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第10話 冷蔵庫

 冒険者としての初任務は、俺たちに大きな恩恵をもたらした。

 

 無傷で商隊を守り抜いたことによる多額の報酬と、アン・スーシェというやり手の商人との太いコネクションだ。

 

 手札が揃った今、俺はかねてより計画していた作戦を実行に移すことにした。


 それは、『冷蔵庫』をこの異世界に再現し、莫大な富と永続的な不労所得を築くことだ。  

 俺がエレアノールを引き抜いた理由には、彼女の魔法知識を現代技術の再現に使えないかという目論見も含まれていた。


 俺の頭の中には家電製品の基本的な知識はある。  

 だが、それを異世界でどう再現すればいいのか、そのための技術も知識も持ち合わせていないからだ。


 ◇


「なぁ、エレアノール」


 俺は宿屋のベッドに寝転がって退屈そうにしているエレアノールに声をかけた。


「なによ、人間」


「お前の魔法を利用して、食料を保存するための魔道具を作りたいんだが」


「……は?」


「冷気で直接冷やすんじゃない。箱の内部の熱を吸収して、外に排出することでモノを冷やす。そんな仕組みを魔法で再現できないか?」


 俺の拙い説明を聞いたエレアノールは怪訝な顔を浮かべた。


「何を言ってるのよ。冷やしたいなら素直に氷の魔法を使えば……」


 そこまで言いかけて、彼女の言葉がピタリと止まった。  

 エレアノールの真紅の瞳が限界まで見開かれる。


「……待って。氷結魔法ではなく熱魔法の逆用……? 対象から熱を奪うという概念……それが可能なら莫大な魔力の節約が可能に……吸収と放出のバランスを……」


 エレアノールはベッドから弾かれたように飛び起きた。  

 その顔はまるで天啓を受けたかのように熱に浮かされている。  


 エレアノールは指先に魔力を込めると、ブツブツと早口で独り言を呟きながら、狂ったような勢いで宿の壁に光り輝く術式を書きなぐり始めた。


「……違う、この術式では変換効率が悪いわ。もっと、こう……!」


 エレアノールは完全に自分の世界に入り込んでいた。  

 魔法使いとしての知的好奇心が、俺の持ち込んだ未知の概念によって爆発したのだろう。  

 瞬く間に、宿の壁が複雑怪奇な魔法陣で埋め尽くされていく。


「……マコト様」


 隣に立つヴィオラが、小声で俺に囁いた。


「あの女、マコト様に有用であると判断されたのですね」


 その声は平静を装っていたが、僅かに冷気を帯びていた。


「ああ。エレアノールの魔法知識がなければこの計画は成り立たないからな」


「……左様でございますか」


 そう言うとヴィオラは黙り込んだ。

 だが、エレアノールの背中を見つめるその紫の瞳には穏やかならぬ光が灯っていた。


 ヴィオラにとって、俺が自身以外の存在に価値を見出すことは、己の存在意義を脅かされるに等しい屈辱なのだろう。


「ヴィオラ。お前の役割はお前にしかできないことだ。俺にとって一番大切な存在は、今までもこれからもお前だけだ」


「……はい。ありがとうございます、マコト様」


 ヴィオラの表情が少し和らいだ。

 だが、彼女がエレアノールを睨む鋭い目つきは変わらなかった。


「くっ、スペースが足りないわ! おい! 早く書くものをよこしなさい!」


 エレアノールが血走った目で大声を上げた。


「マコト様に向かってその口の利き方はなんだ、この劣等種が……!」


「落ち着け、ヴィオラ」

 

 俺は怒りで我を忘れそうになっているヴィオラを制すと、急いで羊皮紙を取り出し、エレアノールに手渡した。  

 エレアノールはそれを無言で奪い取ると、机に叩きつけ、さらに細かな術式を刻み続けていく。


 俺はその後ろ姿を眺めながら、満足感を覚えて頷いた。  

 やはり俺の目に狂いはなかった。


 ◇


「完成したわ……!」


 エレアノールが荒い息を吐きながら振り向いた。  

 その手には、息を呑むほど美しく、幾何学的な魔法陣が刻まれた二枚の羊皮紙が握られている。


「この術式を箱の内側と外側に刻めば、あんたの望む機構は完全に再現できるはずよ」


「素晴らしい。完璧な仕事だ、エレアノール」


「……ふん。当然のことよ。私を誰だと思ってるの? 世界最強の魔術師メイジよ?」


 エレアノールは満更でもなさそうな顔でふんぞり返っている。


「しかもこの術式、もっと面白いことにも使えるのよ」


「なに?」


 エレアノールの目が、先ほどまでとは違う狂気じみた熱を帯びていた。


「熱の吸収と排出を自在に制御できるなら、応用範囲は冷蔵だけに留まらないわ。例えば大気中から熱を奪えば……」


 エレアノールは自分の手のひらを見つめながらニヤリと笑った。


「人為的に吹雪を起こすことも、理論上は可能よ」


「……お前は火の魔術師じゃなかったのか?」


「熱を与えることと、熱を奪うこと。この二つは表裏一体なのよ。屈辱的だけど、あんたにそれを気づかされたわ」


 エレアノールの瞳が紅く燃え盛っている。

 俺は彼女の知的好奇心が暴走し始めていることに気づいた。


 確かにその発想は面白い。

 だが今は商売の話をする時間だ。


「その研究は好きにしろ。ただし、まずは冷蔵庫の量産体制を整えるのが先だ」


「量産……?」


 嫌な予感を感じたのか、エレアノールの顔が引きつる。


「そうだ。この術式は見事だが、お前にしか刻めないんじゃ意味がない。将来的な大量生産を見越して簡略化の研究も進めてくれ」


「ハァー!? あんた、これがどれだけ高度で繊細な術式か分かってんの!? そう簡単にできるわけないじゃない!」


「だからこそ、お前に頼んでいるんだ」


「ふざけないで! じゃあ、それまでの間はどうするのよ!?」


「決まっている。お前が一つ一つ手作業で刻むんだ」


「冗談じゃないわよ! 私をなんだと思ってるの!?」


「世界最強の魔術師メイジなんだろ?」


 エレアノールが言葉に詰まった。


「……報酬は?」


「月に一度、ヴィオラと手合わせをする機会を与えてやる。それならお前の目的にも合致するだろ?」


 エレアノールの瞳が鋭くなった。

 彼女の目的はあくまで、自身を完膚なきまでに打ちのめしたヴィオラにリベンジし、殺すこと。


 手合わせはヴィオラの闇の力を直接解析し、打破するためのチャンスだ。

 彼女がこの提案を断る理由はないはずだ。


「……分かったわ。その約束、絶対に守りなさいよ」


「ああ。というわけでヴィオラ、頼んだぞ」


「お任せください。月に一度の駄犬への躾、私も存分に楽しませていただきます……♪」


 ヴィオラが嗜虐的な笑みを浮かべ、エレアノールを冷たく見下ろした。  

 エレアノールはギリッと歯を食いしばっている。


「あんた、私がその力を解析し尽くした日には覚えてなさいよ……!」


「それから、もう一つ頼みがある」


「まだあるの!?」


 エレアノールが呆れ果てたかのような大声をあげた。


「術式にあえて時限式の欠陥を組み込んでくれ。一定期間が過ぎると効果が弱まり、魔力を再注入しなければ機能しなくなるようにな」


「……私のこの完璧な術式を汚せと? なんでそんなことする必要があるのよ」


「本体は安価で売り、広く行き渡らせる。だが使い続けるには定期的にメンテナンス料を払わないといけない仕組みにするんだ。一度この魔道具の便利さを知った人間はもう手放せない、という寸法さ」


 俺の言葉を聞いたエレアノールは顔をひきつらせた。


「……呆れて言葉も出ないわ。本当に悪趣味な男ね」


「それは褒め言葉として受け取っておく」


「褒めてないわよ……」


 エレアノールは舌打ちし、羊皮紙に向き直ると、早速術式の修正を始めた。

 

 ◇


 技術面を固めた俺は、ヴィオラを連れてアンの屋敷へ向かった。

 目的は冷蔵庫の外箱を作る職人を紹介してもらうため、そしてアン自身を最初の顧客にするためだ。


「魔法で箱の中を冷やし続ける魔道具、ですか」


 応接室で俺の話を聞いたアンは、顎に手を当てて考え込んでいる。


「マコトさん、一つ聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


「この魔道具、保存できるのは何日くらいですか?」


「術式が正常に機能していれば、理論上は無制限です」


 アンの目の色が変わった。

 だがそれは、俺が予想していた商人の目とは違うものだった。


「……実は、私の実家は貧しい農家なんです」


 アンの声が少し低くなった。


「収穫した野菜は、すぐに売らないと痛みます。だから農家は安値で買い叩かれるんです。そんな事情は相手もよく分かっていますから」


 アンの手が、膝の上で握りしめられていた。


「もしこの魔道具が農村まで行き渡れば……これは農家の人生を変える可能性を秘めた魔道具ですよ!」


 アンの瞳が真っ直ぐに俺を射抜いた。


「マコトさん! ぜひ私に、この事業の全面的な協力をさせてください!」


 俺はアンの変化を冷静に観察していた。

 故郷への思いが重なったアンは、利益だけで動く商人だった時よりも遥かに強くなっている。


 ……以前の俺なら、アンの言葉に素直に心を動かされていたかもしれない。


 だが俺は今、利用価値のみでこの女を測っていた。


「ええ、こちらこそよろしく頼みます。アンさん」


 俺が差し出した手を、アンが力強く握り返した。


 ◇


 興奮を隠しきれない様子のアンは、すぐさま懇意にしている腕利きの職人を紹介してくれた。  

 俺はその職人に設計図を渡し、試作品の外箱を製作させた。  


 そして、その外箱にエレアノールが魔法陣を刻み込み、ついに魔導冷蔵庫の第一号機が完成した。


「すごい……箱の外側はほんのり温かいのに、中は真冬のように冷えている……!」


 アンが蓋を開け閉めしながら感嘆の声を上げている。


「これはアンさんに無償で差し上げます。職人を紹介してくれた礼だと思ってください」


「えっ、本当にいいんですか?」


 アンが俺の言葉に驚愕した。

 よほど高額な品だと思っていたのだろう。


「ただし、月に一度のメンテナンスが必要になります。術式の特性上、定期的に魔力を再注入しないと効果が切れるんです。大変心苦しいのですが、その費用は別途頂戴させて頂きます」


「定期的なメンテナンス……なるほど……」


 どうやらアンは俺の簡単な説明だけで、このビジネスのからくりを見抜いたようだ。


「……ふふっ。しっかりしてますね、マコトさん。その欲深さ、同じ商人として気に入りました。ですが本体が安価なら、貧しい農民にも行き渡る可能性がある。悪くない考えですね」


「お褒めに預かり光栄です。では今後とも、末永いお付き合いを――」


「ええ、こちらこそ」


 俺は微笑み、アンに向けて手を差し出した。  

 アンは俺の手をしっかりと握り返す。

 互いに裏の顔を知り尽くした上での、商人同士の共犯関係が成立した瞬間だった。


 ◇


 その頃、宿屋の一室では。


「あいつら……絶対に許さない……」


 部屋を埋め尽くすように積まれた、職人から届いたばかりの外箱の山。  

 それを前にしたエレアノールは、虚ろな目で宙を見つめていた。


「これ、簡略化の研究が終わるまで、私が全部手書きでやるの……? 毎日……? 何個も何個も……?」


 かつて最強の魔術師(メイジ)として諸国に恐れられた『火葬の魔女』の姿は見る影もない。  


 過酷な労働環境に叩き落とされ、憔悴しきった一人の哀れな労働者が、安宿の冷たい部屋にポツンと取り残されていた。


「なにがノルマよ、作業員よ……! 私を誰だと思ってるのよ! あのクソ人間め!!!」


 机には、術式が書き記された羊皮紙が何枚も積まれている。


 そこに記されていたのは──


 『熱集束術式研究・第一稿』

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