第4話 温かい飯を食わせて寝かせる
まず飯だ、と言ったものの。
問題は、ここが魔王城だったことだ。
「エルブルス様、昼餉をお持ちしました」
執事が銀の蓋を取った瞬間、俺とデナは同時に黙った。
皿の上には、黒紫色の麺に太い芋虫が何匹も絡みついたパスタらしきものが載っていて、その横では小さな角の生えた何かの頭が、赤黒いスープの中からこちらを見上げている。
「……これ、何?」
「毒蛾幼虫の肝臓和えと、下級魔族の頭蓋骨スープでございます。本日は新鮮な人肉も入りましたので、薄切りにして添えております」
「下げろ」
「お口に合いませんでしたか?」
「合うわけあるか」
思わず即答すると、執事が目を丸くした。
まずい。今までのエルブルスなら喜んで食っていたのかもしれない。
「……見た目がつまらん。もっと悪趣味にしろ」
「なるほど! さすがはエルブルス様!」
よし、何とか誤魔化せた。
しかし隣を見ると、デナもさすがに顔色を悪くしていた。栄養失調の人間にあんなものを食わせる気にはなれないし、俺だって絶対に食いたくない。
「厨房を借りるぞ」
「エルブルス様ご自身が?」
「新しい趣向だ。口を出すな」
悪役って便利だな。
意味不明なことをしても「新しい趣味」で押し通せる。
厨房に移動すると、幸い食材そのものはまともなものもわずかに残っていた。玉ねぎ、人参、蕪、豆、茸、塩漬けの豚肉、牛乳、バター、小麦粉、香草、それに赤いトマトに似た野菜まである。
前世で一人暮らしが長かった俺は、自炊くらいできる。
鍋にバターを溶かし、玉ねぎを焦がさないようじっくり炒める。甘い香りが立ってきたところへ刻んだ人参と蕪、豆、茸、塩漬け肉を入れ、赤い野菜を潰して煮込んでいく。
味は塩と胡椒、香草で整え、最後にほんの少しだけ魚醤を落とす。
出来上がったのは、血のように真っ赤なミネストローネだ。
「……これなら魔王軍っぽく見えるな」
「エルブルス様、これは何の血で?」
「人間」
即答しておいた。
執事が満足そうに頷いたので、俺は心の中で謝る。中身はただの野菜スープだ。
さらに細長く切った鶏肉へ香辛料をまぶして焼き、わざと黒っぽく焦げ目をつける。見た目だけなら何かの虫っぽい。
「こちらは?」
「巨大蜘蛛の肉」
「素晴らしい」
ただの鶏肉である。
*
「……本当に、私が食べていいのか?」
デナは食卓を前にしても、まだ疑っていた。
椅子にはクッションを重ね、骨盤が後ろへ倒れすぎないよう調整してある。
「大丈夫。これはただの野菜と肉だ。食わせるために作ったんだから食え。ただ、いきなり詰め込むなよ。長くまともに食ってないなら、胃腸も弱ってるかも」
「毒は?」
「そんなの入れてないよ」
「媚薬は?」
「なんのために?」
「では……眠り薬か?」
「俺の信用なさすぎだろ」
「貴様は魔王軍でも有名な外道だぞ」
「あ。やっぱそうなの? そうなのか」
「なぜ本人が知らないんだ……」
それは俺も知りたい。
デナは最後まで警戒しながら、木匙ですくった赤いスープを口へ運んだ。
その瞬間。
「……っ」
青い瞳が、ほんの少しだけ大きくなった。




