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第30話 会敵

 朝食を済ませた俺たちは再び馬車に乗り、帝国との国境線を目指していた。

 太陽が真上に差しかかろうとしている頃、俺は山脈の向こうから強大なオーラが近づいてくるのを感じ取った。 


「とうとうお出ましか……お前たち、帝国のミスリル級がやってきたぞ」


 俺が王国兵たちに告げると、彼らは一様に怪訝な顔をした。


「マコト殿、なぜそんな事が分かるのですか?」


 コニーが不思議そうに首を傾げる。

 無理もない。常人に魔力のオーラは見えないからだ。


「なんとなく、商人の勘ってやつさ」


 俺は適当にごまかし、荒野の彼方へ視線を向けた。

 やがて現れたのは、先日のような大軍勢ではなく、たった二つの人影だった。


 一人は、獰猛な狼の頭を持ち、首から下は紳士服に身を包んだ獣人。


 もう一人は、フリルがふんだんにあしらわれた純白のドレスで着飾った若い女だ。

 戦場には似つかわしくない、純白の日傘まで差している。


「土埃が不快だわ……いっそのこと帝都まで攻め込んでくればよかったのに……」


 女は心底不快そうにハンカチで鼻と口元を覆っている。


「……」


 ガルノフが隣の女を鋭く睨みつけた。


「いやねぇ、バーゼント騎士団長殿。冗談に決まってるじゃないの」


 女は悪びれる様子もなく、クスクスと笑いながら日傘を回している。


 俺は二人のオーラを観察した。


 ガルノフのオーラは赤い。

 迸る血のような、生々しい鮮血の赤だ。


 一方、女のオーラは白い光のようだった。

 それはテレシアが放っていた静謐な月光のような明かりではなく、絶えずバチバチと炸裂し続ける稲妻のような、強烈な刺々しさに満ちていた。


 女のオーラの大きさは、ガルノフやテレシアをも凌いでいる。

 純粋な魔力量だけならエレアノールに匹敵するかもしれない。

 あれが帝国のもう一人のミスリル級、『白雷の美姫』イリーナか。


「帝国の犬……ッ!」


 傍らのヴィオラが剥き出しの殺意を放った。

 全身から暗黒のオーラが噴き出している。

 無差別に溢れ出したその重圧は、味方のはずの王国兵たちすらも恐慌状態に陥れていた。


「落ち着け、ヴィオラ。俺の言葉を忘れたのか?」


 俺はヴィオラの肩に静かに手を置いた。


「──ッ! 失礼いたしました……!」


 ヴィオラの瞳に冷静な光が戻り、殺意とオーラが収束する。

 圧迫感から解放された王国兵たちの顔色が回復し始めた。


 俺たちの目の前にいる敵は二人だけだ。

 だが、この二人は帝国の国家戦力の結晶とも言うべき存在、ミスリル級だ。


 エレアノールとヴィオラの前では、例え白金(プラチナ)級で揃えた一個師団であろうと何の役にも立たないことを、帝国軍は理解しているのだろう。

 皇帝は愚かだが、現場の指揮官は優秀なようだ。


「また会ったわね、帝国のワンちゃん」


 エレアノールが宙に浮き、ガルノフを見下す。


「俺は貴様らの顔など見たくはなかったのだが、陛下の命には逆らえんのでな」


「相変わらず見事な忠犬っぷりね。で? そっちの白いドレスの小娘が『白雷の美姫』ってワケ?」


 エレアノールはイリーナを値踏みするように見つめた。


「ええ、その通りですわ。はじめまして、王国の『魔女』殿。私こそがアストレイ家が誇る帝国最強……いえ、世界最強の魔術師(メイジ)、イリーナ・エル・ヴァンダルシア・アストレイですわ!」


 イリーナが誇らしげに名乗りを上げている横で、ガルノフは額に手を当て、心底ウンザリとした顔を浮かべている。


「……今、なんて言ったのかしら……? 聞き捨てならないわね小娘。誰が世界最強ですって……?」


 エレアノールの声色が、いつもの甲高い少女のものから、ドスの利いた低い音に変わった。


「あら? お耳が遠いのかしら? 長く生きていらっしゃると大変ですわねぇ。お身体にもガタがきているんじゃなくて? 私こそが世界最強の魔術師(メイジ)、そう言ったのですわよ」


 ブチッ


 エレアノールの全身から、真紅のオーラが爆発的に燃え上がった。

 周囲の大気が異常な熱を帯び、陽炎のように揺らめいている。


「マコト。あの小娘、私がちょっとお仕置きしてあげるわ……!」


 エレアノールは完全に怒り狂っていた。


「おい、お前まで俺の言ったことを忘れるなよ……?」


「心配しなくても大丈夫よ。すこーし半殺しにしてあげるだけだから……!」


 微塵も冷静さを感じられない言葉と声色だ。

 俺は少しも安心できなかったが、イリーナがミスリル級である以上、相手はコイツにしか務まらない。

 それに、エレアノールは何だかんだで仕事はきっちりこなすタイプだ。任せるしかないだろう。


「そうか。まあ、殺しさえしなければいい……あ、足は焼いてもいいが手は残しておけよ? 作業に支障をきたすからな」


「ふっ……あんたも災難ねえ小娘! こんな男に目をつけられちゃって! 本気で心配してた私が馬鹿みたいじゃないの」


 エレアノールが懐から紅玉の杖を取り出した。

 戦闘開始の合図だ。


「おい、お前らは今すぐ全速力でこの場から避難しろ」


 俺は背後の王国兵たちに告げた。


「は、はい……! しかし、マコト殿はどうなさるのですか!?」


「心配は無用だ。俺にはヴィオラがついている」


 俺はヴィオラの肩に置いた手に力を込めた。


「その通りです。マコト様は、私が絶対にお守り致します」


「そういうことだ。分かったら早く行け」


「承知いたしました……! ご武運を! マコト殿、ヴィオラ殿……アインワーズ様!」


 コニーはそう言い残すと、部下を率いて馬車を駆り、一目散に王国領へと引き返していった。


「……《《あれ》》、殺さなくていいのかしら? アタシの魔法ならすぐに済みますけれど?」


 逃げていく馬車を見ながら、イリーナがガルノフに話しかけた。


「放っておけ。それより目の前の敵に集中しろ。ここは戦場、一瞬の油断が死を招くと思え──【野生回帰プライマル・サヴェージ】!」


 ガルノフは即座にスキルを発動し、臨戦態勢に入った。

 やはりこの男は厄介だ。

 強靭な肉体に、冷静な頭脳と経験を兼ね備えている。


「マコト様、私の後ろへ──【虚空の武器庫(ヴォイド・アーモリー)】」


 ズズズズッ……!


 ヴィオラが空中に空けた大穴から漆黒の大剣を引き抜き、ガルノフ目がけて構えた。


「なんだそのスキルは……!?」


「見たことのない魔力ですわね……」


 ヴィオラのスキルを見たガルノフとイリーナが、僅かな動揺を顔に浮かべた。


 ヴィオラのクラス、『暗黒騎士』。

 それは俺の絶望という名の闇から生まれた、この世界でヴィオラだけが持つ唯一無二のクラスだ。


「貴様らに知る必要など無い。マコト様のご命令により命は獲らん。だが前足は頂くぞ、帝国の犬──!」


 ドンッ!!!


「!!?」


 ギィィン!!! 


 姿がかき消えたかと思うと、ヴィオラは一瞬にしてガルノフとの間合いを詰め、大剣を脳天へと振り下ろしていた。


 ガルノフは咄嗟に腕を交差させ、鋭く伸びた巨大な爪で剣撃を受け止めている。


「くっ……! バカな! 実力を隠していたとでもいうのか……!?」


 ヴィオラの身体能力は、テレシアと戦った時よりも遥かに増していた。

 踏み込みの衝撃だけで地面が陥没し、深い亀裂が走っている。


「なっ!? あの女、私と戦った時より強くなってない……?」


 上空のエレアノールも、ヴィオラの異常な成長に驚愕の声を上げていた。


「今度の手合わせの時に自分で味わってみろよ。それより、あの女の相手は任せたぞ」


「アンタに言われなくたって……!」


「ふんっ。騎士団長ともあろうお方が、あんなメイド相手に情けない……やはり帝国の真のミスリル級は私だけのようですわね」


 激しい鍔迫り合いを繰り広げるガルノフを横目に、イリーナは心底呆れたような表情を浮かべている。

 そして日傘を折りたたみ、その先端をエレアノールに向けた。


「さあ来なさい王国の『魔女』! この私、『白雷の美姫』、アストレイ家のイリーナが引導を渡し、貴様を歴史のシミに変えて差し上げますわ!!」


「どこまでも生意気な小娘ね……場所を移すわよ、ついてきなさい!」


 エレアノールはそう言うと、空の彼方へと紅い彗星のように飛び立った。


「!! 逃がすものか!」


 イリーナは日傘の先端から、エレアノールが飛んだ方角に向けて凄まじい雷撃を放った。


「【ライトニング・レール】!」


 バチバチと大気を焦がす音が響き、空中に青白い雷の軌道が描かれる。

 イリーナは全身に電流をまとうと、放たれた雷の軌跡に沿って、落雷の如き超高速でエレアノールの後を追って飛び去った。


「雷魔法の応用か……? やはりあの女、使えそうだな……」

 

 こうして、俺の目の前でヴィオラとガルノフの、そして遥か彼方でエレアノールとイリーナの。

 常人の次元を遥かに超えた四人の死闘が幕を開けた。

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