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第21話 嘲笑

 闇夜の中、デイヴィス家の屋敷から出た俺たちを何重にも包囲する無数の軍勢。

 それらと俺たちの間に割り込むように、光を纏った一人の女騎士が天から降り立った。


「ユースティア様!? あなたは反逆者たちの手にかかり死んだはずでは……!?」


 包帯姿のテレシアを目の当たりにし、兵たちの間に動揺が広がる。


 テレシアは軍勢に背を向け、俺を真っ直ぐに見据えながら口を開いた。


「……どういうつもりなのですか」


「どうもこうもない。あの手紙を読んだからここにいるんだろ?」


 俺は淡々と答える。

 ハーマン家から司法の全権を奪った直後、俺は当主と前局長の正式な署名付きの令状をテレシアの元に送っておいたのだ。


 テレシアの戦死も俺が流した偽情報だ。

 ヴィオラに絶妙な加減で痛めつけさせた後、俺は部下たちを脅して秘密裏に治療させていたのだ。


 回復したテレシアがその令状を読めば、必ず俺のもとに飛んでくる。


 全ては俺の計算通りだった。


 そして手紙の内容はそれだけではない。


『ロックウッド家が軍事権限を不当に行使し、法務局局長である俺を拘束、殺害するために共和国軍を動員した。法務局はこれを重罪とみなし、治安維持局局長であるテレシアに鎮圧命令を下す』


 俺はあらかじめここまでの展開を予期し、これらの内容を書き記しておいたのだ。


「ここは確かデイヴィス家の本邸でしたね。彼らは……」


「法に則って裁きを下した。罪状は不当な逮捕状の発行と、ミスリル級(国家最高戦力)であるお前を私怨で動かしたことだ。法はこれを国家の治安を揺るがす大罪と判決して、たった今死刑を執行してきたところだ」


「……ッ! マコトさん、あなたはもう取り返しのつかないことを……!」


 テレシアが、暗く澱んだ蒼い瞳から一筋の涙を流して叫んだ。


「俺は法に従って妥当な判決を下し、相応の罰を与えただけだが?」


「ッ……! 一体どの口が……!!!」


 激昂したテレシアの全身から、凄まじい魔力のオーラと怒気が放たれた。

 それは物理的なプレッシャーとなり、俺たちを取り囲む数百の軍勢を一瞬にして怯ませる。


 だが俺はそれに一切動揺せず、テレシアを見据えたまま言い放った。


「それはこっちの台詞だ。最初にデイヴィス家(ヤツら)が捻じ曲げた法に従って俺を逮捕しようとしたのはどっちだ? 言ってみろよ? なあ?」


「マコト様の仰るとおりです、この愚物が。貴様は法に縛られ、私にも負けた挙げ句生かされているだけの哀れな負け犬。犬は犬らしく己の役目を全うしなさい」


 ヴィオラが俺の言いたいことを見事に代弁してくれた。

 俺はテレシアに向かって更に言葉を続ける。


「お前、俺を逮捕しに来た時言ってたよな? 『法が判断を下した以上それに従うしか無い』と。

 それに教えてくれたよな? 『法や正義は力なき弱者を守るために存在する』と。 

 今がその時だろ? 法はロックウッド家に重罪を下した。今この瞬間、俺という弱者が軍という強者に殺されそうになっている。 

 俺とお前、どっちが正しいのか、そのおめでたい頭で考えてみろよ」


 俺の言葉に、傍らのヴィオラは深く同意するかのようにウムウムと頷いている。


「…………」


 テレシアは口を閉じた。

 途端に、放たれていた怒気もプレッシャーも消え失せた。


「分かったらさっさと働け。こいつらを追い払うのが今のお前の仕事だ」


「……」


 だが、テレシアは俯いたまま動こうとしない。

 俺は苛立ちから小さく溜息をついた。


「マコト様の命令です。早く動きなさい負け犬。殺されたいのですか?」


 ヴィオラが虚空から大剣を引き抜き、テレシアに向かって歩みだそうとする。

 俺はヴィオラを片手で制した。


「それは違うぞヴィオラ。俺の命令だからじゃない。これは『法の決定』だ」


「……ッ!」


 テレシアの肩がビクッと跳ね、目が見開かれた。


 そして、テレシアは顔を上げ、地面を涙で濡らしながら俺と目を合わせると、小さく、か細い声を絞り出した。


「…………私は……何のために……ッ!」


 だが、その言葉は兵たちのざわめきにかき消され、俺の耳には届かなかった。


「あの男が法務局のトップだと!?」

「評議員を襲撃した大罪人だぞ!?」

「だが、その話がもし本当なら……」


 テレシアは俺から目線を切り、ゆっくりと後ろに振り向くと、軍勢に対峙した。


「ユースティア様……あの男の言葉は真実なのですか……!?」

「まさか、本当に我々に剣を向けるおつもりで……!?」


 兵たちの間に、一瞬にして動揺が伝播していく。


「……」


 テレシアは無言のまま腰の長剣を引き抜くと、舞いのようにゆるりと剣を振るった。


 ドオオォォン!!!


 たったそれだけの動作で凄まじい衝撃波が発生し、テレシアの眼前にいた何十人もの兵士たちは、突風に晒された木の葉のように大きく吹き飛ばされた。

 俺たちを円のように囲んでいた陣形が崩れ、そこに大きな穴ができる。


「ヒ、ヒイイイイ!!!」


 兵たちは衝撃波を受けて後退しただけで、負傷はしていないようだ。

 だが、剣のたった一振りで陣形を崩壊させたテレシア(ミスリル級)との圧倒的な格の違いを肌で感じたのか、全員が顔を青ざめさせ、戦意は完全に消失していた。


「……治安維持局局長として、そして騎士として命じます。総員、直ちに退却しなさい……」


 テレシアは口を震わせながらも、全軍に行き渡るように芯の通った声で告げた。


「そ、総員退却ッ!!! 退却だあぁぁ!!!」


 兵たちは統率もままならないままに、我先に背を向けて逃げ出していく。

 それは最早兵士ではなく、怪物を目の当たりにしてパニックに陥った子供のような、情けない姿だった。


 パチ、パチ、パチ、パチ


 俺はテレシアの背に向けて、乾いた拍手を送った。


「見事な働きぶりだ、流石は国家の犬。お前には首輪を付ける必要はなさそうだ。なあヴィオラ?」


「マコト様の仰るとおりです。どうやら犬にしては利口なようですね」


 フフ……

 ハッハッハッハッハ!!!


 俺とヴィオラは顔を見合わせ、声をあげて高らかに笑った。

 無人と化した首都の一角に、俺たちの愉悦に満ちた嘲笑が響き渡る。


 目の前のテレシアは俺たちに背を向けたまま、何も言わず、ただ天を仰いでいた。

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