第8話 初任務
都市から地方の農村へと続く街道。
そこを進む二台の荷馬車には、空の木箱が山のように積まれている。
俺たちに課せられた任務は、依頼主であるアン・スーシェ率いる隊商の護衛だ。
「この時期の西の村は、葉物野菜が収穫の時期なんです」
村へ向かう道中、アンが俺に自身の商売について説明してくれた。
「私は目利きに自信があるので、産地に直接出向いて野菜を仕入れるんです。そうすれば農家も助かるし、良質で新鮮な野菜は都市で高く売れます。それが私の商いという訳です」
なるほど、つまりは中抜きを排した産地直送販売ということか。
前の世界ではありふれた業態だが、この世界では十分に革新的なのだろう。
「マコトさん、何か気になることでも?」
「いえ、よく出来た仕組みだと思いまして」
「ふふ、ありがとうございます。ですが、都市から農村までの道のりはモンスターや野盗に襲われるリスクも高いので、こうして冒険者の方に護衛を依頼してるんです」
「なるほど。となると、依頼料は安く抑えたいですよね」
「そうなんです! なのでお二人に引き受けて頂けて助かりました」
俺とヴィオラは二人組のパーティーだ。
通常の冒険者が四~五人でパーティーを組むのに比べ、人件費は格段に安い。
おまけに俺たちは新人なのでギルドを通した依頼料も割安になる。
普通の人間なら、俺たちのような新米冒険者に命が懸かった護衛任務など依頼しないだろう。
だがアンはその目でヴィオラの実力を見抜き、俺たちの市場価値が底値の内に青田買いしてきたのだ。
どうやら目利きに自信があるというのは嘘ではないらしい。
「任せてください。何が襲ってこようが、完璧に任務は果たしますよ」
「それは頼もしいです、マコトさん」
俺の言葉を聞いたアンは笑顔を浮かべた。
「しかし、アンさんはお若いのに商人として成功してらっしゃるなんて、よほど目と腕がいいのですね」
「ふふっ。おだてても何も出ませんよ。それに、こう見えて苦労も多いんですよ? 特に私の商いは、既得権益を持つ商人からは嫌われてるんですよね……」
それまで明るかったアンの笑顔に、一瞬だけ暗い影が差した。
◇
村に到着するや否や、アンは見事な働きぶりを発揮した。
野菜を一瞥しただけで鮮度を見極め、流れるような交渉術で買い付けていく。
無駄のない荷積みの指示も堂に入ったものだ。
「ヴィオラさん。よかったらこれ、どうぞ」
アンが荷積みの合間に、真っ赤なリンゴをヴィオラに差し出した。
「この村の隠れた名産なんです。すっごく甘くて美味しいんですよ!」
「……私にですか?」
ヴィオラが珍しく面食らっている。
俺以外の人間から好意を向けられるのは想定外だったのだろう。
「ヴィオラ、もらっておけ」
「かしこまりました。……では、ありがたく」
ヴィオラがリンゴを一口齧ると、アンが期待に満ちた目で覗き込んだ。
「どうですか?」
「……甘い、です」
「でしょう!?」
アンが嬉しそうに笑う。
ヴィオラは困ったような顔をしているが、二口目を齧っているあたり、嫌いな味ではないらしい。
「まだ野菜を積み終わるまで時間もありますし、お話でもしませんか? ヴィオラさんはマコトさんの……メイドさん、でよろしいのでしょうか?」
「はい。私はこの世界に生を受けたその瞬間から、マコト様にお仕えするために存在するメイドです」
「生まれた時から!? ということは、もしかしてマコトさんって実はかなり高貴な家柄の出身なのですか? よく見ると手も綺麗で、農作業や荒事とは無縁そうですし……」
ヴィオラの言葉を聞いたアンが驚きを見せた。
しかも、俺の手を見ただけでそこまで推測できるのか。
やはりこの女は目ざといな。
「いえ、俺はごく普通の一般家庭出身の、ただの駆け出し冒険者ですよ。ヴィオラとは少し特殊な関係でしてね。あまり詮索して頂けないと助かります」
「なるほど……これは失礼しました。冒険者の方に出自を訪ねるのは野暮でしたね。不躾な質問でした」
アンが俺に向かって丁寧に頭を下げた。
どうやら冒険者にはそういった暗黙の了解があるらしい。
「いえいえ、気にしないでください。俺たちの異様さが人目を惹くのは自覚していますので」
「そう言っていただけると助かります」
アンが顔を上げ、笑顔で答えた。
「でしたら、ヴィオラさんの好きなものをお聞きしてもいいですか? もし私の伝手で入手できるものでしたら、報酬としてお渡しできるかもしれません」
「私が好きなものは、マコト様です」
「えーっと……他にはありませんか? 食べ物ですとか、装飾品ですとか……」
「ありません。私が好きなものはマコト様だけです」
「……そうですか」
アンが試みた他愛のない世間話は、ヴィオラによって一方的に打ち切られてしまった。
俺はほんの少しだけアンに同情した。
◇
無事に農村での買い付けを済ませ、荷台いっぱいに瑞々しい野菜が積まれた。
都市への帰路。夜の帳が下り、街道が深い闇に包まれる。
「夜間は俺とヴィオラが見張りに立ちます。アンさん達は馬車の中でゆっくり休んでください」
「えっ? それはありがたいのですが、睡眠無しでは身体を壊しませんか……?」
「問題ありません。俺たちは特殊な体質でしてね」
俺がそう答えると、アンは戸惑いながらも馬車に入り、毛布に包まった。
冷たい夜風が吹き抜ける中、俺とヴィオラは焚き火の傍で周囲を警戒していた。
深夜の街道は静かだ。
虫の鳴き声と、焚き火の音だけが闇夜に響く。
「マコト様」
「ん?」
「あの女、なかなか度胸がありますね」
ヴィオラがぽつりと呟いた。
彼女が俺以外の人間を評価するのは初めてのことだった。
「どうしてそう思ったんだ?」
「普通の人間ならば、私の力を見れば傍にいること自体を恐れるでしょう。しかしあの女は向こうから私たちに近づいてきました」
「確かにな。肝は据わってる」
「ですが油断なさらないでください。あの女の目は、常にマコト様を値踏みをしています」
ヴィオラの観察眼は正確だった。
確かにアンは俺たちを利用する気で近づいてきた。
だがそれは俺も同じだ。
互いに利用し合う関係だからこそ、今回のような仕事の取引ができるのだ。
俺が無条件に心の底から信頼できるのは、この世界でただ一人、ヴィオラだけだ。
「分かってる。お前は何も心配する必要は無いさ」
「マコト様がそう仰るのなら、私に異論はございません」
ヴィオラはそう言って、俺の隣に腰を下ろした。
肩が触れるか触れないかの距離。
ヴィオラの闇の温もりが、夜の冷気を押し返していく。
「……マコト様。一つお願いがございます」
「なんだ?」
「日中は叶いませんでしたが……その……手を握らせて頂いてもよろしいでしょうか……?」
ヴィオラが顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうにつぶやいた。
俺は何も言わずにヴィオラの手を取った。
ヴィオラの細い指が、俺の手と絡み合う。
繋いだ手のひらから、ヴィオラの温もりが俺の身体に伝わっていく。
馬車の中からアンが密かにこちらを覗いていたことに、俺はあえて気づかないふりをした。
事件は、その翌日に起きた。




