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【幕間】 ロバートの憂鬱

「なっ……! 壊滅しただと!? 相手はせいぜいゴールド級一人だけのはずだろうが! 白金プラチナ級のジェラルドが負けたというのか!?」


 敗走の報告を受けたロバートは激しく動揺し、頭を掻きむしっている。


「そ、それがもう一人、謎の魔術師メイジが参戦しており……大規模な氷結魔法を発動し、騎士の殆どは戦闘不能に陥りました……」


魔術師メイジだと!? クソッ! そんな戦力を隠していたとは……!」


「唯一ジェラルド隊長は善戦していたのですが、メイドの女に敗北を喫しました……幸い死者こそ出なかったものの、被害は甚大です……!」


 白金プラチナ級とは、一国に数十人しか存在しない精鋭中の精鋭だ。

 その白金プラチナ級の騎士が、ゴールド級の女に負けた。


 あまりに衝撃的な事実が、ロバートの脳を揺らした。


 もはやこれは己の手に負える範疇を超えている。

 そう判断したロバートは悩み抜いた末に、苦渋の決断を下した。


「……明朝この都市を発つ。行き先は首都だ。馬車の手配をしておけ」


 ◇


 ベルファストから馬車に揺られること数日。

 ロバートは共和国の首都、メルクスに到着した。


 目的地は父の住むデイヴィス家の本邸だ。


「よく来たなロバート! 久しぶりではないか! 仕事の方はどうだ? なにか困ったことはないか?」


 ロバートの父、アーノルド・グラハム・デイヴィスが息子と熱い抱擁を交わす。

 その声は息子に対する父親の愛に満ちていた。


「はい……お久しぶりです父上。本日父上を訪ねたのは、まさにその件についてなのですが……」


 対するロバートの声は、どこか他人行儀で、たどたどしい。 


 彼は自身の父、アーノルドが苦手だった。

 父はいつまで経っても自分を一人前扱いしてくれない。


 父の中のロバートの認識は、小さな子供のままなのだ。

 そんな屈辱がロバートの自尊心を少しずつ削り続けていることなど、父アーノルドは知る由もない。


「何!? なにかトラブルか!? さあ、何があったのか話してみなさい」


「はい、実は……」


 ロバートは、マコトとのこれまでの因縁や経緯、事の顛末をとうとうと語った。


「なんと……その魔道具の噂はワシの耳にも入っていたが、まさかそのような事態に陥っていたとは……息子よ、今までよく一人で頑張ったな! あとのことは全てこのワシに任せろ! デイヴィス家に歯向かった愚か者共に地獄を見せてやろうではないか!」


 目を潤ませながらロバートの話を聞いていたアーノルドが、ガハハハと豪快に笑った。


(チッ……これだから父に話すのは嫌だったのだ)


 ロバートは心の中で舌打ちをした。

 いつもそうだ。 

 父は己の力と地位を活かして、自分では思いもよらぬ方法で事態を解決してしまうのだろう。


 俺はいつまで経っても父に頼りっぱなしだ。

 周りに七光りのドラ息子だと思われても仕方がない。

 ロバートは奥歯を噛み締め、拳をギュッと握り込んだ。


 だが、今回に限ってはそんな私情を挟んでいる場合ではない。

 これはデイヴィス家の沽券に関わる問題だ。


「では早速動くとしよう。まずは奴らを制裁する法的根拠が必要だな。ハーマン家に掛け合って罪状を仕立て上げるか。司法を牛耳る奴らの一族なら容易いだろう」


 アーノルドはそう言うとペンを取り、サラサラと書状を書き始めた。


「なっ、お待ち下さい父上! 確かに奴らは我々に損害を与えていますが、商売に関しては法やギルドの規則にも違反しておらず、襲撃の件も先に仕掛けたのは私の方です。裁判になれば奴らの言い分が通ってしまうのでは……」


 アーノルドは机から顔を上げ、ロバートをギロリと睨んだ。


「何を甘いことを言っておるのだ! 奴らは我が一族を侮辱したのだぞ!? 罪状などいくらでもでっち上げられるわ!」


 ロバートは父の辣腕ぶりに身震いした。

 敵を排除するためなら法も事実すらも捻じ曲げ、己の思い通りにする。

 この父と比べれば、自分などまだまだ俗人に過ぎないと実感する。


「仰るとおりです、流石は父上……では、どうやって奴らを始末するのですか? ロックウッド家にも協力を要請するのでしょうか?」


「それこそあり得ん話よ。我が家より序列が下位のハーマン家と違い、ロックウッドは第一席、借りを作るなど言語道断だ。それに、謎の戦力が国内にいるのは軍事を司る奴らにとっても穏やかな話ではないはずだ。何も言わずとも静観を決め込むだろう」


「な、なるほど……流石は父上。己の未熟さを恥じ入るばかりです……」


「何を言うか! お前はまだ子供なのだロバートよ! そんなことはこれから覚えていけばよい! この父の背中を見て学ぶのだぞ?」


「……はい、父上」


 ロバートの表情が更に暗く落ち込んだ。


「では父上、軍を動かさないとなると一体どうやって……いや、法的根拠……? まさか……!」


「気づいたか、流石は私の息子だ」


 アーノルドがニヤリと笑う。


「正当な逮捕令状を作り、法の下で裁きを加える……この国最強の秩序の番人、テレシア・レイ・ユースティアを使って……!」


「その通りだ! ロバートよ!」

 

 ロバートの額に冷や汗が滲んだ。


『黎明の聖女』、テレシア・レイ・ユースティア


 彼女は共和国を統べる十人の評議員の一人であり、治安維持局局長。

 そして共和国と王国の戦争を終結させた救国の英雄にして、ミスリル級の闘士(ウォリアー)だ。


 たった一人の男を始末するために、国の英雄すら利用する。

 ミスリル級の強者といえど、真の権力者の前では盤上の駒に過ぎないというのか。


 ロバートは改めて、父の思考と、それを実行可能な力に身震いした。

 俺はこの父に追いつけるのだろうか……ロバートはそんな諦観に打ちひしがれていた。


「正攻法であの女に勝てる者などこの世に存在しまい。これで奴らの命運も尽きたな。一生牢の中で過ごさせるか、自ら死を望むような制裁を与えてやるか……楽しくなってきたな! ロバートよ!」


 アーノルドが再び豪快な笑い声をあげる。

 だがその声には、嗜虐心に似た愉悦が混じっていた。


 ロバートは父に畏怖するとともに、そんな父の怒りを買ってしまったあの生意気な男の運命に僅かな哀れみを覚えていた。

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