第29話 認知
――夜が明けた。
本来、死体である俺は睡眠を必要としない。
それはヴィオラも同じだ。
だがある日、ベッドで互いの身体を密着させて横になっていると、俺の体内を循環する闇の魔力の巡りが良くなることに気づいた。
それ以来、俺は長い夜をそうやって過ごすことにした。
この世界に転生した当初は、眠ることが出来なくなった死体の身体に戸惑っていた時期もあった。
だが生前の俺はあの事件以来、睡眠薬に頼らねば寝られず、眠りに落ちても悪夢ばかり見ていた。
それと比べれば、闇の中でヴィオラの魔力に包まれながら、その美しい紫の瞳を一晩中眺めている方がよほど心地よい。
今では、すっかり悪夢に悩まされなくなったこの身体とヴィオラに感謝している。
「起きろ、朝だぞ」
俺は身体を起こし、ソファの上で毛布に包まり丸くなっているエレアノールに声をかけた。
「んん……もう、ここ最近ろくな寝具で寝てないから身体のあちこちが痛いわ……」
エレアノールが肩を回しながら年寄りのような愚痴をこぼした。
およそ少女の口から出そうにない台詞だったが、幼く見えるのは見た目だけで、中身は四百歳超えのババアだったな。
「なんならヴィオラの隣で寝ても良いんだぞ?」
「誰がお前と同じベッドで! しかもあのバケモノと添い寝なんかするもんか! 床で寝るほうがまだマシよ!」
エレアノールはゾッとした顔で身体を震わせた。
一瞬、本当に床に寝かせてやろうかと思ったが、これでもコイツは貴重な戦力であり、我が商会の研究主任にして工場長だ。
体調面くらいは気を使ってやるとしよう。
ギュッ……
「?」
いつの間にかヴィオラが俺の腕に抱きついていた。
そして、ソファに寝転ぶエレアノールを鋭く睨みつけている。
「……マコト様と同衾してよいのは私だけです」
「だから、こっちから願い下げだって言ってるでしょうが!」
「なんだと? マコト様との添い寝を拒否するというのか……?」
ヴィオラの声色が一瞬で冷酷なものに変わると、殺意を放ちながらエレアノールに人差し指を向けた。
「アッギャアアア!!? なんなのよ!? なんて答えれば満足するのよ!? この気狂い女がァァッ!!!」
首輪を作動させられたエレアノールがソファから床に転げ落ちて悶絶している。
すっかりこれが日常の光景になっているな……
これから戦場に赴くというのに、朝っぱらから元気なことだ。
ふと俺は、自分がどこか穏やかな心持ちの中にあることを俯瞰して感じていた。
◇
「おはようございます、マコト殿、ヴィオラ殿」
「ああ、おはよう」
身支度を整えてテントを出ると、見張りに立っていた王国兵が声をかけてきた。
この男は、王国兵の中でも一際エレアノールに対して献身的な態度を見せていた。
年齢は二十代半ば、俺と同じくらいか。
魔力のオーラを見ると、少なくとも金級の実力は備えていると思える。なかなかの使い手だ。
「お前、よく熱心にエレアノールの世話を焼こうとしてるよな。なにか理由でもあるのか?」
「エレアノール……ああ! アインワーズ様のことですか! 以前から思っていたのですが、マコト殿は女神様を名前で呼べるほど親しくされているのですね」
「親しい……まあ、そうとも言えるな」
俺は今までエレアノールに行ってきた所業の数々を回想しながら、適当に話を合わせた。
「私は王国西方の辺境出身でして……幼い頃、オーガの軍勢に故郷の村を襲われた際、アインワーズ様がたったお一人で私たちを助けてくださったのです」
ほう……。
あの傲岸不遜な魔女にも、ミスリル級らしい過去があったのか。
「紅く煌めく流星のように空を舞い、オーガの群れを焼き尽くすそのお姿は……まさに『聖炎の女神』そのものでした! 私もあの方のように、民を守るために強くなりたいと思い、軍に入隊したのです」
兵士はエレアノールの素晴らしさを誇らしげに語り終えると、腰に提げた長剣の感触を確かめるように強く握りしめた。
「……その『女神』って呼び方、やめてくれない?」
不意に頭上から声が降ってきた。
エレアノールがふわりと浮遊しながら会話に割り込んできたのだ。
「うわっ!?」
兵士が驚いて肩を跳ねさせる。
「確かあんたは……部隊長のコニーだっけ? 私のことはアインワーズ様でいいわよ」
エレアノールはそれだけ言うと、俺たちに顔を背け、空中でクルリと身を翻す。
「コニー、朝食持ってきなさいよね。私は中で食べるから」
最後にこちらを振り向いてそう告げると、エレアノールはテントの中へと消えていった。
「し、心臓が飛び出るかと思いました……まさか、アインワーズ様に私なぞの名を呼んで頂けるとは……!」
俺の目の前で、コニーがわなわなと身体を震わせている。
そして、突如として俺の両手を掴み、ブンブンと激しく上下に振り始めた。
「感謝します! マコト殿!」
コニーは俺の手を掴んだまま、感極まって泣き出しそうになっている。
俺は何もしていないのだが……
まあ、本人が幸せそうならいいか……
コニーの心境はよく分からないが、憧れのアイドルが自分のことを認知してくれたようなものなのだろうか?
俺にはその手の趣味が無かったからピンとこないな……
「……いつまでマコト様と手を繋いでいるのですか?」
傍らから、ヴィオラの冷たい声が聞こえてきた。




