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【幕間】 聖女の誓い

 テレシアは孤児だった。


 共和国の辺境にある孤児院に捨てられ、九歳までそこで暮らしていた。

 

 ある日、彼女の人生を決定づける事件が起きた。


 幼い少女を虐めていた体格の大きい年上の少年に対し、テレシアは感情のまま拳を振るったのだ。

 それはテレシアなりに精一杯の、せめてもの抵抗のつもりだった。


 だが、テレシアの放った拳は少年を紙屑のように吹き飛ばし、そのまま孤児院の壁に激突させて意識を失わせた。


 この瞬間、彼女は自身の天賦の才を目覚めさせてしまったのだ。 


 若干九歳にして、テレシアは白金(プラチナ)級に匹敵する闘士(ウォリアー)の実力を備えていた。


 少年は大怪我を負ったものの、奇跡的に一命を取り留めた。


 だが、この出来事はテレシアにとって最初のトラウマとなった。


 この力は二度と他人に振るってはいけない。

 感情に任せて力を行使してはいけない。


 テレシアは自身の心にそう固く誓った。


 テレシアがその生い立ちにも関わらず高潔な精神を生まれ持っていたのは幸運と言う他無かった。


 自らの力を自覚したテレシアは孤児院を出た。

 そして十歳にして、共和国最年少の冒険者になった。


 テレシアは、自身の力を他者のために使う生き方を選んだのだ。


 ◇


 テレシアの才能と実力は圧倒的だった。


 数多の未踏ダンジョンの制覇、希少な古代遺物の発見、共和国を襲った災害級モンスターの単独討伐など、冒険者として次々と偉業を成し遂げていった。


 テレシアが冒険者になってから三年後。

 彼女はわずか十二歳にして、国家最高戦力の証であるミスリル級の称号を与えられた。


 ◇


 テレシアが十五歳になった年、共和国は戦乱の闇に覆われた。


 それまで騎士として共和国を守護してきたもう一人のミスリル級、聖騎士(パラディン)の『虹彩の剣聖』が、『火葬の魔女』エレアノールに敗れ、戦死したのだ。


 これを機に、レガリア王国によるリブラ共和国への大規模な侵略戦争が勃発した。


 テレシアは冒険者を引退し、国と民を守るために兵士に志願した。

 若さ故の高潔な使命感と理想に燃えていた。


 だが、彼女が戦場で見たのは地獄だった。


 二度と人を傷つけないと誓ったはずの己の手で王国兵を切り捨て、死体に変えていく日々。


 『火葬の魔女』とも幾度となく対峙した。

 だが、魔女の邪悪な炎から味方を守り切ることなど不可能だった。


 王国への憎悪に呑まれ、正気を失い、獣のように敵陣へ突撃していった戦友を止めることも出来なかった。


 自分が斬り殺した王国兵の顔と、共和国兵の焼け焦げた顔が延々と積み重なり、脳裏に焼き付いて消えてくれない。


 絶望と無力感がテレシアを打ちのめした。


 だが、それでも彼女は立ち止まらなかった。


 テレシアは単騎で王国軍を急襲し、司令部を壊滅させる電撃作戦を遂行していった。


 戦争は最早、魔女の炎が共和国を焼き尽くすのが先か、テレシアの刃が王国の喉を切り裂くのが先かの競争と化した。


 開戦から三年後、テレシアの活躍が一足先に実を結んだ。

 戦線が崩壊した王国は継戦を困難と判断し、共和国との間に終戦講和を締結した。


 テレシアは己の力で戦争を終結させたのだ。


 人々はこの偉業を称え、テレシアを『黎明の聖女』と呼んだ。


 それは戦乱の闇を打ち払い、共和国に平和という名の光を取り戻し、民を慈しむ彼女を表すのにこれ以上無い二つ名だった。


 だが、決して表には出さずとも、テレシアはその名で呼ばれることを嫌っていた。


 数多の命を斬り殺し、無数の返り血を浴び、何も守れず、ただ戦場で暴力を振るっただけの自分にその名は相応しくないことを、彼女自身が誰よりも自覚していたからだ。


 ◇


 戦後、十八歳になったテレシアは騎士になり、国内の治安改善を志した。


 戦場で殺めた命と救えなかった命の数だけ、この目に映る、今生きている命を救う。


 それが彼女の第二の誓いとなった。


 しかし、いざ国内の情勢に目を向けると、共和国は評議員による汚職に塗れ、上流階級が私腹を肥やす一方で、下層民は貧困に喘いでいる。


 個人の武力だけでは、この泥沼のような現状は変えられないかもしれない。

 何度も心が折れそうになった。


 それでもテレシアは『治安維持局』という新たな組織を立ち上げ、昼夜を問わず激務に励み、広く民衆の支持を集めた。


 そして、テレシアが騎士に就任してから四年後。


 彼女は二十二歳にして、末席ではあるが、共和国を統べる十人の評議員の一員に加わることに成功した。


 そして『レイ』の名を授かり、テレシアはテレシア・レイ・ユースティアとなったのだ。


 ◇


 それから五年後のある日。

 テレシアは治安維持局の視察任務で国境近くの辺境都市を訪れていた。


 突如、彼女の研ぎ澄まされた闘士(ウォリアー)としての感覚が、とてつもない闇の気配と冷徹な殺気を捉えた。


 異常事態と判断したテレシアは即座に地を蹴ると、一踏みで都市の城壁を飛び越える高さまで跳躍した。

 その場で大気を蹴って弾丸のように加速し、殺意の発生源へと一直線に駆ける。


 加速の衝撃で眼下の森が暴風に晒され、木々が大きく揺れる。


 超音速で空中を飛ぶテレシアの目に映る景色は瞬く間に変化し、流動体と化していく。


 それでも彼女は顔を真正面に向けたまま、目標に向かって正確に飛翔していた。


 目的地の真上に到達すると、テレシアは身体を上下反転させて空を蹴り、急降下する。

 地面に激突する寸前、再び空を蹴って落下の衝撃を完全に相殺し、その場に音もなくふわりと降り立った。


「そこまでにして頂けますか?」


 この間、僅か二秒。


 現場に到着したテレシアの目に映るのは――


 腰を抜かして震える衛兵たち。


 殺気の元凶であろう、禍々しい闇の魔力を放つメイド服の少女。


 どこかで見覚えのある顔立ちをしたエルフの少女。


 そして、


 世界に対する深い絶望を瞳に宿した青年だった。

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