第16話 祝杯
眩い光の柱に見えたそれは、テレシアが発するオーラだった。
その額には汗が滲み、手には書状を携えている。
「これはこれは……まさか賊の次は聖女様のお出ましとは。衛兵を呼んだ覚えはないのですが、なぜ私の屋敷に?」
テレシアは周囲に広がる破壊の痕跡を見渡すと、重い溜息を吐いた。
「どうやら一足遅かったようですね……まさか彼らを殺めてはいませんよね?」
「そんなことする訳ないじゃないですか。私は善良な共和国民ですよ?」
俺は芝居がかった口調でテレシアの問いに答える。
「よかった……まだ完全に闇に染まりきっていないのですね……」
「……俺は何も変わっていないと言った筈だ。で? 用件は何だ?」
気分を害され、俺は思わず口調が荒くなる。
「襲撃計画の情報は私も掴んでいました。なので法務局に話をつけ、彼らの正当な逮捕状を用意してきたのですが……」
テレシアは手にしていた書状を力強く握りしめた。
「あんたの行動は遅すぎた、という訳だな」
俺の言葉を引き継ぐように、傍らのヴィオラが冷たい声を発した。
「すべてが片付いた後に遅参した挙げ句、言い訳とは……恥を知りなさい。厚顔無恥な愚物め」
「……」
俺の指摘とヴィオラの容赦のない罵倒を受けて、テレシアが黙り込む。
「私の参上が遅くなったことは、本当に申し訳なく思っています。そのせいでお二人の身を危険に晒してしまいました……ですが、暴力に暴力で対抗していては争いは収まりません。それでは法も国家も成り立たない。私の正義に反する行いです」
テレシアの言葉が俺の逆鱗に触れた。
「ハッ! 法? 国家? 正義? 笑わせてくれる! そんなもんがいつ俺を守ってくれた!? 今夜だって、ヴィオラがいなかったら俺は死んでいたんだぞ!?」
「それは……本当に申し訳ありません……」
テレシアは沈痛な面持ちで謝罪した。
だが俺の怒りは収まらない。
「なにより、俺はお前が今口先で並べた綺麗事の全てに裏切られて死んだんだ! 力が無ければ、そんなもの何の役にも立たないんだよ! 俺が信じられるのはヴィオラだけだ!」
「裏切られて……死んだ……?」
テレシアは俺の言葉が理解できないのか、困惑を浮かべている。
だがその目は、一層深い悲しみを帯びているように見えた。
「……それは違います。法や正義は、力なき弱者を守るために存在するのです。マコトさん、いつか必ずそれを証明してみせます。そして、あなたを闇から救い出してみせる――」
なおも言葉を曲げないテレシアに、俺は呆れ果てた。
「チッ……どこまでおめでたい頭をしてるんだ、この女は。行くぞヴィオラ」
「はい、マコト様」
俺はヴィオラの手を取り、テレシアに背を向けた。
背後では以前と同じように、テレシアがいつまでも光のオーラを放ち続けていた。
だが夜の闇に遮られ、その光が俺たちに届くことはなかった。
◇
私兵団の襲撃とテレシアの来訪が嘘のように、夜更けの屋敷には静寂と平穏が戻っていた。
俺とヴィオラは隣同士でソファに腰掛け、対面にはアンが座っている。
テーブルには上質なワインと、肉料理やチーズなどのつまみが並んでいた。
「それにしても、あの魔術師の方は素晴らしい活躍でしたね。あれほど大規模な魔法を扱える人は見たことがありませんよ。あの方がマコトさんの『企業秘密』なんですね」
アンがワイングラスを傾けながらニヤリと笑った。
「ご想像にお任せします。それに、今夜はたまたま上手くいっただけですよ。相手が油断してくれたんでしょう」
俺は適当に話を流した。
「ふふっ。そうですね……」
アンは笑みを浮かべながら俺の言葉に頷いていたが、その瞳の奥は全く笑っていない。
商人として、俺たちの本当の手札を測ろうとしているのだろう。
「……」
不意に、横から冷たい空気が漂ってきた。
俺がヴィオラの顔を覗き見ると、彼女は僅かに表情を暗くしていた。
どうやらアンがエレアノールを褒めたことが気に入らないらしい。
アンは慌ててフォローを入れた。
「も、もちろんヴィオラさんが一番素晴らしい活躍をしてくださいましたよ! なんといっても、あの白金級の騎士を一撃で仕留めてしまったのですから!」
だがヴィオラは無反応のままだ。
「アンの言う通りだぞ。今夜のMVPは間違いなくお前だ」
俺はそう言いながら、ヴィオラの黒髪を撫でてやる。
すると、先ほどまでの不機嫌さが嘘のように、ヴィオラの表情がパッと明るくなった。
「もったいないお言葉でございます、マコト様……!」
その極端な態度の変化を見て、アンは困ったように苦笑を浮かべていた。
ヴィオラは上機嫌にワインの注がれたグラスを揺らす。
「ヴィオラさん、よろしければ一口いかがですか? とても上等なボトルですよ?」
アンが微笑みながらワインを勧める。
ヴィオラはグラスを持ったまま俺の方を向いた。
「マコト様、口にしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、飲んでみろ」
俺が許可を出すと、ヴィオラは言われるがままグラスに口をつけた。
直後。
ヴィオラの眉間に深いシワが刻まれた。
「……不味いです」
その心底嫌そうな声に、アンが堪えきれずに吹き出した。
「あはは! ヴィオラさんっていつも無表情で、何を考えているのかよく分からないですけど……食の好き嫌いはあるんですね! 面白いです!」
アンは目尻に涙を浮かべて大笑いしている。
ヴィオラが不意に見せた意外な一面に、俺も興味深さを感じていた。
「さて、では今後の計画についてですが……」
俺は姿勢を正し、話題を切り替える。
「今回の件でデイヴィス家の私兵は壊滅しました。これでロバートが俺たちに直接妨害をかけてくることは無いでしょう」
「ええ。あの惨状を見れば、普通なら二度とマコトさんに逆らおうとは思いませんよ」
「なので、レイゾウコの販売を更に進めようと思います。あと数ヶ月で術式の簡略化が完了し、量産体制が整う予定です。そのための作業員として銀級レベルの魔術師を複数人確保しておきたいんです」
俺が展望を話すと、アンは顎に手を当てて考え込んだ。
「魔術師はただでさえ貴重な人材です。それが銀級となると数は限られてきますね……ですが、そこは私の頑張りどころですね! 任せてください!」
「それは頼もしい。それと、レイゾウコの他にも新たな魔道具の開発を予定しています。こちらの販路についても、是非アンさんに協力していただきたいんです」
「新商品の構想もあるんですか!? もちろんお任せください!」
アンの目がキラキラと輝いた。
ヴィオラは商売の話には興味がないのか、黙って俺たちの会話に耳を傾けている。
だが、俺が上機嫌でいることが嬉しいのか、リンゴジュースの注がれたグラスを手に、満足そうに微笑んでいた。
◇
それから一週間後。
俺たちは屋敷の奥にある作業部屋にいた。
「いい加減にしなさいよッ!!!」
俺の話を聞いたエレアノールから怒声が飛んできた。
「レイゾウコの術式刻印と簡略化の研究だけでも過労死しそうなのに、その上今度は『エアコン』とかいう新製品の開発!? 私の頭をどうにかする気!?」
エレアノールは殺気立ち、髪を振り乱しながら俺を睨みつける。
俺は顔に笑みを貼り付け、穏やかな声で説得を試みた。
「そう言うな。俺はお前の圧倒的な氷結魔法を見て確信したんだ。その素晴らしい才能ならエアコンの術式も再現可能だと。これが出来るのは世界にお前しかいないんだよ」
俺がおだててやると、エレアノールの瞳がスッと細められた。
「……そうやって安いおべんちゃらを並べれば、私が何でも言うこと聞くとでも思ってるの?」
チッ。
俺が舌打ちをした瞬間――
「マコト様の命令です。従いなさい」
ヴィオラがエレアノールに向かって人差し指を突き出した。
首元に埋め込んだ闇の鎖を起動させ、躾を施す気だ。
エレアノールは以前受けた苦痛を思い出したのか、顔を引きつらせて歯を食いしばっている。
「やめろ、ヴィオラ」
俺はヴィオラを制止した。
「かしこまりました」
ヴィオラが指を下ろすと、エレアノールは僅かにホッと安堵の息を漏らした。
同情で庇ったわけではない。
痛みで無理やり従わせても、本人が乗り気にならなければ高品質な製品の開発など不可能だからだ。
あくまでエレアノールには自主的に働いてもらう必要がある。
俺が次の説得の言葉を考えようとした、その時だった。
――ピリッ
突如、俺は今まで何度も対峙したことのある、強大な光のオーラを感知した。
コンコンコンッ
ドアからノックの音が響く。
誰が来たのかを即座に察し、エレアノールを作業部屋に閉じ込め、ヴィオラと共に玄関に向かう。
ヴィオラが扉を開けると、そこに立っていたのは予想通りの人物だった。
「お久しぶりですね、マコトさん……」
テレシアだ。
だが、その言葉には生気がなく、顔には暗い影が差している。
その手には、またもや書状が握りしめられていた。
「後ろの奴らはなんだ?」
俺はテレシアの背後に控える、武装した数人の男たちを見据えた。
「彼らは治安維持局の騎士たち、私の直属の部下です」
「それは穏やかじゃないな……用件は何だ?」
俺の問い対し、テレシアは苦しそうに顔を歪めながら、重い口を開いた。
「マコトさん……あなた方四名に、傷害の容疑で逮捕状が発行されました……」
テレシアの悲痛な声が屋敷に響く。
「どうかおとなしく、私たちに連行されてください……ッ!」




