第8話 治した脚で、もう一度歩け
嫌な予感というものは、大抵当たる。
治療器具を片づけてから十分ほどして部屋へ戻ると、デナはベッドの縁に両手をつき、今まさに立ち上がろうとしていた。
「何してんの?」
「脚が戻ったんだ……!! 早く立ちたい!」
「絶対立つなって言ったよな?」
「立てるかどうか早く確かめたいのだ!」
「普通じゃない。座れ!」
「もう治っている!」
「身体はそんな単純じゃないんだよ!」
言い終わるより先に、デナが勢いよく腰を浮かせた。
一瞬、立った。
次の瞬間、膝ががくりと折れた。
「きゃっ……!」
「ほら見ろ!」
慌てて抱き止める。
細い身体が胸へ飛び込んできて、柔らかな金髪が顎に触れた。
俺の腕は反射的に腰を抱き、デナの両腕は落ちないよう首へ回る。
近い。
息が触れそうなくらい顔が近く、身体を支えるため密着した胸元から、彼女の速い鼓動まで伝わってきそうだった。
さっきまで強気だった青い瞳が大きく揺れ、白い頬から耳まで一気に赤く染まっていく。
「……離せ」
「離したら転ぶぞ」
「なら、もう少し……その、抱き方というものがあるだろう!」
「今それ気にする?」
「気にする!」
胸元へ押しつけられた彼女の身体は思った以上に熱かったが、こっちは患者を床へ落とさないことで頭がいっぱいだ。
俺はそのままデナをベッドへ戻した。
「脚が生えたことと、歩けることは別だ。長く脚を使ってなかったせいで、足の裏から入ってくる感覚も、立った時にどこへ体重を乗せるかも身体が忘れてる」
「忘れるものなのか?」
「忘れる。特にお前は長いこと両脚がなかった。今まで腕と体幹だけで身体を支える動きに適応してるから、急に脚を追加したらむしろバランスを崩す」
前世でも、長く寝たきりだった患者をいきなり歩かせるなんてしなかった。
まず座位、次に立位、荷重、重心移動。それからようやく一歩だ。
筋力だけ戻しても駄目で、足裏から入ってくる感覚と、自分の身体が今どこにあるかを脳へもう一度覚えさせなきゃならない。
「だから、俺の言う通りにやってくれ」
「……分かった」
「本当に?」
「今度は分かった!」
少しむくれているが、さすがにさっき転びかけたのが効いたらしい。
*
その日の午後、俺は執事に頼んで訓練用の手すりを二本、部屋へ運ばせた。
「エルブルス様。こちらは新しい拷問器具でしょうか?」
「歩くための道具だよ」
「なるほど。歩けるという希望を与えてから奪うのですね」
「お前、何でも悪く解釈する才能あるな」
「お褒めにあずかり光栄です」
褒めてない。
デナを手すりの間へ座らせ、まず足の裏を床へつける。
「どう?」
「……冷たい」
「左右同じくらい分かる?」
「右の方が少し鈍い」
「じゃあ今日はそこからだな」
足裏へ触れ、踵、親指の付け根、小指側と順番に感覚を確認していく。
次に足首、膝、股関節。
関節の動きに問題はない。
ただ、頭では動かし方を分かっているのに、身体側の反応がわずかに遅れている。
「じゃあ立つぞ。両手で手すりを持って、俺が腰を支える」
「ま、また腰を触るのか……?」




