第9話 襲撃
農村での買い付けを終え、都市へと急ぐ帰路の半ば。
突如として、地響きのような振動が足元から伝わってきた。
街道の先に、もうもうと砂埃が舞い上がっている。
そこから姿を現したのは、体長三メートルを超えるモンスターの大群だった。
全身が青い鱗に覆われた、二足歩行のトカゲの恐竜のような見た目だ。
発達した前後の脚には、鋭く巨大な二本の鉤爪が生えている。
「嘘……! なんで双爪竜の群れが!?」
アンがモンスターを見て悲鳴を上げた。
「一匹でも銀級がパーティーで挑む相手です! それが群れで現れるなんて聞いたことがない……!」
「ひぃぃっ! 逃げろ! 馬ごと食われるぞ!」
御者がパニックを起こし、馬車を捨てて逃げ出そうとしている。
「止まりなさい──」
突如、先ほどまでモンスターへの恐怖に震えていたアンの声が一変し、氷のように冷たくなった。
「逃げるのは構いませんが、その際は一銭も報酬は支払いません。もちろん『護衛』の対象からも外れます。それでもいいと言うのなら逃げなさい」
アンの顔には、普段の穏やかな面影は微塵もない。
御者は顔を引きつらせながらも冷静さを取り戻し、手綱を握り直した。
俺はそんなアン達のやり取りに耳を傾けながら、じっとモンスターを観察していた。
違和感がある。
モンスターの体内を流れる魔力に、奇妙な規則性があるのだ。
動きも明らかに野生の獣のものではない。
奴らはまるで訓練された兵隊のように、一定の陣形を保ちながらこちらへ向かってくる。
「アンさん、こういったトラブルは初めてですか?」
「……商売を始めてから、三度ほど。ですが、こんな規模は初めてです」
アンの目が俺に何かを訴えていた。
誰かに命を狙われている自覚はある。だが証拠がないのだろう。
確実に、背後で糸を引いている奴がいる。
「ヴィオラ、奴らの背後に岩山があるだろ。群れごと、まとめて吹き飛ばせ」
「御意のままに」
ヴィオラがメイド服のロングスカートを翻し、軽やかに馬車から降り立つ。
そして虚空の大穴から、身の丈ほどもある漆黒の大剣を引き抜いた。
ヴィオラが大剣を構えると、闇の魔力が刀身に収束していく。
「消え去れ――」
ヴィオラは大剣を横薙ぎに一閃した。
ズドォォォォォンッ!!!
轟音と共に、闇の重力波が解き放たれる。
モンスターの群れは悲鳴を上げる間もなく粉砕され、背後の岩山ごと吹き飛んだ。
砂埃が収まると、崩壊した岩陰からボロボロの男たちが転がり出てきた。
そのリーダー格らしき杖を持った男から、モンスター達と一致する魔力のオーラが漏れている。
やはり操っていた者がいたか。
「ヴィオラ、殺すな。情報を吐かせるために生け捕りにしろ」
「かしこまりました」
ヴィオラは音もなく地面を蹴ると、一瞬で距離を詰め、盗賊たちに襲い掛かる。
「なっ、なんだこの女――ギャアァァァッ!?」
ゴキッ メキッ
乾いた破砕音が辺りに響き渡る。
ヴィオラは淡々と、一切の抵抗を許すことなく、男たちの四肢を掴み、関節を外していく。
ものの数秒で、五人の盗賊はボロ雑巾のように地面に転がされた。
「ひぃぃっ……! バ、バケモノ……ッ!」
「う、腕が……俺の腕がぁぁっ!」
盗賊たちは完全に無力化され、土に塗れて恐怖に顔を引きつらせている。
「完了致しました、マコト様。このゴミ共の処分はいかがいたしましょうか?」
ヴィオラが振り返り、恭しく一礼する。
俺はゆっくりと男たちに歩み寄り、彼らを見下ろした。
さて、どうやって情報を引き出そうか。
爪を一枚ずつ剥がしていくか?
指の骨を一本ずつ砕いていくか?
いっそ、関節の外れた四肢を引きちぎってやろうか?
そんな凄惨な拷問のアイデアが、ごく自然に頭に浮かぶ。
……いや、待て。
以前の俺なら、こんなことは考えもしなかったはずだ。
ヴィオラの闇の魔力の影響か?
一瞬、俺は胸の奥に冷たい違和感を覚えた。
だが、それはすぐに消えた。
違う。これは成長だ。
俺が精神的に強くなっただけのことだ。
目的を達成するために、最も合理的な手段を選べるようになった。
それの何が悪いというのだ。
「雇い主、目的、背後関係、すべて吐かせろ。やり方はお前に任せる」
「御意。マコト様の御心のままに……」
ヴィオラが嗜虐的な笑みを浮かべながら、男の指に冷たい刃を押し当てようとした。
その瞬間だった。
ガリッ
盗賊たちが一斉に何かを嚙み砕いた。
直後、口から白い泡を吹き出し、全身を痙攣させて事切れた。
「……自決用の毒か」
ただの野盗が、口内に毒を仕込んでいるものか。
こいつらはプロだ。確実に背後に組織がある。
俺が死体を見下ろしていると、アンが声をかけてきた。
「……マコトさん」
振り返ると、アンが俺を見ていた。
その目に浮かんでいるのはモンスターや盗賊への恐怖ではない。
俺の中身を測ろうとする、商人の目だ。
「お二人には本当に感謝しています。ただ……」
「ただ?」
「……いえ。何でもありません」
アンはいつもの笑顔に戻った。
だが、その笑顔の奥に一瞬だけ浮かんだ感情を、俺は読み取ることができなかった。
◇
結局、黒幕の正体は謎のまま終わった。
だが、一切の被害を出さず雇い主と荷馬車を守り抜いたのだ。
俺たちの初任務は成功と言っていいだろう。
「マコトさん」
街道を渡りきり、都市の門が見えてきた頃、アンが話しかけてきた。
「私はお二人と、長いお付き合いをしたいと考えています」
「長い付き合い?」
「自分で言うのもなんですが、私には商才があります。しかし自分の身を守る力はありません。お二人には圧倒的な力がある。ですが、この街でのコネクションは無い」
アンは真っ直ぐに俺の目を見た。
「お互いに、足りないものを補い合える関係だと思いませんか?」
それは打算に裏打ちされた、正直な提案だった。
アンは食えない女だが、この言葉からは嘘が感じられない。
「……いい提案ですね。喜んで乗らせてもらいましょう」
「ふふ、それはよかった。では改めて。よろしくお願いしますね、マコトさん」
アンは満面の笑みを浮かべて答えた。
俺はアンのことは一切信用していない。
だがそれでいい。
安い信用よりも、確かな利害関係の方がずっとマシだ。
俺は前世で、信じたもの全て裏切られたのだから。




