第14話 正当防衛
ロバートによる本格的な妨害は即座に始まった。
職人ギルドに圧力をかけ、外箱の生産ラインを完全に停止させたのだ。
さらに裏社会のゴロツキを使い、俺たちの顧客に対する直接的な嫌がらせを行っているとの報告も入っている。
そんな中、ロバート本人が直接俺の屋敷へ姿を現した。
「最近の調子はどうだね? 商売で困ったことがあれば遠慮なく言ってくれたまえ。商業ギルドの長として、いつでも相談に乗ろうじゃないか」
応接間のソファに深く腰掛けたロバートが、口元を歪めて薄ら笑いを浮かべる。
その背後には数人の屈強な騎士が護衛として控えていた。
中でも一際体格の良い男からは、以前王国の村で相対した金級のガストンすらも凌駕する、濃密なオーラが立ち昇っている。
対する俺の隣に座るのはアンだけだ。
ヴィオラにはあえて、奥の作業部屋に身を隠すよう命じてある。
「お気遣い感謝しますロバート様。生憎ですが、今のところ順調そのものですよ」
俺は一切の動揺を見せず、にこやかに答えた。
「強がりはよすことだ。職人ギルドが動かない以上、君たちの商売は苦しいのではないかね?」
ロバートが鼻で笑う。
だが、アンは余裕の笑みを浮かべながら答えた。
「ふふっ。ご心配には及びませんわ、ロバート様。外箱の件でしたら、すでに別の都市の工房と提携を結びましたの。むしろ、以前より安く質の良いものが手に入るようになったのです」
「なっ……別の都市だと!?」
「ええ。それに、近頃なぜか私達の顧客が暴漢に襲われる事件が頻発しているのですが、それがレイゾウコの評判を上げているんです。『そこまでして独占したいほど素晴らしい魔道具なのか』と。どなたのご厚意なのか存じませんが、深く感謝しております」
アンがロバートに向かって深々と頭を下げた。
本当に肝の座った女だ。俺はアンに内心で称賛を送った。
「き、貴様ら……! 下賎な平民の分際で、どこまで我が家をコケにする気だ……!」
怒りを隠しきれなくなったロバートの視線が、俺たちの背後や部屋の隅を舐め回すように動く。
ヴィオラが不在であり、護衛もおらず、屋敷の警備が手薄であると確認したのだろう。
ロバートの顔に暗い確信が浮かび上がった。
同時に、どこまでも余裕を崩さない俺たちに我慢の限界を迎えたのか、その額には何本もの青筋を浮かべていた。
「……そうか。ならばせいぜい、今のうちに平穏な日々を謳歌しておくことだな」
ロバートは床を乱暴に踏み鳴らして立ち上がり、護衛を引き連れて屋敷を後にした。
◇
ロバートたちの気配が完全に消えたことを確認し、アンが口を開いた。
「うまくいきましたね、マコトさん」
「ええ、完璧な挑発でしたよ。あの様子なら、間違いなく直接私たちの命を狙ってくるでしょう」
俺の言葉に、アンは素直な笑みを浮かべた。
「付け加えて、私の情報網からの報告です。ロバートの私兵団が武器や戦闘用の魔道具を大量に買い集めているそうです。準備はすでに整っていると見て間違いありません」
「なるほど……となると今夜にでも襲撃してくるかもしれませんね。ヤツはああ見えて行動が早い」
「しかも、私兵団の中には元白金級冒険者も雇われているそうです。マコトさん、抜かりはありませんか?」
俺は先ほどロバートの後ろに控えていた騎士の姿を思い浮かべた。
なるほど、あいつがその白金級という訳か。
だがあの程度なら、やはりヴィオラの足元にも及ばない。
「襲撃の件は問題ありません。ヤツを釣り上げるために、あえてヴィオラを隠して隙を晒したんですよ。あの程度が最高戦力ならなんの問題もありません」
「分かりました。私もヴィオラさんの実力は信じています。ですが念のため、事が収まるまで私はこの屋敷で大人しく身を潜めさせて頂きますね」
「ええ、それがいいでしょう。どうぞ安心して過ごしてください。ですが、決して奥の部屋には入らないでくださいね?」
「分かりました。大事な企業秘密ですものね」
アンがいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
◇
俺はアンを応接間に残し、エレアノールの作業部屋の扉を開けた。
室内は熱気が充満し、床には術式の書きなぐられた羊皮紙が散乱している。
「エレアノール、今夜にもこの屋敷が襲撃されるかもしれない。お前はこの部屋と研究資料を死守してくれ」
「ふーん。アコギな商売してるから恨みを買ったのね。自業自得だわ」
エレアノールが作業机から顔を上げ、俺を鼻で笑った。
「あんた、初めて会ったときは荒事には興味無いって言ってなかったかしら? これから戦闘になるっていうのに、随分楽しそうじゃない」
「……気のせいだろう」
俺はエレアノールの言葉が引っかかった。
確かに以前の俺はここまで好戦的な性格ではなかったはずだ。
「まあいいわ。その戦い、私にも参加させなさいよ。ここ最近ずっと部屋にこもりっきりでストレスが溜まってたのよね」
「何言ってんだ? お前は共和国のお尋ね者だろうが。それにお前の戦闘は目立ちすぎる」
俺の脳裏に、森を焼き尽くし、荒野に変えた業火の記憶が蘇る。
「安心なさい、どうせ襲撃は深夜でしょう? フードを被って仮面でも付けてれば、人相なんか分からないわよ。それに試したいこともあるのよね」
「試したいこと?」
エレアノールの口元が吊り上がった。
「あんたに散々やらされたレイゾウコの術式作業と簡略化研究の成果よ。あれを応用すれば、炎すら使わずに国一つ落とせるわ。……早く実戦で試したくてウズウズしてるのよ」
エレアノールの真紅の瞳には、魔術の探究者としての狂気が宿っていた。
こいつのこんな顔は久々に見たな。
それに炎を使わず戦うのならエレアノールの正体もバレないだろう。
「そうか。ならちょうどいい、存分にやってくれ」
「ええ、任せておきなさい」
◇
その日の深夜。
屋敷の周囲を、数十人の武装した男たちが包囲していた。
それを迎え撃つのは、ヴィオラとエレアノールの二人のみ。
俺は屋敷のソファに深く腰掛ける。
テーブルに置かれたティーポットを持ち上げ、紅茶をカップへと注ぐ。
「マコトさん、本当に大丈夫なのでしょうか……?」
アンが僅かにうわずった声で俺に問いかける。
さすがの彼女でも、いざ実戦の場になると不安を隠しきれないようだ。
「心配いりませんよ、アンさん」
俺は普段と変わらぬ口調で答えると、カップを口に運ぶ。
そして小さく呟いた。
「さあ、戦争の始まりだ」




