第15話 蹂躙
俺はティーカップをソーサーに戻し、ゆっくりと窓際へ向かった。
カーテンの隙間から外の様子を眺める。
出撃前、俺はヴィオラとエレアノールに厳命を下していた。
『絶対に死人は出すな。ただし――二度と俺たちに逆らおうと思わないほどの圧倒的な恐怖を刻み込め』と。
俺はこれからも共和国で生活するつもりだ。
犯罪者として追われるのは御免こうむりたい。
あくまでも正当防衛の体裁を保つ必要がある。
外を見ると、屋敷の周囲を数十人の武装した男たちが完全に包囲している。
だが、彼らの足は止まっていた。
彼らを迎え撃つのはたった二人の少女だったからだ。
それは予想外の事態だったのか、男たちの間にざわめきが広がっていく。
「怯むな! 相手はたかが二人だ! 一斉にかかれ!」
後方に控えていた騎士が剣を振り上げて号令を下した。
視認できるオーラと容貌から察するに、奴が白金級の騎士だろう。
男たちが一斉に怒号を上げ、武器を構えて屋敷へと殺到する。
その直後。
ローブと仮面を身に着けたエレアノールの身体が、ふわりと宙に浮き上がった。
「なっ!? 空を飛んだ!?」
「まさか魔術師か!?」
男たちの足がピタリと止まる。
「さて、ゴミ掃除の時間です」
ヴィオラが虚空から漆黒の大剣を引き抜き、構える。
そして、まるで素振りでもするかのようにゆっくりと、大剣を真横に薙ぎ払った。
ドオォン!!!
大気が爆発したかのような重低音が響き渡る。
ただ無造作に剣を振るった風圧だけで、正面にいた数十人の男たちが吹き飛んだ。
「ぐあぁぁっ!?」
男たちが次々と地面を転がり、苦悶の声を上げる。
ただ一人、白金級の騎士だけが剣を地面に突き刺し、両足で踏ん張りながら持ちこたえていた。
「凍てつけ――【フロストノヴァ】!」
上空のエレアノールが魔法を詠唱する。
瞬間、大気から熱が急激に奪われた。
外だけではない。
屋敷内の空気すらも、一瞬にして極寒に変わった。
俺の吐く息が白く染まり、アンは寒さで身震いしている。
……あの女、加減というものを知らないのか。
パキィィィンッ!!
硬質な音が響き渡る。エレアノールの魔法が発動したのだろう。
一瞬で、無数の巨大な氷柱が屋敷の周囲を囲むように出現した。
「ヒッ……!?」
「体が動かない……ッ!」
男たちの身体は分厚い氷柱に囚われ、身動き一つとれなくなっていた。
「アハハハハハッ! 素晴らしいわ! 計算通りよ!」
エレアノールの歓喜に満ちた高笑いが闇夜に響き渡る。
「化け物どもが……!」
白金級の騎士が、畏怖と怒りの混じった声を漏らす。
次の瞬間、ヴィオラが目にも止まらぬ速度で間合いを詰めた。
ヴィオラの拳が騎士の腹めがけて放たれる。
騎士は咄嗟に大剣を盾にして防いでいた。
加減しているとはいえ、ヴィオラの拳に反応できるとは。流石は白金級だ。
だが――
バキィン!!!
「ガッ……!?」
分厚い大剣は真っ二つに折られ、拳はそのまま騎士の腹に叩き込まれた。
衝撃で鎧が内側にへこんでいる。
「ゴハァッ……!!」
騎士は口から大量の血を噴き出し、地面に崩れ落ちた。
もはや動けるものは、ヴィオラとエレアノールの二人以外に皆無だった。
俺は屋敷の外に出ると、わざとらしく大声で叫んで見せた。
「うわぁ! なんということだ! まさか私の屋敷が賊に襲撃されるなんて! これは大変だ! 急いで衛兵を呼ばないといけないなぁ!」
「き、貴様……!」
騎士が苦悶の表情を浮かべながら俺を睨みつける。
「ヴィオラ」
「はい、マコト様」
ヴィオラが大剣に暗黒の魔力を収束させ始めた。
同時に、空間を歪めるほどの圧倒的な殺意が、ヴィオラの全身から放たれる。
「な、何をする気だ……!? やめろ……やめてくれぇぇ!!!」
騎士の顔から急速に血の気が引き、滝のような汗が額から流れ落ちる。
生命の危機を本能で悟ったのだろう。その全身がガタガタと痙攣し始めた。
ヴィオラが大剣を振り下ろす。
その刃は騎士の顔面の、ほんの数ミリ手前に放たれた。
ドオォォォォォォンッ!!!
騎士の目の前に、底の見えない巨大な裂け目が走った。
「ア……アァ……」
騎士は白目を剥き出しにし、そのまま口から泡を吹いて気絶した。
「エレアノール、氷を解いてやれ」
俺は上空のエレアノールに指示を出した。
「私に命令するんじゃないわよ!」
反抗しながらも、研究成果を実証できた喜びが勝っているのか、エレアノールは上機嫌に指を鳴らした。
パリンッという軽い音と共に、男たちを拘束していた巨大な氷柱は一瞬で消え去った。
もはや俺たちに向かってくる者は一人もいない。
全員の顔が恐怖に歪み、戦意は完全にへし折られている。
「おい」
俺は、近くで這いつくばって震えていた男に向かって告げた。
「お前らの飼い主に伝えろ。これ以上俺の邪魔をするなら、今度は直接お前の元に『挨拶』に伺わせてもらう、とな」
男は言葉を発することすらできず、全力で首を縦に振り続けていた。
そのまま、動ける者たちが気絶した仲間を抱え上げ、一目散に逃走していく。
あっという間に、屋敷に静寂が戻った。
「さて。行こうか、ヴィオラ」
「はい、マコト様」
いつも通りの返事だ。
だが俺は、ヴィオラが微妙に暗い表情を浮かべているのに気づいた。
「どうした? ヴィオラ」
「……マコト様、私は今回マコト様のお役に立てたでしょうか……?」
どうやらヴィオラは、まだエレアノールと自分を比べて気にしていたようだった。
俺はヴィオラに向かって満面の笑みで答えた
「何言ってるんだ。お前はいつでも俺の役に立ってくれてるよ。今回だってお前がいてくれたから、こうして屋敷を守れたんだ」
俺はヴィオラの頭をわしゃわしゃと撫でてやった。
「マコト様……! ありがとうございます! 私はそのお言葉だけで、天にも昇る心地でございます!」
ヴィオラが涙で目を潤ませている。
喜びを噛み締めているヴィオラを見ていると、俺の心も自然と満たされていく。
「ちょっと! 私を忘れるんじゃないわよ! その女だけじゃ、屋敷を包囲してた全員の相手はできなかったでしょうが!」
「ハッ。あの程度の雑兵如き、私一人でも充分に対処可能でした。マコト様があえて貴様に見せ場を作ってやったに過ぎません。分をわきまえなさい」
ヴィオラの目から一瞬で涙が引っ込み、冷酷な表情でエレアノールを突き放した。
「おい! 人間! 今すぐこの女と戦わせなさい! 制限なんか関係ない、一瞬で焼き尽くして灰にしてやるわ!」
「身の程を弁えろと言っているのが理解できないのか? この下等種族の負け犬めが……!」
両者の殺意とオーラが膨れ上がり、空気が緊迫する。
「やめろ。ヴィオラ」
「はい、マコト様」
一瞬でヴィオラの殺意は鎮火した。
「エレアノール、お前も勘弁してくれ。どうだ? 一緒に祝杯でもあげないか?」
「ふん、それこそ御免だわ。私は馴れあうつもりなんか無いのよ」
そう言い捨てると、エレアノールは宙に浮き、屋敷の裏手に消えていった。
「せっかくのマコト様のお誘いを断るとは……あの無礼な女に躾を施しましょうか?」
「ほっといてやれ。エレアノールの言う通り、あいつは仲間でもなんでもない。俺の本当の仲間はヴィオラ、お前だけだ」
「マコト様……!」
ヴィオラが恍惚とした表情を浮かべる。
「さ、帰ろう。アンを安心させてやらないとな」
俺とヴィオラは手を繋ぎ、屋敷に向かって歩き出した。
その瞬間、強烈な光の柱が背後に現れ、闇夜を照らし出した。




