「もう一つ、返しておくか」


 俺は倉庫から持ってきた一本の剣を差し出した。


 デナの目が止まる。


「……私に?」


「剣術SSなんだろ。剣を握らない方がもったいない」


 彼女は両手で剣を受け取った。


 柄を握った瞬間、指が震える。


「もう二度と……剣を持つことはないと思っていた」


「なんで?」


「脚を失った聖騎士に、剣など必要ないと言われたからだ。私が命を懸けて守った者たちにな」


「今は脚あるじゃん」


 それだけだ。


 過去に誰が何と言ったかなんて、俺には関係ない。


 使えるなら使えばいい。


 なのにデナは泣きそうな顔で俺を見る。


「この脚も、この剣も……私の命も、すべてあなたに捧げる」


「命はいらない」


「……え?」


「せっかく治したのに死なれたら損だろ。ちゃんと生きて、俺のために働け」


 デナはしばらく黙っていた。


 やがて剣を胸へ抱き、今まで見た中で一番嬉しそうに笑った。


「……分かった。なら私は、生きてあなたの剣になる」


 その時はまだ、俺も軽く考えていた。


 元聖騎士が剣を取り戻したくらいで、魔王城中がひっくり返る騒ぎになるとは思っていなかった。


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