第15話 命乞いは無駄だ ※だって解除方法知らないので
「デナさんんんんぅぅぅうッ!!!!!」
また一人、奈落へ消えた。
最後に残ったのはヴァイスだった。
さすが聖騎士団長というべきなのか、剣を床へ突き刺し、その柄へ両腕でしがみついて耐えている。
けれど顔にはもう、さっきまでの威厳なんて欠片も残っていなかった。
下半身には重力を現すような黒い不気味な手が無数に巻き付いていた。
「デナ……!」
必死だった。
「頼む……助けてくれ……!」
デナは答えない。
「わ、悪かった! お前を追い出したことなら謝る! 治療費のことも、奴隷になったことを放置したことも謝る! だから!」
あまりに必死で、とうとう自分から全部認めた。
「団長の座も返す! いや、それ以上だ! 王宮へ掛け合って特級聖騎士の地位を作ってもらおう! 金だって、屋敷だって用意する! 俺の一生をかけて償うと言ってるんだ!!!」
「まだ分からないのですか」
デナがヴァイスの前へ歩いていく。
「な、何を……?」
「私はもう、あなた方に価値を決めてもらう必要がない」
そしてヴァイスの目の前で。
デナは俺に向かって、静かに片膝をついた。
「エルブルス様。この命も、この剣も、この身体も、すべてあなたに頂き直したものです」
いや全部元々君のものなんだけど……。
「あなたが望む限り、私はあなたの剣となり、盾となります」
「デナ……」
ヴァイスの顔が絶望に歪む。
「お、俺たちより……外道の魔導師を選ぶのか……?」
デナが一瞬だけヴァイスを見る。
「比べること自体が、この方に失礼です」
「そ、そんな……」
とどめだった。
ヴァイスの顔がぐしゃりと歪んだ。
「待ってくれ……デナ……!」
剣を握る手が滑る。
「俺たちは元仲間だろう……? 俺はお前の後を継いだんだぞ……! お前がいなくなってから騎士団を守った! なあ、頼むから……!」
「私を捨てたあとに手に入れた団長の座を、自らの功績のように語らないでください」
「違う! 違うんだ! 俺は本当は――!」
石床がさらに崩れた。
「ひっ……!」
ヴァイスが剣から片手を離し、デナへ手を伸ばす。
「デナ! 手を! 頼む! 死にたくない! 助けてくれぇっ!」
さっきまで「助けに来た」と胸を張っていた男が、今度はデナへ縋りついて助けを求めていた。
けれどデナは、その手を取らない。
「私が助けを求めた時」
静かに告げる。
「あなたは『戦えない聖騎士を養う余裕はない』と言いましたね」
「待っ――」
「今の私にも、あなたを救う義理がありません」
「デナァァァァァァァッ!」
指が離れた。
ヴァイスの身体が、黒い手に引かれて黒い奈落へ落ちていく。
最後までこちらへ伸ばされていた手が闇へ呑まれ、救世主を気取っていた現聖騎士団長の姿は完全に見えなくなった。
「…………」
静寂が走った。
俺は恐る恐る奈落を覗き込んだ。
底が見えない。
というか、何か遠くで紫色の雷みたいなのまで光っている。
「……これ、一体どこに繋がってるの?」
「さぁ……エルブルス様の魔法なのでは?」
「まあ、そうなんだけど……」
困った。
完全にやっちゃった気がする。
でも、仮にも聖騎士や冒険者たちだ。現聖騎士団長まで居たし……。
魔法も普通に使っていたし、俺より魔法について詳しいのは間違いない。
「……運が良ければ、きっと、自力で帰ってこられるよな……?」
うん。
そういうことにしよう。
よくわからんけど、帰還魔法とか、転移魔法とか、何かしらあるかもしれない。
たぶん。
俺がそう納得した瞬間、奈落は何事もなかったかのように閉じた。
「…………」
証拠隠滅。
深く考えるのはやめよう。
「エルブルス様」
「何?」
「助けてくださって、ありがとうございました」
「いや、あれは偶然――」
「ご謙遜を」
駄目だ。
誰がどこで見ているかもわからないし、とても訂正できる空気じゃない。
そこへ、背後から拍手が聞こえた。
振り返る。執事がいた。
最初から全部見ていたらしい。ほら、やっぱりな。
「……何だ、その顔」
「感服いたしました、エルブルス様」
「何に?」
「人間の元仲間同士をあえて対面させ、一方には救済の希望を抱かせ、もう一方には過去の傷を抉らせる。そして最後にはデナ様自身の手でその希望を粉砕させたうえ、逃げ場すら奪う圧倒的な魔法で絶望を完成させる……」
執事の目が輝いている。
「なんと悪趣味な……!」
「ううん……まぁそんなところだ」
「以前にも増して残酷でございます!」
デナはそんな俺たちのやり取りを聞きながら、なぜかますます誇らしそうに俺の隣へ立った。
どうやら今日一日で。
人間側からは最悪の魔王軍幹部。
執事からは以前以上の外道。
デナからは救世主みたいな扱いをされるまで昇格してしまったらしい。




