第17話 救いの手
「すまない、よく聞こえなかったな聖女様。もう一度大きな声で言ってくれないか?」
「本当は私もこんなことは言いたくないのです……この逮捕状が評議会の圧力によって発行されたものだということも理解しています。ですが、法が判断を下した以上、私はそれに従うしか無いのです……!」
「滑稽だな。最強の騎士である『黎明の聖女』様の正体が、まさか国家の飼い犬だったとは」
俺はテレシアを鼻で笑った。
「……力ある者は、それに責任を持たなくてはなりません。この力を私情で行使してはいけない。それが私の騎士としての誓いです」
「その誓いとやらを馬鹿正直に守って俺たちを逮捕するのがあんたの正義か? 最初に会ったとき言ってたよな? 『この目に映るものは全て救うのが、私の騎士としての矜持です』ってよ。その矜持はどこに行ったんだ?」
テレシアの顔が一層暗くなる。
「たしかに今の私は、聖女の二つ名に相応しくない、愚かな騎士かも知れません。ですが裁判では全面的にあなた方の味方をすると約束します。マコトさん、ここはどうか、私についてきてください……」
テレシアが俺に向けて深く頭を下げる。
だが、俺の心は完全に冷めきっていた。
約束だと?
この女は、そんな薄っぺらい言葉を俺に信じろと言っているのか?
それに俺は知っている。
裁判など建前に過ぎず、判決は最初から決まっていることを。
なぜなら俺はそのせいで、前世で死を選ぶことになったのだから。
「その口を閉じて今すぐ失せろ。俺は絶対に逮捕なんざ受け入れない。それでも連行するというのなら俺のメイドが相手になるが、構わないのか? ――ヴィオラ」
「はい、マコト様」
俺の横に控えていたヴィオラが、テレシアに立ちはだかるように一歩前に出る。
その顔は無表情だが、立ち上る暗黒のオーラと殺意の奔流が、ヴィオラが怒りで爆発寸前であることを物語っていた。
テレシアの背後の騎士たちが恐怖でたじろぐ。
だがテレシアは微動だにせず、真正面から俺の目を見つめていた。
「……ここで強硬手段に出て、ヴィオラさんと戦闘になれば都市に甚大な被害をもたらすでしょう。それは私の望むところではありません。マコトさん、今晩また訪ねます。その時は違う返事が聞けることを祈っています」
「言っておくが、何度来ようが俺の意見は変わらん。用が済んだならとっとと失せろ」
俺はテレシアの言葉を一蹴し、吐き捨てた。
「…………」
テレシアはもはや、何も言わなかった。
無言のまま、どこまでも俺への憐憫と同情に満ちていた目を向けている。
心底鬱陶しい目だ。
そのままテレシアは俺たちに背を向け、恐怖で足取りのおぼつかない部下を伴って去っていった。
◇
「まさか、デイヴィス家がここまで強硬手段を講じてくるとは……評議員の力を侮っていたようですね……」
テレシアが去った後、アンは屋敷のソファに座り込みながら考え込んでいた。
「法務局を動かしたということは、司法を司るハーマン家も利用したのでしょう。我々への復讐にここまでするとは、権力者の怒りは恐ろしいですね……」
アンは顎に手を当てながら、冷静に状況を分析している。
「逮捕状は俺たち四名に発行されたとテレシアは言っていました。悪いことは言わない、今すぐ共和国を出る準備をしたほうが良い。違約金は払います。こんな事態に巻き込んでしまって申し訳ない」
俺はアンに謝罪した。
テレシアは障害の容疑と言っていた。ならば屋敷で身を守っていただけのアンは俺たちの戦闘のとばっちりを受けたことになる。
だが、アンは澄ました顔で言い放った。
「何を言ってるんですかマコトさん。私にこの国を、商売を捨てろと? 私は最後までマコトさんにチップを賭けますよ」
「……本気ですか? 今度はドラ息子の私兵団とは訳が違う、共和国そのものが相手なんですよ?」
「でも、マコトさんには逃げる気など無い。なにか考えがあるのでしょう? 私もそれに乗らせてください。それに言ったでしょう? 私は目利きには自信があるんです」
アンが不敵な笑みを浮かべた。
つくづく豪胆で、欲深い女だ。
自身の商売も、俺たちの事業も、今後のビジネスも、何もかも諦める気はないらしい。
俺は思わず苦笑した。
「よく分かりました。アンさんが非常に欲深い、優秀な商人だということがね」
「ふふっ。褒めていただきありがとうございます」
「――確かに考えはあります。ですが少々荒っぽい、場合によっては死人が出るかも知れない策です。それでも構いませんか?」
「この都市で商人をしていて、この手が汚れていないとでも? 覚悟なら既に持ち合わせています」
「なるほど、それは心強い……」
俺はソファから立ち上がると、窓辺まで歩き、都市の景色を眺めながらつぶやいた。
「テレシアは言っていましたね。自分が従うのは法のみだと。ならば、我々が法そのものを支配すれば全て丸く収まると思いませんか?」
アンの顔に冷や汗が伝った。
「マコトさん、まさか考えとは……」
「ええ。ハーマン家を潰し、私が共和国の司法を支配する」
俺の言葉を聞いたヴィオラが恍惚とした表情を浮かべながら拍手を送っている。
「なんという卓越した発想……! 流石は私の支配者にして崇高なる創造主であるマコト様! 素晴らしいお考えです!」
「ありがとう、ヴィオラ」
俺はヴィオラの称賛に素直に礼を言った。
「創造主……?」
アンが怪訝な顔でなにかを考え込んでいるが、俺はそれを無視した。
「さて、では今後の具体的な作戦ですが――」
ふと俺の脳裏に、いつかのエレアノールの言葉が浮かんだ。
『そのメイドの力で都市を落とす方が早いと思うけど?』
その言葉になんと答えたのか、今の俺は思い出すことが出来なかった。
◇
その日の夜。
屋敷の周囲からは人気が完全に消えていた。
いや、周囲だけではない。
この地区全域に渡って大規模な住人の避難が済んでいるのだろう。
日中、騎士たちが住民の避難誘導をしているのが屋敷の窓から見えた。
つまりは――そういうことだ。
コンコンコンッ
玄関のドアがノックされた。
ヴィオラに扉を開けさせる。
ドアの向こうにいたのは勿論、テレシアだ。
背後に控える部下は三名、いずれもオーラからして白金級の騎士に違いない。
ヴィオラという規格外の存在が相手では手数を揃えても足手まといになると判断したのだろう。
テレシアの装備も普段のものとは違う。
巨大なタワーシールドと、光り輝くロングソードを左右の手に携えていた。
「一応用件を聞こうか、聖女様」
「……マコトさん、あなた方を逮捕します。大人しく連行されてください。私は必ずあなたを救ってみせます」
テレシアが俺に手を差し出す。
俺はそれを払いのけた。
「断る。行け、ヴィオラ」
俺の言葉が言い終わるのと同時に、ヴィオラは虚空から大剣を引き抜くと、テレシア目がけて全力で切りかかった。
殺意に満ちた、手加減無しの本気の一撃だ。
ギイィィィン!!!
だが、テレシアは手にしたタワーシールドでその斬撃を受け止めていた。
俺たちとテレシアの長きに渡る因縁。
その決着の火蓋が今まさに切られた瞬間だった。




