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第5話 首輪

 焦土が静寂に包まれる。

 最初に聞こえたのはエレアノールの掠れ声だった。


「あ……あぁ……嘘よ……私の極大魔法が……消えた……?」


 俺が空を見上げると、エレアノールの身体が糸の切れた操り人形のようにフラフラと傾いていた。

 先ほどまで燃え盛っていた彼女の紅蓮のオーラは、目を凝らさなければ見えないほどに小さく萎んでいる。


 そのまま、エレアノールは力を失い落下する。


 ドサッ!!!


 受け身すら取れず、エレアノールは地面に叩きつけられた。


 土煙が舞う中、ヴィオラはすでに追撃を開始していた。

 地面に這いつくばるエレアノールに向けて疾走し、漆黒の大剣を振り下ろす。


 大剣がエレアノールの命を断つ、その間際。


「殺すな! ヴィオラ!!!」


 俺は喉が裂けるほどの声量で叫んだ。


 ビタッ……!!!


 ヴィオラの大剣が空中で急停止した。


 刃の切先は、エレアノールの頭上わずか数ミリで静止している。

 剣圧が暴風となって吹き荒れ、エレアノールの金髪を乱暴にたなびかせた。


 エレアノールは喉をヒクッと痙攣させた。

 その顔面は蒼白に染まっている。


「かしこまりました、マコト様」

 

 ヴィオラは振り返り、満面の笑みを俺に向けた。

 同時に、漆黒の鎧が瞬く間に霧散していく。


 中から現れたのは見慣れたメイド服だ。


 すると、俺の身体に再び熱が戻った。

 ヴィオラとの接続が繋がり、闇の魔力が体内を駆け巡るのを感じる。


 冷え切った俺の身体に命の温もりが広がっていく。

 まさに生き返った心地だ。

 俺は胸をなで下ろした。


「マコト様! お体に異常はございませんか!?」


「俺は大丈夫だ。お前のおかげでな……」


「もったいないお言葉です。ですが、なぜこの女へのトドメをお止めになったのですか?」


 ヴィオラはチラリとエレアノールを見下ろした。


 俺は呆然とへたり込んでいるエレアノールへと歩み寄る。

 その瞳には、もはや先程までの炎のような輝きは宿っていない。


「お前、俺たちと一緒に来ないか?」


「…………はァ!?」


 俺の突拍子もない提案に、エレアノールの顔が驚愕で歪んだ。

 驚いたのはエレアノールだけではない。


「マコト様!? この女は、マコト様の命を危険に晒した万死に値する大罪人です! 生きたまま四肢を切り落とし、肉を削ぎ、絶望の中で嬲り殺すべきです!」


「落ち着け、ヴィオラ。こいつは俺が見た限り、この国最強クラスの使い手だろう。手駒にできれば俺たちの戦力は格段に上がる」


 俺は血相を変えて抗議するヴィオラを冷静に諭した。


 今ここで殺してしまうのは簡単だ。

 だが、こいつにはまだ利用価値がある。

 それに今後の俺の《《計画》》にも、こいつの魔法は役立つかもしれない。


「おいエレアノール。今のお前はただの負け犬だぞ? 一生その無様を晒して生きていくつもりか?」


「……ッ!」


 エレアノールの顔が屈辱に歪む。


「断るならこの場で殺す。だが、もしお前がヴィオラに復讐したいなら俺たちについてこい」


 エレアノールの瞳に、微かだが光が戻った。

 暫しの逡巡の後、心底悔しそうに言葉を絞り出した。


「……分かったわ。あんたたちに同行してあげる」


 エレアノールはギリッと歯を食いしばって俺を睨みつけている。


「でも勘違いしないことね。私の目的はあくまで、この女を殺すことよ」


「ああ、それで構わない」


 思った通り、こいつはプライドの塊だ。

 ヴィオラへの対抗心を隠そうともしない。

 そこを利用しない手はないだろう。


「だが、猛犬には首輪が要るよな。ヴィオラ、こいつが裏切らないように制御できるスキルは無いか?」


 俺の言葉に、ヴィオラの表情がパッと明るくなった。


「はい! ピッタリのスキルがございます!」


 満面の笑みを浮かべたヴィオラが、エレアノールへと一歩踏み出す。

 魔力が枯渇し疲弊したエレアノールは後ずさることすらできない。


「な、何をする気よ……! やめろッ! 触るなッ!」


 ヴィオラの手が、エレアノールの細い首を無慈悲に掴んだ。


「【黒蝕の封隷エクリプス・ドミネイト】――」


 ズズズズズ……ッ!!


 ヴィオラの手から漆黒の闇が溢れ出し、禍々しい黒い鎖となってエレアノールの首に巻き付いていく。


「あ、アァァ……ッ! なによこれ……!」


 ヴィオラが手を離すと、闇の鎖はエレアノールの首をギリッと締め上げ、そのまま体内へズブズブと沈み込んでいった。


「ガハァッ! ゲエェェェェ!!!」


 エレアノールが激しくむせ返り、胃液を吐き出した。

 ヴィオラの闇の魔力への拒絶反応だろう。

 涙と涎で顔をぐしゃぐしゃにして身悶えしている。


「これで貴様のすべては私の思いのまま。首輪を嵌められた気分はどうですか? その惨めな姿、負け犬によくお似合いですよ♪」


 ヴィオラは心底楽しそうに、苦しむエレアノールを見下ろして笑った。

 それは俺に見せるものとはまるで別物の、サディスティックな笑顔だった。


「き、貴様ァァ……よくも……!!」


 エレアノールは震える手で杖を拾い上げ、ヴィオラに向けようとした。


 だが。


「ッ……!!!」


 ヴィオラがスッと人差し指を向けただけで、エレアノールは全身を痙攣させて悶え苦しみだした。

 歯を食いしばり、涙を堪え、ヴィオラを睨みつけている。

 ヴィオラは指一本で、エレアノールの命を完全に握っていた。


「これで駄犬の躾は完了ですね、マコト様♪ 念の為魔力も制限していますが、先日のゴミ虫の親玉程度なら軽く掃討できる出力は残してあります」


「ああ、ご苦労。それなら手駒としては十分だ」


「クソが……! いつか絶対に焼き殺してやる……!」


 エレアノールはヴィオラを睨みつけながら、殺意に満ちた怨嗟をこぼした。


「よし、躾も済んだことだし……行くとするか。共和国へ」


「はい! マコト様! どこまでもお供いたします!」


「……ふん、共和国ねぇ」


 地面にへたり込んだまま、エレアノールが呟いた。


「逃亡先としては妥当な判断だけど、あの国で何をするつもりなのよ?」


「俺たちは商売で金を稼いで、安定した生活と自由を手に入れるんだ」


「……そのメイドの力で都市を落とす方が早いと思うけど?」


「俺はそんな荒事に興味はない」


「ふーん……」


 エレアノールは瞳を細め、俺の顔をじっと観察している。


「あんた、戦いの最中に突然倒れたでしょう」


「……」


「それが、あの女の変身が解けた途端に動けるようになった。まるで連動でもしてるかのように」


 俺は何も答えなかった。


 エレアノールは俺の沈黙を見て、小さく息を吐いた。


「……まあいいわ。あんたが何者だろうと、私には関係ない」


 震える膝に力を込め、エレアノールは立ち上がった。

 身体をよろめかせながらも、その目には闘志の炎が微かに揺らめいていた。


「あんた達が何をするつもりだろうが、私の目的はこの女を殺すことだけよ」


「ああ、好きにしろ」


 激戦の間に、いつの間にか夜が明けようとしていた。

 空が白み始め、焦土と化した森に朝日が差し込んでくる。


 こうして、俺とヴィオラ、そして首輪を嵌められた魔女の奇妙な旅路が始まった。

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