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第3話 『火葬の魔女』

 俺たちは兵士の死体から貨幣を徴収し、その金で村人から衣服を買い取った。


 軍の横暴から解放されたとはいえ、村人たちの目に感謝の色は皆無だ。

 全員が、王国兵を惨殺したヴィオラの凶悪な力と、それを命じた俺への恐怖で震え上がっている。


 だが、それはむしろ好都合だった。


 俺は村長に、「王国の人間には、兵士共は村を襲った俺たちと戦って戦死したと証言しろ」と言い含めておいた。


 俺たちが恐れられることで、無関係な村人の安全が保たれるのなら、それでいい。

 理不尽に虐げられる苦しみは、俺が誰よりも知っているのだから。


 ◇


 村での戦いから三日が過ぎた。


 王国の正規兵を殺してしまった以上、もはやこの国には留まれない。

 そう判断した俺は逃亡先として、ここから東の果てにあるというリブラ共和国を目指すことにした。


 旅の中で、俺はあくまでヴィオラの魔力で動いている死体であり、疲労を感じることも、食事や睡眠の必要もないことが分かった。


 ヴィオラの生命源も彼女自身の闇の魔力であり、その体質も俺と同じだった。

 お陰でこの三日間、俺たちは不眠不休で歩き続けることが出来たのだ。


「マコト様、一つお尋ねしてもよろしいですか?」


「なんだ? ヴィオラ」


「なぜ行き先に共和国をお選びになったのですか?」


 ヴィオラの問いに対し、俺は村で聞き込んだ情報を元に答えた。


「共和国は商業が活発で、金が大きな力を持つ国らしい」


「申し訳ありませんマコト様……どうか無知で愚かな私に、なぜ金が力になるのか教えて頂けないでしょうか……?」


 ヴィオラが心底申し訳なさそうな顔で俺に尋ね返してきた。

 人間社会の仕組みの話は、生まれたばかりのヴィオラにはピンとこないようだ。


「人間は群れて暮らす生き物だからな、分かりやすい力の象徴として金ってやつは便利なんだ」


「なるほど……つまりマコト様が共和国を支配するためには、私が直接人間(ゴミ)共を切り刻むよりも、金を集めるほうが効率がいい……ということですね?」


 ヴィオラがキラキラと目を輝かせながら頓珍漢なことを言い出した。

 支配だとか、俺はそんなものに一切興味は無いのだが……


「ヴィオラ、俺はただこの世界で、自由で平穏な生活を送りたいだけだ。あと、共和国には『冒険者ギルド』っていう、後ろ盾がなくても腕一本で稼げる稼業があるらしい。それも理由の一つだ」


 ヴィオラの戦闘力さえあれば、特異な体質の俺たちがこの世界で生きるのに不自由はしないだろう。


 だが、それだけでは足りないのだ。

 力に頼るだけでは、いつか足元を掬われかねない。


「そして、俺が平穏な生活のために欲しいのは確かな地盤だ」


「地盤……でございますか?」


「ああ。冒険者を足がかりにして商売で金を稼ぎ、人脈や社会的な信用を築く。そうやって、誰にも潰されない環境を整えるんだ」


 金、人脈、信用。


 生前の俺は何一つ持っていなかった。

 この世界では絶対に同じ轍は踏まない。


「村で見聞きした限りだと、この世界の文化水準は俺が元いた世界より遥かに低い。計画が上手くいけば、俺の現代知識で大金を稼げるはずだ」


「マコト様の知識と、私の力。その二つを合わせれば……」


「ああ。共和国で成り上がれる」


「なるほど……! 力に驕ること無く、その知略をも惜しみなく活用なされるとは……さすがはマコト様です!」


 俺の話を聞き終えたヴィオラは紫紺の瞳を見開き、宝石のように輝かせた。


「やはりマコト様は、この世のどんな存在よりも偉大なお方! そんなマコト様にお仕えできる私は世界一の果報者です! ああ、生まれてきてよかった……!」


 ヴィオラの最後の一言が、不意に俺の胸に突き刺さった。


 生まれてきてよかった、か――


 俺は絶望の果てに死を選んだ。

 生まれてこなければよかったと、本気でそう思っていた。


 そんな俺の最期の願いが、目の前で嬉しそうに笑うヴィオラを生んだのだ。

 だとしたら、俺が死を選んだことは無駄では無かったのかもしれないな……


「どうかなさいましたか、マコト様?」


「いや……何でもない。行こう、ヴィオラ」


「はいっ!」


 月明かりが木々の隙間から零れ落ち、俺たちの足元を照らす。

 並んで歩く二人の足音だけが、夜の森に静かに響いていた。


 ──だが。

 俺たちの穏やかな夜は、唐突に終わりを告げた。


 突如、夜空の彼方から巨大な赤い光が飛来してくるのが見えた。

 俺の目がその光を捉えた瞬間、全身が驚愕で凍りついた。


 あれは魔力のオーラだ。


 村の兵士たちのオーラは、例えるならロウソクの火だった。

 ガストンのオーラは、松明の炎。


 だが、夜空を裂いて近づいてくるあの赤い光は──灼熱の太陽だ。


 ヴィオラの魔力量をも凌駕する、圧倒的に巨大なオーラ。

 それは触れるもの全てを焼き尽くすかのような、紅蓮の輝きを放っていた。


「ヴィオラ! 来るぞ!」


「!!」


 俺の言葉に応えるように、ヴィオラの表情が瞬時に切り替わる。

 可憐なメイドの顔は消え失せ、俺が初めて見る、命懸けで主人を守る覚悟を決めた従者の目つきになった。


 直後、夜空に浮かぶ赤い光から、巨大な火球が放たれた。


 ドオオオオン!!!!!!


 火球は大気を震わす轟音と共に俺たちの元に着弾し、周囲一帯の森が消し飛んだ。

 灼熱の暴風が吹き荒れ、巻き込まれた木々が炎上していく。


 だが、爆心地にいた俺たちは無傷だった。


 ヴィオラが展開した【暗黒障壁(ヴォイド・ウォール)】が、火球から俺たちを守ったのだ。


 ヴィオラの全身から立ち昇る暗黒のオーラは、以前とは比べ物にならないほど大きく、濃くなっていた。

 恐らく本気の出力で障壁を展開しているのだろう。


「不可解ね。私の計算では、今ので半径500メートル以内の物は全て燃え尽きる筈だったのに……」


 不意に、頭上から少女の声が降ってきた。


 俺が上空に視線を向けると、いつの間にかそこには、金髪の少女が宙を舞うようにふわりと浮いていた。


 真紅のドレスの上から漆黒のマントを羽織り、頭には黄金のティアラが輝いている。

 宙に浮いていることを除けば、一見するとただの華美に着飾った幼い少女にしか見えない。


 だが、その全身から湧き出るオーラの奔流は、俺がこの世界で見た何者よりも凄まじかった。

 少女から放たれる熱気と魔力で大気が歪み、陽炎のように揺らめいている。


 間違いない。こいつはヴィオラと同じ領域の怪物だ──


 ヴィオラは一歩前に出ると、俺を背に庇うように大剣を構える。

 

 すれ違いざまに見えたヴィオラの瞳は鋭い殺気を放ちながら、射抜くように上空の少女を睨みつけていた。


「初めまして、騎士殺しの大罪人さんたち」


 少女は口角を吊り上げ、その見た目からは想像もつかないような凶悪な笑みを浮かべた。


「私の名はエレアノール。レガリア王国筆頭魔術師にして、貴様らを灰にする者よ」

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