第3話 「触るぞ。痛いなら言え」
あ。
そうか。言い方を間違えた。
「違う。全部じゃない。腰と背中、それから脚の断端を診たいだけだ。下着まで脱ぐ必要はない」
「……診る?」
「脚だけじゃなく骨盤と脊柱の状態も確認する。長く立ててないなら体幹も落ちてるし、股関節周りも固まってる可能性がある。脚を生やした翌日に昔みたいに走れると思ったら大間違いだぞ」
「……何を、言っている? 慰みものにするのではないのか?」
「え……?」
デナは本気で理解できない顔をしていた。
そりゃそうだろう。
この世界で、奴隷を買った魔王軍の大魔導師が理学療法の話を始めるとは誰も思わない。
俺はしゃがみ込み、彼女の許可を待つように手を止めた。
「触るぞ。嫌なら言え」
「……私に拒否権があるのか?」
「診察に必要な範囲でしか触らないし、嫌ならそこは別の方法を考えるよ」
また、変な顔をされた。
デナはしばらく俺を見つめたあと、警戒を解かないまま上着の裾を持ち上げた。
痩せている。
肋骨が薄く浮き、腰には長く圧迫されてできた赤黒い痕が残っている。
断端は左右で長さが違い、右側は筋肉がかなり萎縮していた。
俺は骨盤の位置を確かめ、背中に手を添え、股関節まわりの残った筋肉を軽く押していく。
「……痛いか?」
「その程度で悲鳴を上げると思うな」
「いや、我慢するなよ。痛みがあるなら評価が変わるんだ」
「評価……?」
右と左で筋肉の張りが違う。
長く脚がない状態で生活してきたせいで、身体の使い方そのものに負荷がかかっている。
これでいきなり脚だけ再生したら、たぶん立てても数歩で転ぶな。
最悪、せっかく作った関節をまた傷めてしまう。
「やっぱり先に全身状態から戻さないと駄目だな」
「……戻す?」
「脚を」
デナの呼吸が止まった。
「何を……言ってる」
「そのままの意味だ。元の形が分かるなら、【再構築】で戻せる可能性がある」
彼女の目が大きく開いた。
信じていない。
信じたいとも思っていない。
希望を持って裏切られる方が怖い、そんな顔だった。
だから俺は、余計な慰めを口にしなかった。
「ただし、今日はまだやらない」
デナの目から、ほんの少しだけ光が消えた。
やっぱり嘘だったと思ったのかもしれない。
俺はそんな彼女の腹から、小さく鳴った音を聞いた。
「まず飯だ」
「……は?」
「その身体で治療なんかしたって倒れる。食って、寝て、少し戻してからだ」
デナは、今度こそ完全に言葉を失った。
俺はその顔を見ながら、ふと前世で患者に何百回と言った言葉を思い出していた。
回復したいなら、まず休め。
――過去世で、自分自身が守れなかった言葉だった。




