第20話 遊び
テレシアとの戦いから数日後、俺たちは共和国の首都、メルクスに到着した。
街の景観は俺たちが拠点にしていた都市であるベルファストよりも洗練されており、商業大国の首都に相応しい活気に満ちていた。
だが、俺たちの目的は豪勢な宿や市場などではない。
共和国の司法を牛耳る評議員、ハーマン家の本邸だ。
「止まれ! 何者だ貴様ら……ガッ!」
ヴィオラは屈強な門番を軽く蹴散らし、鍵のかかった屋敷の門を腕力で強引にこじ開けた。
門を越えた俺たちの目の前に現れたのは、本邸を守護するかのような分厚い鋼鉄の玄関扉。
ドゴォォォン!!!
ヴィオラが扉に前蹴りを入れると、それは爆発したかのように吹き飛んだ。
鉄屑と化した残骸を踏み越え、俺たちは屋敷の広大な大広間へと足を踏み入れる。
「ガ、アァ……!」
「ヒィィッ……!」
広間の床には何人もの護衛たちがボロ雑巾のように転がっていた。
ヴィオラの蹴りの余波を喰らったのだろう。
立ち上がることすら出来ず痙攣している。
余計な軋轢を生みたくないため、ヴィオラには「護衛は殺すな」とだけ命じておいた。
結果として悲惨な目にあったようだが、死んでいないならどうでもいい。
「ひ、ひいぃっ……! なんなのだ貴様らは……!?」
広間から二階へと続く大きな階段。
そこから豪奢なガウンを着た老人が姿を現した。
俺たちの標的であるハーマン家の当主だ。
その顔は死人のように蒼白に染まり、全身をガタガタと震わせている。
俺は階段をゆっくりと登り、狼狽する老人と顔を向き合わせた。
「さて、ハーマン家の当主殿。お前には二つの選択肢がある」
俺は淡々と言葉を続ける。
「一つは、共和国における司法の権限、そのすべてをこの場で俺に譲渡すること」
老人の目が限界まで見開かれた。
「もう一つは、それを拒否して俺のメイドに殺されることだ。死に方のリクエストくらいは聞いてやる。どうだ? 俺は優しいだろう?」
「はい! マコト様はこの世で最も慈愛に満ちた素晴らしいお方です!」
傍らに立つヴィオラが瞳をキラキラと輝かせながら俺を見つめている。
「ありがとう、ヴィオラ」
俺はヴィオラの頭を軽く撫でてから、再び老人に視線を戻した。
「さて、どうする? 当主殿」
◇
こうして、俺は共和国における司法を完全に掌握した。
俺は即座に法務局の権限を行使し、一枚の書状を発行させた。
デイヴィス家に対する逮捕状だ。
罪状は俺の商売に対する妨害行為、私兵団を用いた屋敷の襲撃。
そして法務局を利用した不当な逮捕状の発行だ。
俺は正義と秩序を重んじる法の執行官として、デイヴィス家の本邸を訪問した。
◇
「よう。約束通り『挨拶』に来てやったぞ」
俺は応接間のソファに深く腰を下ろし、口を開いた。
目の前にいるのは、体躯の大きな壮年の男と、優美に着飾った顔見知りの青年。
二人とも床に両膝をつけ、暗い顔を浮かべながら下を向き、背中を丸めている。
部屋の空気を支配しているのは、鮮烈な血と臓物の匂いだ。
デイヴィス家が誇る屈強な護衛たちは、すでにヴィオラの手によって床や壁のシミへと変えられていた。
「あ、あ、ああ……」
評議員にして商業ギルドの頂点に君臨する男、アーノルドと、その息子ロバート。
彼らは恐怖で身体を震わせながら、ガチガチと歯を鳴らしていた。
「お前らには直接落とし前をつけると決めていたんだ。できるだけ苦しんで死んでくれ」
俺は隣に控えるヴィオラに告げた。
「ヴィオラ、こいつら好きにしていいぞ」
「本当ですか!? ありがとうございますマコト様!」
ヴィオラの愛らしい顔に、無邪気な笑みが咲いた。
「フフフ……さて、何をして遊びましょうか?」
ヴィオラが微笑を浮かべながらデイヴィス親子へと歩み寄る。
「ま、待ってください!!!」
アーノルドは突如狂ったように叫ぶと、両手をついて平伏した。
額を床に打ち、ゴリゴリと擦り付けている。
「今までの非礼は全て謝罪します! 望むものは全て献上いたします! 私はどうなっても構いません! なのでどうか! 息子の命だけはご容赦していただけないでしょうか!!!」
共和国の支配者が、その地位も名誉も尊厳も投げ打ち、涙を流しながら必死で息子の命乞いをしている。
その姿は、あるいは見る者の心を打つ悲痛なものだったのかもしれない。
だが、俺の心は一切動かされなかった。
「気にするなヴィオラ。好きなだけ遊んでいいぞ」
「かしこまりました――」
「あ、あああぁぁぁ!!! うわあああぁぁぁぁ!!!!!」
アーノルドの絶叫が広大な屋敷中に響き渡った。
ヴィオラの弾むような笑い声と、泣き叫ぶロバートの嗚咽がそれに混ざり合う。
俺は彼らを無視し、ソファからゆっくりと立ち上がった。
分厚い机に置いてあった葉巻を一本手に取り、火をつける。
煙を口に含み、ゆっくりと吐き出した。
「……マズいな」
ヴィオラがデイヴィス親子で《《遊ぶ》》光景を眺めながら、俺は初めて吸った葉巻の味に顔をしかめていた。
彼らの身体が人からかけ離れた姿になり、ヴィオラに死ぬことを許されたのは、それから三時間後のことだった。
◇
「マコト様に不敬を働いた愚かなゴミ共をいたぶる機会を与えてくださり、ありがとうございました!」
ヴィオラが満足そうに俺に微笑みかける。
「楽しかったか? ヴィオラ」
「はい! こんなに人間で遊んだのは初めてでしたので!」
「そうか。お前が楽しかったのなら俺も嬉しいよ――」
ヴィオラの遊びに付き合っていたらすっかり日が暮れてしまった。
まあそれはまったく構わない。
ヤツらの惨めな姿と死に様をこの目で拝めて、俺の溜飲も下がった。
俺たちが屋敷を出ると、周囲は異様な気配に包まれていた。
無数の松明や魔法の光源が、闇夜に佇む俺たちを照らし出している。
見渡す限りの兵士が俺たちを囲んでいた。
共和国の全軍が集結したのではないかと見紛う程の大軍勢だ。
どうやら屋敷は完全に包囲されているようだ。
軍部を支配する評議員、ロックウッド家が動いたのだろう。
殺気に満ちた兵士たちの視線が俺とヴィオラに突き刺さる。
だが、これも俺の計算内だ。
「さて、出番だぞ」
俺はパンパンッと手を鳴らす。
それに応えるように、突如として何者かが天から舞い降りた。
純白に輝く全身鎧を装備した女騎士だ。
闇夜の全てを照らし出すかのような眩い光のオーラを放っており、彼女の前では数百の松明の炎すら頼りなく見える。
顔は殆どが包帯で覆われており、僅かに左目だけを覗かせている。
その蒼い瞳は暗く淀み、濁りきっていた。
法と秩序の番人、『黎明の聖女』テレシア・レイ・ユースティアが、俺の目の前に降り立った。




