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第18話 狂気

 ギイィィィン!!!


 静寂に包まれていた夜の街に、鼓膜を突き破るような轟音が響き渡る。

 漆黒の大剣と純白のタワーシールドが激突し、爆発的な魔力の衝撃波が発生した。 


 激突の余波が嵐のように吹き荒れ、テレシアの後方に控えていた騎士たちが飛ばされそうになっている。


 俺はというと、その中心からわずか数メートルという至近距離にいながら、微動だにしていなかった。 


 ヴィオラが周囲に展開した【暗黒障壁(ヴォイド・ウォール)】によって衝撃から完全に守られながら、俺は特等席で両者の戦いを観戦していた。


 この世界に来て二度目のミスリル級(真の強敵)との戦闘。

 だが俺は至って冷静だった。 


 以前戦ったエレアノールには苦戦を強いられた。

 それはヤツが遥か上空から広範囲の爆撃魔法を降らせてきたからだ。


 あの時のヴィオラは、俺を守り抜くというハンデを背負いながら上空の敵を迎撃しなければならない、圧倒的に不利な状況下にあった。


 全力を解放したヴィオラの敵ではなかったが、俺たちは危うく死ぬところだったのだ。

 今やエレアノールはしがない冷蔵庫職人に成り下がっているが、ヤツはとんでもないバケモノだった。


 だが、テレシアは違う。

 テレシアの目的はあくまでヴィオラを無力化し、俺たちを逮捕することだ。


 その点においてのみ、俺はヤツを《《信用》》していた。


 ヤツの性格上、ヴィオラを無視して俺に直接攻撃を加えることは無いだろう。

 万が一の事態が起きても、ヴィオラの障壁さえあれば俺は無事だ。


 それにしても──ヴィオラは全力で大剣を振るっているというのに、テレシアはその剣撃を全て片手のタワーシールドで受け流している。

 更に、もう片方の手に握った剣で反撃まで繰り出している。


 ヴィオラの大剣がタワーシールドに激突する衝撃音と、テレシアが繰り出す斬撃が空を切り裂く音が闇夜に響く。


 テレシアが剣を振るうたびに、その輝く刀身の残像が、闇を照らし出すかのような軌跡を描いている。


「くっ……割り込む隙が無い……! なんと凄まじい戦いだ……!」


 テレシアの部下の騎士たちは、眼前で繰り広げられる凄まじい戦闘を目の当たりにし、戦意を失いかけていた。


「だがユースティア様は聖盾『アイギス』と聖剣『クラウソラス』を装備しておられる。我らが手を出さずとも、あの小娘に勝ち目はあるまい」


 なるほど、どうやらご立派な装備を整えてきたようだ。

 あの光り輝く剣と盾がテレシアの戦闘力を底上げしているのか。


 だが、どんな武具で着飾ろうが、ヴィオラの前では所詮ただの人間に過ぎない。

 俺は最早テレシアの実力の底は見えたと判断した。


 だが、その予想は覆された。


「シッ!!」


 テレシアが短い呼気を吐く。

 直後、大気が爆発したかのような轟音が響き、俺の視界からテレシアが消失した。


 いや、消えたのではない。

 《《速すぎ》》るのだ。


 テレシアは大気を蹴って足場にし、超音速で空中を駆け回っているのだろう。

 デタラメな身体能力だ。


 俺の目には、テレシアの姿は闇夜に輝く白い残像にしか見えない。


 キンキンキンキンキンキンキン!!!!!


 上下左右、あらゆる角度からテレシアが剣撃を放ち、ヴィオラがそれを大剣で防ぐ金属音だけが遅れて聞こえてくる。


 ヴィオラは瞳孔を見開き、テレシアの動きを追っているが、攻撃を防ぐので手一杯のようだ。


 どうやら純粋な身体能力とスピードにおいては、テレシアがヴィオラを上回っているらしい。


「チッ、目障りな……!」


 ヴィオラはそう吐き捨てると、大地を蹴り、天高く飛び上がる。


 だが、テレシアは一瞬でヴィオラと同じ高度まで到達すると、空を蹴り、更に動きを加速させ、ヴィオラを包囲するかのように空中を駆け巡った。


 キンキンキンキンキンキンキンッ!!!!!!!!!!!


 テレシアの剣とヴィオラの大剣が衝突する音だけが上空から響き渡る。


 俺の目には、空中のヴィオラが白い糸で出来た檻に囚われているようにしか見えなかった。

 もはや常人である俺では残像すら捉えきれぬほどの激しい攻防だ。


「生憎、『魔女』と何度も戦ったせいで空中戦は鍛えられましてね……」


 夜空に輝く流線と化したテレシアの声が、辛うじて俺の耳に届いた。


「それにここなら気兼ね無く全力を出せます──! 【聖閃撃(セイントブレイク)】!!!」


 ドオオオオォン!!!


 テレシアがスキルを発動したのか、一筋の閃光が流星のように放たれ、それを受けたヴィオラが地面に落下した。


「ヴィオラ!!!」


 俺は思わず大声を出した。


「問題ありません、マコト様――」


 ふわりと軽やかに着地したヴィオラは、涼しい顔でそう答えた。

 身にまとうメイド服には綻び一つ無く、ダメージは一切負っていないようだ。


 だが、その顔からは笑みが消えていた。

 ヴィオラが本気で戦っている証拠だ。


「まさか私の攻撃を全て防がれるとは……」


 上空からテレシアも降りてきた。

 彼女もまた、自身の剣がヴィオラに届かなかったことへの動揺を顔に浮かばせていた。


「マコト様をお待たせする訳にはいきません。貴様のお遊びに付き合うのは止めにします――」


 ヴィオラはそう言い放つと、大剣を両手で構え、闇の魔力を刀身に収束させていく。


「ッ!?」


 テレシアの顔に明らかな緊張感が走った。


「させませんッ!」


 テレシアの姿が再び消えた。

 無数の残像が現れ、ヴィオラに向かって剣撃を浴びせる。


 だが、ヴィオラはそれらを防ごうともしない。

 メイド服が切り裂かれ、ヴィオラの白い肌が露出し、そこに容赦なく剣が浴びせられる。


「なっ……! ヴィオラァ!!!!!」


 ヴィオラの肌が傷つけられたのを初めて目撃した俺は、激しく動揺した。

 血は一滴も流れていないが、瞬く間にヴィオラの全身に切り傷が増えていく。


 闇の障壁で防御しないのか?

 いや、出来ないのか!?


 ヴィオラは今、その魔力の全てを大剣に集中させているのだろう。

 テレシアを確実に屠るために。


 大剣に闇の魔力が凝縮され、夜の闇より暗い漆黒の刃と化したその瞬間、ヴィオラが再び天高く舞った。


「死ね――【黒蝕の崩落(エクリプス・フォール)】!!!」


 テレシアが追撃するよりも早く、ヴィオラは漆黒の大剣を地上目がけて振り下ろした。


 魔力を介さなくてもはっきりと見える、超重力の破壊の奔流だ。

 障壁に守られている俺は無事だが、これほど超広範囲の重力波を回避するのは不可能だろう。


 相手がテレシア(ミスリル級)でなければ。


 だが、ここにいるのはテレシアだけではない。

 ヤツの部下の騎士たちが腰を抜かして天を仰いでいた。


 俺の見立てでは全員が白金(プラチナ)級だ。

 テレシアは生半可な戦力では足手まといだと判断して精鋭のみを連れてきたのだろう。


 だが、相手がヴィオラ(規格外)ではその想定すら生ぬるかった。


 テレシアがヴィオラの一撃を避けるのは容易いだろう。だがそれでは部下たちは確実に死ぬ。


「――ッ! 【絶対不落の聖護壁インビンシブル・ホーリーバスティオン】!!!」


 ドオオオォォォン!!!!


 テレシアはタワーシールドを天に向けて構えると、ヴィオラの必殺技を真っ向から受け止めた。

 闇の重力波がテレシアの放つ光のオーラと激突し、凄まじい衝撃波が発生する。


 テレシアの全身から骨がミシミシと軋む不快な音が鳴り響き、鎧は歪み、膝は地面に付きそうなほどに折れ曲がっていた。

 足元は衝撃で陥没し、巨大なクレーターが形成されている。


 目、鼻、耳、口、全身のあらゆる穴から赤黒い血が止めどなく漏れ出し、限界まで歯を食いしばったのか、奥歯が砕ける音が障壁の中にいる俺の耳にまで響いた。 

 

「ハアアアアッ!!!」


 凄まじい気迫と共に、テレシアはタワーシールドを力強く振り上げると、ヴィオラの放った重力波を弾き返してしまった。


「ガハッ! ハァ、ハァ……ッ!」


 テレシアは血を吐きながら、なおも構えを崩さず、上空のヴィオラを見据えている。


 俺は思わず驚愕した。

 ヴィオラの本気の一撃を真っ向から受けて立っていられる人間が存在するとは思わなかったからだ。


「ユ、ユースティア様……ッ!」


 騎士の一人が悲痛な声をあげた。


「全員、今すぐ引きなさい……! もはやあなた達を守り切ることは出来ないかもしれません……!」


「ハ、ハイッ! 総員、直ちに退却だ! これ以上ユースティア様の足手まといになるな!!!」


 騎士たちは全速力で市街地に向かって走り去っていった。

 この場に残されたのは、ヴィオラとテレシア、そして俺の三人のみ。


 気力は衰えていないとはいえ、テレシアの体は満身創痍だ。

 もはや決着は時間の問題だろう。


 だが、テレシアの発した言葉が、再び俺を驚愕させた。


「安心してください、マコトさん。私は必ずヴィオラさんを倒し、あなたを闇から救ってみせます……!」


「!?」


 俺は耳を疑った。

 テレシアはこの期に及んでもなお、自分を殺そうとしている俺に微笑みかけ、救済を宣言したのだ。


 それはもはや、善意や正義感などという生易しい言葉で表現できるものではない。


 これは狂気だ。


 ヴィオラが『俺への愛』という狂気に全てを捧げた闇の化身であるように、テレシアもまた、精神の怪物なのだ。 


 こいつは、聖女の皮を被った狂人だ。


 いったい何がこの女の精神をここまで歪めたのか。

 俺には想像もつかなかった。


「無知蒙昧な愚物めが……!」


 一方、地に降り立ったヴィオラは、底知れぬ怒りと殺意を冷たい声に滲ませながら、大剣を構え直していた。


「その愚かな妄言ごと、欠片も残さず砕いてやろう……」


 ヴィオラの全身から、先程とは比較にならないほどの殺気と、膨大な闇の魔力が立ち昇る。


 その鋭く光る紫紺の眼光が向いていたのは、満身創痍のテレシア──ではなく、背後に広がる市街地だった。


 ザンッ!!!


 ヴィオラは一切の躊躇なく大剣を振るい、漆黒の斬撃を放った。

 それは一撃で岩山をも砕く、闇の重力波。 


 市街地に直撃すれば、いくら住民が避難しているとはいえ都市への被害は甚大だろう。

 そしてその方角は、先程テレシアの部下たちが逃げた先だった。


「させませんッ!!!」


 テレシアは咄嗟に斬撃の軌道上へと身を投げ出した。


「ガッ……! ガハァッ!」 


 だがその代償に、斬撃をモロに喰らったテレシアは大量の血を吐き出して悶絶し、石畳の上に倒れ伏した。


「やはり自ら当たりに来てくれましたね。ここ最近、人間を《《観察》》する機会に恵まれたことが功を奏したようです」


 ヴィオラは無慈悲に、淡々と呟いた。


 守るものがある人間は、時に非合理的な動きをする。

 ヴィオラが弾き出したその冷徹な最適解が、見事にテレシアを切り裂いたのだ。


「では、今度こそ終わりです。【黒蝕の崩落(エクリプス・フォール)】──」


 ヴィオラは地面にうずくまるテレシアを冷たく見下ろしながら、容赦なく二度目の必殺技を発動した。

 闇を纏った大剣がテレシア目がけて振り下ろされる。


 完全に勝負は決した。

 誰もがそう思っただろう。


 だが、死に体であるはずのテレシアの蒼い瞳からは、未だに闘志の光は消えていなかった。


「【極限聖閃撃マキシマム・セイントブレイク】!!!」


 残された命の灯火を焼き尽くすかのような絶叫が響いた。


 テレシアはうつ伏せの状態から剣を握りしめ、片膝をつきながらも無理やり身体を起こし、剣を振るった。


 ヴィオラが放った闇の重力波を迎え撃つように、莫大な魔力が込められたテレシアの剣から、聖なる光を纏った斬撃が放たれた。


 ヴィオラとテレシア。両者の極大の魔力が真っ向から激突し、俺の視界が白と黒に明滅する。


 ドオオオオオオン!!!!!


 直後、天地を揺るがすような凄まじい大爆発が発生した。


 空間が歪み、二人を中心に大地が削られ消し飛んでいく。


 衝撃波は庭の巨木を根こそぎ薙ぎ倒し、俺の屋敷を半壊させた。


 俺は闇の障壁の中から、激突の行く末を見守っていた。


 そして、視界を覆っていた土煙が晴れ、俺の目に飛び込んできたのは──

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