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第13話 再会

 ロバートとの舌戦の翌日。  

 俺とヴィオラは高級レストランでランチを楽しんでいた。


「マコト様、あーんです!」


 向かいの席からヴィオラが身を乗り出してきた。

 フォークに刺さったロースト肉を俺の口元に突き出している。  


 ヴィオラは本来、飲食を必要としない。

 食事という行為そのものにも興味はないはずだ。


 だが、俺との外食という名のデートにいたく興奮しているらしい。  

 頬はだらしなく緩み、その視線は俺の口元へ熱っぽく向けられている。


 俺は言われるがままに口を開き、差し出された肉を頬張った。


「美味しいですか? マコト様?」


「ああ、美味いよ。ヴィオラ」


「えへへ……♡」


 ヴィオラの口から甘い呼気が漏れ、満面の笑みが浮かぶ。

 傍から見れば俺たちはただの初々しいカップルにしか見えないだろう。

 

 その裏で、俺は神経を研ぎ澄まし、店内を飛び交う客たちの会話や、俺たちに向けられる視線を推し量っていた。  


 この高級レストランには都市の権力者や上流階級が集まる。

 ロバートが裏でどのような根回しを進めているか、そして俺たちの事業が顧客層にどう評価されているか。


 屋敷に引きこもって警戒するよりも、周囲の反応を直接観察する方がはるかに効率が良い。  

 俺は脳内で、デイヴィス家の一手に対する対応パターンを組み立てていく。


 その時だった。


 突如として、強烈な光のオーラが陽光のように店内に差し込んできた。  

 思わずレストランの入り口に目を向けると、そこには白銀の鎧をまとった完全武装のテレシアが立っていた。

 

 それを見たヴィオラの顔から一瞬で感情が消失する。


「なぜ共和国のトップである評議員ともあろう方がこんな場所に? ユースティア様」


 俺はナイフとフォークを皿に置き、警戒心を滲ませながらテレシアに問う。


「評議員と言っても、私は新参の末席に過ぎません。そんなに畏まらなくて結構ですよ。どうぞテレシアと呼んでください、マコトさん」


「……質問に答えてくれませんかね? テレシアさん」


 俺の声のトーンが一段低くなる。


「この都市で最近頭角を現しているという二人組の商人の噂を耳にしましてね……あなた方の顔が浮かんだので、様子を見に来たのですよ」


「腑に落ちませんね。なぜこの広い都市から、ピンポイントで俺たちの居場所を?」


「あなた方の発する濃厚で不穏な闇のオーラが、簡単に教えてくれましたよ」


 テレシアは静かに俺たちのテーブルへ近づいてくる。鎧の擦れる金属音すら立てていない、常人離れした足運びだ。


「マコトさん、あなたが発する闇は以前よりも更に深く、濃くなっています。……ご自身にも心当たりがあるのでは?」


「……そんな覚えはありません。勘違いでは? 俺は何も変わっていませんよ」


「本当に、心の底からそう言えますか?」


「…………」


 俺は口を閉ざした。  


 確かに、以前の自分とは違う思考が浮かぶようになった自覚はある。

 だがそれは、この世界で生き抜くために俺自身が成長した結果だ。

 決してヴィオラの闇の影響などではない。


「あなたのメイド……ヴィオラさんから放たれる闇の魔力は、あなたの精神にも肉体にも大きな影響を与え続けています。このままでは、あなたは人間性を失いかねません」


「先ほどから黙って聞いていれば、私とマコト様の関係も知らぬ部外者が……!」


 ヴィオラの喉から、地を這うような低い声が漏れた。  

 次の瞬間、彼女の全身からどす黒い殺意が暗黒のオーラとなって奔流する。


「貴様にマコト様の何が分かる! マコト様がどんな気持ちで私の存在を願い、創造してくださったか、貴様のような人間如きに理解できるものか! 二度とその口を利けなくしてやろうか!?」


 ヴィオラの怒号と共に、空間すら歪めるような殺意とオーラが店内を満たした。

 客も店員も、誰もが顔面を蒼白にし、恐怖で身体を震わせている。


「願い……? 創造……? ヴィオラさん、あなたは……」


 ヴィオラの殺意を真正面から浴びているにも関わらず、テレシアは意に介すことなく怪訝な顔を浮かべている。

 

 一触即発の空気の中、俺は一切の躊躇なく、怒れるヴィオラの肩を力強く抱き寄せた。


「余計なお世話だ。俺は、俺の意思でこいつと一緒にいる。あんたに口出しされる謂れはない」


 俺は以前、もう二度と何も信じないと心に決めた。

 一度死んだ今、俺がこの世界で唯一信じられるのはヴィオラだけだ。


「マコト様……!」


 その瞬間、空間を支配していた殺意が霧散した。

 ヴィオラは頬を赤らめ、いつもの可憐なメイドの姿になっている。

 安堵からか店内に人々の息遣いが戻り始めた。  

 

 テレシアは俺たちを憐れむような目で見つめている。


「……確かに、彼女の力と忠誠はあなたにとって心地よいのでしょう。しかし、それは麻薬と同じです。依存し続ければ二度と引き返せなくなる」


 テレシアは尚も引き下がらない。


「なにがあんたをそこまで駆り立てるんだ? 俺は赤の他人のはずだ」


「……私は戦場で、あなたと同じ目をした方を何人も見てきました。力に酔い、暴力に溺れ、破滅していった人々を……マコトさん、私はあなたに、彼らと同じ過ちを犯してほしくないのです」


 テレシアの蒼い瞳が、俺の目をまっすぐに捉えていた。  

 その瞳の奥には、裏表も、偽善も、打算も存在しない。

 ただ純粋な、善なる光だけが輝いている。


「……あんたの気持ちは理解した。だがその目で俺を見るのはやめてくれ。うっとおしくて仕方がない」


 俺は短く吐き捨てた。


「せっかくのデートを台無しにされたな。行こう、ヴィオラ」


「はい、マコト様」


 俺はヴィオラを連れ、テレシアには一瞥もくれずに彼女の横を通り過ぎた。


 そのまま店を出て、街へと足を踏み出す。  

 背後から放たれるテレシアの光のオーラが、俺たちの前方に濃い影を作っていた。


 ◇


 屋敷の扉を開けると、応接間で俺たちの帰りを待っていたアンが駆け寄ってきた。


「マコトさん、大変ですよ! デイヴィス家が職人ギルドに圧力をかけて、外箱の製造を無理やり止めさせたんです!」


「始まったか……想定より動きが早かったな。ただの七光りの無能ではないということか」


 俺は瞬時に思考を切り替える。  


 ――舐めた真似をしてくれたな。


 商業ギルドのトップだか評議員の息子だか知らないが、俺から何かを奪おうとした落とし前は必ずつけさせてやる。   


 隣に控えるヴィオラは、これから始まるであろう戦いと、主人である俺を侮辱したロバートへの制裁を想像しているのか、獰猛な笑みを浮かべていた。


「マコトさん……あなた、そんな風に笑う人でしたか?」


「え?」


「唐突にすみません。ヴィオラさんと同じ顔をしていたので……」


 無自覚のうちに、俺の顔にはヴィオラと瓜二つの笑みが張り付いていたようだった。

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