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第11話 来訪者

 冷蔵庫の販売を開始してから一月が経った。


 結論から言うと、俺たちの商売は大成功を収めた。

 アンの持つネットワークを通じて、商人や富裕層の間で冷蔵庫の評判が爆発的に広がったのだ。


 本体の値段は、金貨一枚。

 従来食品の保存に使われていた『氷結魔晶(ひょうけつましょう)』が金貨二十枚であることを考えれば、まさに市場破壊とも言うべき価格だった。


 冷蔵庫の噂は瞬く間に都市中に広がり、俺の元には注文が殺到した。

 最近は中流階級の庶民からの注文も増え始めている。


「このままだと注文が捌ききれないな……エレアノールは大丈夫か?」


「あの女なら、先ほど作業部屋で呻いておりました」


 俺たちは冷蔵庫販売の利益で屋敷を借り、安宿から引っ越して生活していた。

 屋敷の奥の大部屋はエレアノールが一日中冷蔵庫を作り続ける作業部屋になっている。


「……体調は?」


「知りません。興味もございません」


 俺はヴィオラのあまりにも素っ気ない返答に苦笑した。


「あいつが倒れたら術式を刻める人間がいなくなる。せめて食事くらいは差し入れてやってくれ」


「マコト様がそう仰るのであれば……」


 ヴィオラは食事を携え、渋々と作業部屋へ向かっていった。


 実のところ、俺が本当に心配しているのはエレアノールの体調ではなかった。


 あいつ一人に依存している現状は、ビジネスとしては脆弱と言わざるを得ない。

 早急に術式の簡略化を完成させ、量産体制を確立しなければならない。


 俺は一瞬、自身の思考を振り返った。

 心配しているのはエレアノールの体調ではなく生産体制。


 それは合理的な判断のはずだ。

 ……そのはずだ。


「餌を運んできてやりましたよ。マコト様のお慈悲に感謝しながら食べなさい。負け犬の職工エルフ」


「誰が負け犬の職工よ! クソが! お前本当に覚えてなさいよ!?」


 屋敷の奥からエレアノールの叫び声が聞こえてくる。

 ……あれだけ叫ぶ余裕があるなら、まだ大丈夫そうだな。


 ◇


 冷蔵庫のメンテナンスは毎月一回。

 料金は銀貨五十枚だ。決して安い金額ではない。

 だが、一度冷蔵庫の便利さを知った顧客たちは喜んで金を支払っていく。


 あっという間に大金が積み上がり、俺は大いに満足した。


「メンテナンス自体は、ただ魔法陣に魔力を込めるだけだから楽で助かるわ……」


 作業場を覗くと、エレアノールが机に突っ伏していた。

 足元は羊皮紙の山で埋め尽くされている。


「量産化の進捗はどうだ?」


 俺が声をかけると、エレアノールが恨めし気にこちらを睨みつけた。


「……あと二ヶ月もあれば、シルバー級程度の魔術師(メイジ)なら刻めるレベルまで簡略化できるわ」


「そうか。それは上々だな」


「ただし」


 エレアノールが顔を上げた。

 疲労で目元に隈が浮き出ているが、そこに宿る光は衰えていない。


「簡略化した術式は、私のオリジナルより性能が数段落ちるわ。つまり、私の手刻みの冷蔵庫は『高級品』として差別化できる。量産品と高級品の二段構えにすれば……」


「お前、いつからそんな商売のことを考えるようになったんだ?」


「うるさいわね。こんだけ働いてれば嫌でも考えるわよ」


 エレアノールは不機嫌そうに顔を背けたが、確かに彼女の提案は使えそうだ。

 この女、流石に魔法だけでなく頭も切れるな。


 俺はふと、机に積まれている羊皮紙に目を向けた。

 そこには『熱集束術式研究・第九稿』と書かれている。


 俺が前に見た時は第一稿だった。

 どうやら研究は着実に進んでいるらしい。

 

「そうか、じゃあそれまでは頼んだぞ」


「せいぜいマコト様のお役に立ちなさい。そのために貴様は生かされているのですからね」


 ヴィオラが辛辣な言葉をエレアノールに向けて吐く。

 エレアノールは心底恨めしそうな顔で、ふらふらと作業に戻っていった。


 ◇


 翌日、アンが俺たちの屋敷を訪ねてきた。


「お久しぶりです、マコトさん。商売は順調のようですね」


「おかげさまで。アンさんの販路がなければ、ここまで早く広がりませんでしたよ」


「ふふ、それはお互い様ですよ。私の方も、レイゾウコのおかげで在庫の損耗率が激減しました。利益は跳ね上がっています」


 アンの笑顔は本物だった。

 冷蔵庫はアンにとって、単なる商品ではない。

 農家の娘として、食品の鮮度問題を肌で知っている彼女にとっての悲願だったのだろう。


「そこで提案なのですが」


 アンの目が商人のものに切り替わった。


「大型のレイゾウコは作れませんか? 宿屋や食堂、それに大規模な倉庫用に。需要は間違いなくあります」


「それは俺も考えていました。ですが、大型化すると術式の複雑さが跳ね上がります。エレアノールの負担が……」


「? 術式を刻んでいるのは、お抱えの魔術師メイジさんですか?」


 俺は思わぬ失言に気づき、口を閉ざした。

 エレアノールの存在を共和国民であるアンに知られるのはマズい。


「ああ、腕利きの魔術師メイジを雇っていましてね。事情があって表には出せないんですよ」


「なるほど。企業秘密、ということですね。あれほど精緻で見事な魔法陣は今まで見たことがなかったので、ぜひお会いしてみたいものですが……」


 アンはそれ以上の追及はしなかった。

 だがその瞳の奥には、あわよくば技術の核心に迫ろうとする貪欲な好奇心が浮かんでいた。やはり食えない女だ。


 俺たちがそんな会話をしていた時だった。


 ドンドンドン!


 屋敷の扉が乱暴に叩かれた。


 俺はまず、屋敷の奥の大部屋に目を向けた。

 そこには作業中のエレアノールがいる。


「ヴィオラ、奥の部屋の鍵をかけろ。エレアノールを絶対に外に出すな」


「かしこまりました」


 ヴィオラは音もなく動き、作業部屋に鍵をかける。

 そして、玄関の扉を開けた。


 そこに立っていたのは、全身鎧の騎士を従えた、いかにも貴族然とした服装の青年だった。


 その男を見たアンが驚愕の声をあげた。


「ロ、ロバート・グラハム・デイヴィス……様……!? 商業ギルドを統べる貴方がなぜ……!?」

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