第19話 決着
視界を覆っていた土煙が晴れた。
俺の目に飛び込んできたのは、漆黒の大剣と純白の長剣が交差する瞬間だった。
直後、いくつもの金属片が宙を舞い、闇夜を輝かせた。
テレシアの握る剣が、ヴィオラの大剣を受けた箇所から無残に叩き折られたのだ。
ヴィオラの一撃を辛うじて相殺はしたものの、剣そのものが限界を迎えたのだろう。
「そんな……! 聖剣が……!?」
テレシアの動きが完全に停止した。
そこにヴィオラの容赦のない追撃が襲いかかる。
下段からの蹴り上げだ。
テレシアは咄嗟にタワーシールドを拾い上げて防御する。
だが、それも先程のヴィオラの一撃を受け止めるのが精一杯だったのだろう。
テレシアが構えたタワーシールドは、ヴィオラの蹴りを受けた瞬間に粉々に砕け散った。
「ガッ……!」
ヴィオラの鋭い蹴りが、テレシアの無防備な腹部に深々と突き刺さる。
純白の鎧が内部にへこみ、テレシアの身体がくの字に折れ曲がった。
ヴィオラが蹴り足を振り抜くと、テレシアは砲弾のような勢いで吹き飛び、遥か後方の市街地に激突した。
ドオォォォン!!!
轟音と共に家屋が崩壊し、テレシアは瓦礫の下敷きになっている。
俺は崩れ落ちる瓦礫を見つめながら、ふうっと息を吐いた。
正直、共和国の至宝らしき剣と盾を失ったのは惜しい。
だが相手は国家の最高戦力であるミスリル級だ。
今後の計画のためにもテレシアに死なれては困る。
それでも、俺はヴィオラに殺す気で戦うよう命令した。
同じミスリル級であるエレアノールの規格外の魔法や、国境都市でテレシアが見せたデタラメな身体能力を考慮すれば妥当な判断だろう。
余計な手加減は敗北のリスクを高めるだけだ。
剣と盾は必要経費だったと考えよう。
それよりも問題はヴィオラだ。
激しい動揺と、ヴィオラのメイド服を切り裂き、肌に傷を負わせたテレシアへの怒りは未だに俺の中で渦巻いていた。
「ヴィオラ! 怪我は平気か!? 服は!? どこか問題はないか!?」
こちらに歩み寄ってくるヴィオラに向かって、俺は矢継ぎ早に不安をぶつけてしまった。
美しい漆黒のメイド服はズタズタに切り裂かれ、ロングスカートからは生足が露出している。
切り傷もひどい。
出血こそしておらず、浅く見えるものの、数え切れないほどの無数の傷がヴィオラの白い肌に刻まれていた。
顔には傷が無いのがせめてもの救いか。
「ご心配をおかけして申し訳ありません……あの人間があまりにもすばしっこく動き回るので、このような手段で始末させて頂きました。ですが問題ありません。私の服は魔力で自動的に修繕されますし、この程度のかすり傷なら三分もあれば完治いたします」
ヴィオラは俺を安心させようとしているのか、にっこりと優しく微笑んだ。
「そうか……治るのか……よかった……」
気がつくと、俺は無意識の内にヴィオラを抱きしめていた。
「マ、マコト様!?」
「あ、ああ! すまん、つい……」
俺は咄嗟にヴィオラから身体を離す。
「いえ、私は何も構わないのですが……マコト様に抱きしめられると身体が熱くなってしまって……」
ヴィオラは恥ずかしそうに頬を赤く染めている。
身体が熱いのは俺も同じだ。
俺とヴィオラは一心同体、彼女の闇の魔力で俺は生かされている。
そして、この熱は俺が生きている証だ。
俺は久しぶりに、ヴィオラの闇の熱を直に感じた余韻を味わっていた。
だがすぐに頭を冷やすと、軽く咳払いをしてヴィオラに新たな命令を下した。
「これから先、今回みたいな戦い方は二度とするな。分かったか?」
俺はヴィオラの紫の瞳をじっと見つめながら言い放った。
それは最早、命令というより懇願に近かった。
傷ついたヴィオラを見ていると、理由は分からないが俺の心が無性に痛むのだ。
俺はもう二度と、ヴィオラのこんな姿を見たくなかった。
「マコト様……! 従僕である私の身をそこまで案じてくださるとは……! かしこまりました! 二度とこのような戦いはしないと誓います!」
ヴィオラは瞳を輝かせながら力強く宣言した。
「本当に分かってるのか? 俺が言いたいのは、二度と傷を負うなってことだぞ?」
「はい! 今後はどのような敵が相手であろうと、無傷で始末し、マコト様をお守りすることを約束いたします!」
どちらかといえば、守って欲しいのは俺の身よりヴィオラ自身なのだが……まあいい。
ヴィオラがそう言っているんだ。
俺はこの忠実なメイドの言う事を、今まで通り信頼することにした。
「そうか……ああ、言うのが遅れたな。よくやった、ヴィオラ」
俺はヴィオラの頭に手を置き、その柔らかな黒髪を優しく撫でた。
「勿体ないお言葉でございます、マコト様……♡」
◇
俺はヴィオラと共に、瓦礫に埋もれるテレシアの元へ歩み寄った。
「……ぁ……ぐ……」
テレシアは辛うじて意識を保っていた。
だが、肉体のダメージが甚大なのか、立ち上がることも出来ないようだ。
「よくも俺のメイドに傷をつけてくれたな……」
俺は未だ収まらない、静かな怒りをぶつけた。
そしてテレシアを見下ろしたまま、懐から一枚の書状を取り出した。
共和国に入国する際、この女から渡された紹介状だ。
「そ……れ、は……」
テレシアが血まみれの口から声を絞り出す。
俺はテレシアの目の前で、紹介状を真っ二つに引き裂いた。
ビリッ
さらに何度も何度も重ねて破り、細かな紙屑にしてばら撒いた。
白く小さな紙片が、風に乗って雪のように闇夜を舞い、消えていく。
「生憎、俺はもう救われてるんだよ」
ヴィオラの肩を抱き寄せて言葉を続ける。
「この闇にな――」
「ぁ……」
テレシアの頬を伝って、大粒の涙が石畳に落ちた。
「わた、し……を……ころ……さ、ないの……です、か……」
涙を流しながら、テレシアが掠れた声で問う。
「殺す? 俺がそんな悪人に見えるか?」
俺は肩をすくめ、冗談めかして言い放った。
未だ怒りは収まらず、殺してやりたいのが本音だったが、コイツにはまだ仕事が残っている。
「それに、お前にはまだ働いてもらうつもりだ」
「……?」
テレシアの蒼い瞳に疑問が浮かんだ。
俺はそれ以上何も答えず、隣のヴィオラに視線を向けた。
「ヴィオラ。もう少しこいつを痛めつけておけ」
「かしこまりました」
ヴィオラが俺に向けて恭しく一礼する。
「なに、を……!?」
テレシアの目が見開かれた。
ヴィオラはテレシアの足首を片手で掴むと、瓦礫の山から無理やり引きずり出した。
そのまま、全身鎧を纏った女騎士を、小枝のように軽々と持ち上げる。
そして。
ドゴォッ!!!
ヴィオラは金槌で釘を打つかのように、テレシアを頭から思いっきり石畳に叩きつけた。
「ガハァッ!」
テレシアの口から大量の血が噴き出し、喉が裂けるような叫び声が漏れ出た。
「ふふ……加減が難しいですが、それでこそやりがいがあるというものですね……♡」
ヴィオラは嗜虐的な笑みを浮かべながら呟いた。
ドゴォッ!
グチャッ!
ヴィオラは何度も何度も、テレシアを石畳に叩きつける。
何度も繰り返すうちに石畳が砕け、露出した地面が赤黒く染まっていく。
ゴキィッ!
ズチャッ!
骨が砕け、肉が叩き潰される音だけが静かな闇夜に響く。
やがて、テレシアの口からは呻き声すら漏れなくなった。
その顔は打撲で膨れ上がり、無数の裂傷が刻まれ、内出血で変色し、かつての端正な顔立ちは完全に面影を失っていた。
あたりはテレシアが流した血で塗れ、純白の鎧も赤黒く染め上げられて輝きを失っている。
テレシアは身体を支える力も残っていないのか、ヴィオラに掴まれた足首から先はボロ雑巾のように垂れ下がっている。
「ふぅ……」
ヴィオラは一息つくと、足首から手を離した。
ドサッ
テレシアの身体がゴミのように地面に落ちた。
完全に意識を失い、血溜まりの上で痙攣するだけの肉塊と化している。
「これで丁度いい塩梅にダメージを負ったはずです、マコト様」
ヴィオラが満足げに報告した。
「ご苦労、ヴィオラ」
殺意は完全に消えていないが、ズタボロになったテレシアの姿を見ると少しは怒りが静まった。
一仕事終えた充実感に包まれた俺は、足元に転がるテレシアを踏みつけながら、冷たい夜の空気を大きく吸い込んで吐き出す。
「さて、いよいよお楽しみの時間だな」
「はい! ようやくですね!」
ヴィオラは期待に胸を膨らませ、目を輝かせている。
「ああ。行き先は首都、メルクスだ」




