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第12話 宣戦布告

 「ロバート・グラハム・デイヴィス……様!? 商業ギルドを統べる貴方がなぜ……!?」


 アンが息を呑んだ。


 俺もその名には聞き覚えがあった。

 ロバートといえば、商業ギルドのトップにして評議会第二席、デイヴィス家の長男だ。


 俺はロバートの顔を観察する。

 若い。おそらく俺と同い年くらいだ。


 華美な服装に尊大な態度。

 だが、その目の奥にあるのは自信ではない。


 俺は生前、こういうヤツを何人も見てきた。

 あれは、自身にコンプレックスを抱えた人間の目だ。


 周囲に認められたい。父親に認められたい。

 自分の実力で相応しい地位に立っていると証明したい。


 だが、己が親の七光りでしかないという事実を、本人が一番よく理解しているのだろう。


「お初にお目にかかります、デイヴィス様。私に何か御用でしょうか?」


 俺は営業スマイルを張り付け、にこやかに応対する。


 ロバートはアンと俺を交互に見て、不快そうに鼻を鳴らした。

 ドアを開けたヴィオラのことはただの使用人としか思っていないのか、視界にすら入れていない。


「フンッ。農民出身の女商人に、共和国のしきたりも知らん下賤の輩が……」


 アンはその言葉を聞いて警戒心を露わにした。

 俺を侮辱されたヴィオラの瞳に、昏い殺意が灯る。

 俺はヴィオラに咄嗟に目で合図し、抑えるよう命令する。


「初対面の我々に向かって随分な物言いですね……もう一度用件をお伺いしても?」


 俺は笑顔を崩さず答えた。

 ロバートの機嫌が更に悪くなっていく。


「単刀直入に言う。貴様が手がけている『レイゾウコ』なる魔道具、その販売権利と開発技術の全てを我がデイヴィス家に譲渡しろ。対価として金貨百枚を支払ってやる」


 金貨百枚。

 今の俺なら一瞬で稼げる額だ。


「申し訳ありませんが、それは無理なお話です。あれは私の商売の根幹ですので……」


 ロバートの目が据わった。


「貴様、自分が何を言っているか分かっているのか? 我がデイヴィス家は共和国の商業を統べる評議員の一族だぞ? その申し出を断るということは──」


「ギルドへの上納金はきちんと納めている筈ですが?」


「そういう問題ではない!!!」


 ロバートが声を荒げる。


「貴様のせいで、氷結魔晶の売り上げが七割も落ちたのだ! あれは我がデイヴィス家の主力事業だぞ!」


「商品の品質と価格で負けているのであれば、それは市場の判断では?」


 俺は穏やかに、だが一切譲らない確固たる口調で答えた。


「マ、マコトさん……」


 アンが青ざめた顔で俺の袖を掴んでいる。


 ロバートの顔が怒りに染まった。


「……いいだろう。そこまで言うなら、相応の覚悟はあるんだろうな?」


 ロバートが護衛の騎士に目配せをする。

 騎士が一歩踏み出し、俺に手を伸ばした。


 しかし。


「お客様、なにをされるおつもりですか?」


 ヴィオラが一瞬で俺と騎士の間に割り込んだ。

 鎧に覆われた騎士の前腕を、ヴィオラの白い指が万力のように掴んでいる。


 メキメキメキ……!


 鋼鉄の鎧が、ヴィオラの握力で悲鳴を上げて凹んでいく。


「ぐぁっ……!?」


 ロバートの顔から血の気が引いていく。

 

「ヴィオラ、大切なお客様だぞ。丁重に扱え」


「かしこまりました」


 ヴィオラがぱっと手を離した。

 騎士はよろめきながら後退し、呻きながら前腕を押さえている。


「そうか、貴様が異例の金級認定を受けたメイドの冒険者、ヴィオラという訳か……」


 ヴィオラの噂はロバートの耳にも届いていたようだ。


「……あくまで我々に逆らうつもりか?」


「とんでもない。私にデイヴィス様と争う気など微塵もございません。今後とも、同じ商人としてよい関係を築くことが出来れば幸いです」


 俺は笑顔を貼り付けたまま態度を崩さない。


 ロバートは怒りで顔を引きつらせながら、最後に吐き捨てた。


「その減らず口、いつまでも叩けると思うなよ……!」


 ロバートと騎士は乱暴にドアを蹴り開け、屋敷から去っていった。


 ◇


「……はぁぁぁ」


 アンが長く、重い溜息をついた。


「マコトさん、正気ですか? デイヴィス家を怒らせるなんて……」


「アンさん」


 俺は窓の外を見つめながら、静かに切り出した。


「ロバートには以前から目をつけられていたんですか?」


 アンの表情が僅かに強張った。


「確かに、商業ギルド上層部からの嫌がらせは以前からありました。仕入れルートへの妨害や、取引先への圧力……でも、直接命を狙われたことは……」


「それは本当ですか?」


 アンが口を閉じた。

 俺は言葉を続ける。


「以前引き受けた護衛任務で襲ってきた盗賊たち。モンスターを操る実力者がいて、口封じの毒まで仕込んでいた。ただの野盗の仕業とは考えられません」


「……それは、私も気になっていました」


「それに、アンさんの農家から直接作物を買い付ける商売は、デイヴィス家が支配する食料の流通利権を脅かすことになる……」


 俺の言葉を聞いたアンの目が見開かれた。


「……確証はあるんですか?」


「ありません。ですが、状況証拠は揃っているとは思いませんか?」


 沈黙が落ちる。

 アンは腕を組み、深く思案していた。


「マコトさん」


「はい」


「あなたは、デイヴィス家とどこまでやるつもりですか?」


 それは俺の覚悟を問う言葉だった。


「俺が欲しいのは、誰にも潰されない平穏な生活の地盤です。それを脅かす相手がいるなら、排除する。それだけのことですよ」


「排除……」


 アンは目を伏せた。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた。


「それは、ロバートを殺す……ということですか?」


「そんな物騒な真似はしませんよ。俺たちはあくまでこの国で暮らし続けるつもりなので。ですが、二度と俺たちの邪魔はさせないつもりです」


 アンは俺の目をじっと見つめていた。

 そして、小さく息を吐いた。


「……分かりました。私も腹を括ります」


「本気ですか? アンさんの危険も増すことになりますよ?」


「商売にこの身を賭ける覚悟なら、村を飛び出した時から決めています」


 アンが屈託のない笑顔を浮かべた。

 だがそこには、鋼のように強い決意が同居している。


「それは心強い。頼りにしてますよ、アンさん」


「こちらこそ。ですが、一つだけ条件があります」


「条件?」


「私たちは対等なパートナーです。それだけは忘れないでくださいね?」


「ええ、もちろんです」


 俺は白々しく言い放つと、アンが手を差し出した手を握った。

 

「ところで」


 アンが不意に声のトーンを変えた。


「マコトさん、最近少し……雰囲気が変わりましたね」


「……そうですか?」


「ええ。初めてお会いした時より、目が冷たくなったような、影が濃くなったような……」


「気のせいでしょう……私は何も変わってなどいませんよ」


「……そうですよね。失礼なことを言ってしまいました。申し訳ありません」


 アンはそれ以上、何も言わなかった。

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