第22話 事後処理
シャッシャッシャッ
羽ペンを書類に走らせる規則的な音が部屋に響く。
豪奢な絨毯、分厚い執務机、そして壁に掲げられた天秤と剣の紋章。
ここは共和国の首都にある法務局の執務室だ。
俺は革張りの椅子に腰掛けながら、机に山積みになった書類の一枚一枚に流れるようにサインをしていく。
軍部を支配していたロックウッド家の当主は既に逮捕済みだ。
その首は前当主の無能な甥にすげ替えた。
商業を支配していたデイヴィス家の当主も、俺に都合のいい傀儡に引き継がせた。
俺はまるでゴミの分別でもするかのように、それらの事後処理のための書類仕事を淡々とこなしていく。
「マコト様、お茶が入りました。恐れながら、そろそろ休憩なさってはいかがでしょうか?」
ヴィオラがティーカップを机に置いてくれた。
芳醇な紅茶の香りが執務室に広がる。
「ああ、ありがとうヴィオラ」
俺はペンを置き、紅茶を一口飲んでふぅっと息を吐いた。
共和国の三大権力――軍部、商業、司法の全ては俺の支配下に落ちた。
残る六人の評議員たちも、我先にと俺の用意した傀儡たちにすり寄ってきているようだ。
もはやこの国は、俺とヴィオラの箱庭だ。
これでようやく、誰にも奪われることのない『平穏な生活』の基盤が完成したのだ。
◇
俺たちが首都に乗り込んでから一ヶ月が過ぎた。
ベルファストの屋敷は引き払い、俺は首都の一等地に新たな拠点を構えた。
広大な敷地面積を誇る大豪邸だ。
敷地内には巨大な建物が二棟建っている。
一つは来客の応接室と俺とヴィオラが生活するための居室を兼ねた本館。
そしてもう一つは――
「できたわよッ! エアコンの術式がぁぁぁ!!!」
ドオン!!!
別館の重厚な扉を豪快に開け放ち、ボロボロになったエレアノールが飛び出してきた。
目の下に濃い真っ黒なクマを作り、長い金髪はボサボサになり、顔には煤がこびり付いている。
俺は別館のまるまる一棟を、エレアノール専用の作業部屋と研究施設として与えたのだ。
「そうか、よくやった」
俺たちが首都で大立ち回りをしている間、エレアノールには元いた屋敷でひたすら作業と研究に集中させていた。
そして拠点を首都に移してからもこの別館で作業を続けさせていたのだが、ようやくその成果が出たようだ。
「少しは役に立つようですね、劣等種。これからも奴隷としてマコト様に益をもたらしなさい」
「うるさいッ! これでもう当分働かないからね! 私は寝るわ!」
エレアノールは大声で叫ぶと、糸が切れたかのようにフラフラとした足取りで部屋の奥へと消えていった。
◇
「お邪魔します、マコトさん」
本館の応接室に戻ると、アンが訪ねてきていた。
騒動の間、彼女には俺が用意した安全な隠れ家に潜伏させていたのだ。
「驚きましたよ。まさか共和国を丸ごと乗っ取ってしまうとは……」
アンは豪華な応接室を見渡しながら、感嘆の混じった声を漏らした。
「乗っ取ったなんて大袈裟な。私はただのしがない商人ですよ。これまでも、これからも……ね?」
俺は顔に笑みを貼り付けてにこやかに答える。
「ふふ……そういうことにしておきましょうか……ですが、やはりマコトさんに賭けて大正解でした」
微笑みを浮かべるアンの瞳の奥には、未だ底知れぬ商魂が渦巻いていた。
「アンさんが集めてくださった銀級魔術師のおかげでレイゾウコの量産体制も確立され、事業は順調に拡大しています。これからも共に商売に励みましょう」
「ええ、今後とも末長くよろしくお願いいたします。マコトさん」
俺たちは共に爽やかな笑顔を浮かべながら、固い握手を交わした。
◇
首都メルクス、治安維持局。
その執務室は分厚いカーテンが閉め切られ、陰鬱な空気に満ちていた。
部屋の中央にあるソファーに、質素な装いの女が膝を抱えて腰掛けている。
部屋の床には純白の鎧が乱雑に転がっており、机の上には無残に叩き折られた剣が放置されていた。
『黎明の聖女』テレシア・レイ・ユースティア。
彼女はうつむき、膝を抱えたまま、微動だにしない。
日光の遮られた執務室は暗く静まり返っており、テレシアの静かな息遣いしか聞こえない。
かつての凛とした『聖女』の威光は失われ、前髪の隙間から覗く蒼い瞳は輝きを失い濁りきっている。
テレシアは焦点の合わない眼差しでただ虚空を見つめ続けていた。
「ううぅっ……」
テレシアが嗚咽のような声を漏らす。
その暗く澱んだ瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
◇
「――ところでマコトさん。先ほど私の情報網から急報が入りました」
本館の応接室。
商談に話を弾ませ、打ち合わせを終えようとした時、アンが急に声を潜めた。
「急報ですか?」
「ええ、レガリア王国のミスリル級、『火葬の魔女』が行方不明なのはご存知ですか?」
「…………いえ、それは初耳ですね……」
「原因は不明ですが、どうやら数ヶ月前から王国のどの戦場にも姿を現していないようなのです。ミスリル級は国家の最高戦力、特に『魔女』は王国を数百年守護し続けてきた武力の象徴でした。その『魔女』が消えた今……」
アンはゴクリと唾を飲み込み、緊張した面持ちで告げた。
「ヴァルザード帝国が、レガリア王国への大規模侵攻を開始したそうです……」
「……なるほど」
新たな闘争と商機の気配を感じた俺の顔に、思わず心からの笑みが浮かんだ。
「どうやら、まだまだ忙しくなりそうな予感がしますね――」
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます!
これにて第二章、共和国編は完結です!
次回より第三章、帝国編がスタートします!




