第7話 試験
国境の辺境都市から馬車に揺られること数日。
俺たちは共和国第二の都市、ベルファストに到着した。
街中には運河が張り巡らされ、大量の物資を積んだ船が行き交っている。
道行く人々の活気も、すれ違う馬車の豪華さも、辺境都市の比ではなかった。
「……いい街だな。金の匂いがする」
商売で地盤を築く。
そう決めた俺にとって、この都市は拠点として最適だ。
国境で渡されたテレシアの紹介状があれば何かと融通が利くのだろうが、出来れば使いたくないというのが本音だった。
まずは身分証と活動資金を得るために、冒険者ギルドに登録する。
それがこの街での俺たちの第一歩だ。
◇
「一応聞くが、こいつは逃げ出したりしないよな?」
宿を出る前、俺はヴィオラに念のため確認した。
エレアノールは『火葬の魔女』として名の知れたミスリル級の魔術師にして、共和国の怨敵だ。
その正体がバレれば国際問題に発展するのは間違いない。
「ご安心くださいマコト様。あの女の体内には私の闇の魔力を絡ませてあります。常に位置は把握できますし、妙な気を起こせば内側からグチャリと……」
ヴィオラは残忍な笑みを浮かべながらエレアノールを見つめている。
「お、お前との決着もまだなのに、逃げ出すわけないでしょうが!」
そう力強く言い放ったエレアノールの身体は、僅かに震えていた。
◇
「マコト様、見えてまいりました」
しばらく歩くと、天秤と剣の紋章を掲げた、一際大きな石造りの建物が姿を現した。
冒険者ギルド、ベルファスト支部だ。
中に入ると、酒場を兼ねた広いロビーには荒くれ者たちがひしめいていた。
鎧の軋む音、杯を打ち合わせる音、豪快な笑い声。
異様な熱気が充満している。
俺たちは受付で冒険者登録を申請すると、実力テストとして訓練場でベテラン冒険者と手合わせすることになった。
「はっ! なんだそのメイド服は? 嬢ちゃん、本当に冒険者志望か?」
試験官を務めるのは、木剣を肩に担いだ大男だった。
首元には中堅冒険者の証である銀色のタグが揺れている。
「おいギル! あんまり新人を虐めてやるなよ!」
「お嬢ちゃんも、怪我したくなかったら早めに降参するんだぞ!?」
荒っぽい男たちの怒号が飛び交う。
いつの間にか、俺たちの周囲には冒険者たちが観戦に押し寄せていた。
ヴィオラの人間離れした美貌と冒険者らしからぬメイド服が興味を引いたのだろうか。
ふと、俺たちを囲む荒くれ者達の中に一人だけ、身なりの整った若い女が混じっているのが目に入った。
彼女も冒険者なのだろうか?
女は静かに、ヴィオラを値踏みするかのように観察していた。
俺は女から目を逸らし、ヴィオラと相対する男のオーラを測る。
男のオーラは以前見た王国の兵士よりは遥かに大きい。
だが、やはりヴィオラとは比べものにならない。
「ヴィオラ、絶対に殺すなよ。ただし、圧倒的な実力差は見せつけろ」
「承知いたしました」
ヴィオラは俺に一礼すると、まるで散歩にでも向かうように、男に向かってふわりと歩き出した。
「舐めやがって……!」
男が怒りを露わにし、青筋を立てる。
「始め!」
ギルド職員の合図と共に、男が咆哮を上げて木剣を振り下ろした。
俺がまともに食らえば頭蓋骨ごと粉砕されそうな一撃だ。
しかし、ヴィオラは一歩も動かなかった。
ヴィオラは迫り来る木剣に対し、無造作に拳を突き出す。
バキィッ!
甲高い破裂音が訓練場に響き渡った。
男が全力で振り下ろした分厚い木剣は、ヴィオラの拳に触れた瞬間、粉々に粉砕された。
「……は?」
男は間抜けな声を漏らし、動きを止める。
その刹那、ヴィオラは一瞬で懐に潜り込むと、男の胸ぐらを片手で掴み、軽々と持ち上げた。
「ヒッ――!?」
そのまま、男を地面へと叩き落とす。
ドォォォォンッ!!!
訓練場の地面が衝撃で波打ち、土煙が舞う。
周囲で見物していた冒険者たちから次々に驚愕の声が上がる。
「嘘だろ!? 銀級のギルを片腕で投げ飛ばしたぞ!?」
「あの女、どんな力してやがるんだ……?」
土煙が晴れると、そこには白目を剥いて泡を吹き、ピクリとも動かない男の姿があった。
「……おい、まさか殺してないだろうな?」
「ご安心くださいマコト様。骨一本折らぬよう最大限に手加減いたしました」
男の首筋を確かめると、確かに脈はあった。
どうやら衝撃で気絶しているだけのようだ。
俺は見事に仕事を終えたヴィオラの頭を撫でてやった。
◇
結果として、ヴィオラの実力はこれ以上ない形で証明された。
本来、冒険者はどれだけ実力があっても銀級からのスタートだという。
だがヴィオラは圧倒的な力を証明したことで規定を飛び越え、異例の金級認定を受けたのだ。
「あ、あの……あなたも試験を受けられますか……?」
顔を引きつらせた職員が、恐る恐る俺に尋ねてきた。
「いや、俺はあくまでパーティーの指揮役だ。登録は最下級の銅級で構わない」
「えっ、銅級ですか!?」
「ああ。それと、パーティーは俺とヴィオラの二人だけで組む。追加の募集は必要ない」
金級の怪力メイドと、銅級の指揮役。
歪な二人組パーティーの誕生に、周囲の全員がざわついていた。
◇
冒険者登録を終え、真新しい金と銅のタグを受け取った俺たちがギルドを出た。
その時だった。
「異例の金級認定のメイドさんと、銅級のご主人。……面白い組み合わせですねぇ」
背後から柔らかい声を掛けられた。
振り返ると、そこに立っていたのは身なりの良い若い女だった。
間違いない。こいつはヴィオラの試験を観察していたあの女だ。
女はニコニコと愛嬌のある笑顔を浮かべている。
だが、俺は騙されない。
女の笑顔の奥にあるのは、獲物を値踏みする商人の顔だ。
前世の社畜時代、幾度となく対峙した目によく似ている。
「私はアン・スーシェ。しがない商人でございます」
アンと名乗った女は、挨拶もそこそこに用件を切り出した。
「お二人の初任務として、私の隊商の護衛を引き受けてくださいませんか?」
「……なぜ、登録したばかりの俺たちに依頼を?」
俺が尋ねると、アンはクスリと笑って答えた。
「駆け出しの方なら、依頼料もお安いでしょう? それに、そちらのメイドさんの実力は先ほどこの目で拝見させて頂きました」
アンは人懐っこい笑顔を浮かべながら言葉を続ける。
「いわばこれは『投資』です。将来有望な冒険者さんとの関係構築のための……ね?」
投資、か。
駆け出しの俺たちに将来性を見出して声を掛ける判断力。
そして、ヴィオラの戦闘を見てなお怯えずに近づいてくる度胸。
この女、ただ者ではないな。
「マコト様」
ヴィオラが俺の耳元に顔を寄せた。
「あの女、私が男を叩きつけた瞬間にも、瞬き一つせず私を観察していました」
肝も据わっている、ということか。
あるいは、何よりも利益を優先できるタイプなのか。
どちらにしても都合がいい。
俺たちがこの街で成り上がるには商人とのコネが要る。
それが向こうから歩み寄ってきたのなら、利用しない手はない。
「いいでしょう。その投資、絶対に損はさせませんよ……スーシェさん」
「ふふ、アンと呼んでいただいて結構ですよ。マコトさん」
俺はアンが差し出した手を握り返す。
「あら。マコトさんの手、すごく冷たいんですね」
アンが俺の手を怪訝そうに見つめた。
「……そういう体質でしてね。冷え性なんですよ」
「まぁ、それは大変。今度、私の好きな茶葉を差し入れましょうか? 身体が温まって美味しいですよ?」
アンが屈託なく笑った。
「……おい、女。いつまでマコト様と手を繋いでいるつもりですか?」
ヴィオラが不機嫌そうに言葉を漏らす。
「す、すみません、つい……」
アンは慌てて俺の手を離した。
「ヴィオラ。彼女は俺たちの雇い主だぞ。敬意を持って対応しろ」
「かしこまりました。――アン様、先程の失言をお許しください」
「い、いえいえ! 私は気にしていませんから!」
俺の一言で急変したヴィオラの態度を受けて、アンが初めて素の動揺を見せた。
こうして、俺たちの初任務が幕を開けた。




