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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
最終章 理想と現実編

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第77話 飾らぬ誠実と宿題の答え

 会見場は、張り詰めた空気に包まれていた。


 無数のカメラの赤いランプが灯り、フラッシュが断続的に瞬く。壇上に座る牧野と実に向けて、矢継ぎ早に声が飛んだ。


「情報を伏せ続けてきたのは、市民を守るためだったとおっしゃるのですか?」

「市民の“知る権利”を制限していた点について、どう説明されますか?」

「結局のところ、現想災害は今後もなくならないということですか?」


 重なる問い。責めるような視線。


 牧野が先にマイクを引き寄せる。


 問いに対し、感情を交えず、一つずつ整理するように答えていく。過去の判断、その背景、そして今の立場。


 短い言葉の応酬が続き、ざわめきが幾度か波のように広がった。


 実も隣で言葉を重ねる。強く否定するでもなく、言い訳をするでもなく、ただ事実と考えを丁寧に置いていく。


 やがて、張りつめていた空気がほんのわずかに緩んだ。


 だが一人の記者が手を挙げ、鋭く問いを投げた。


「本日の説明で、かえって現想の脅威度が上がった可能性があります。その対策はお考えですか?」


 視線が実へと集中する。


 実は一度だけ瞬きをし、頷いた。


「はい。それについて、今からお伝えします」


 椅子から立ち上がる。


 その足元、椅子の下に置かれていた金の延べ棒を持ち上げた。


 会場がどよめく。


 実はそれを片手で掲げ、ゆっくりと握る。


 次の瞬間、金属が軋むような低い音とともに、延べ棒が波打つように形状を変えた。

 角が削れ、細く伸び、やがて一振りの刃を成す。黄金の剣が、白い照明を鋭く弾き返す。


「これが、僕の現想技物『錬金術』です」


 静まり返る会場。カメラの駆動音だけがやけに大きく響く。


「ご覧の通り、触れた物の形状を変える力があります。僕はこれで、今まで戦ってきました」


 前列の記者が眉をひそめる。


「……それが、何だというのですか?」


 実は剣先をわずかに下げ、柄を握り直す。金属が空気を裂く小さな音が鳴った。


「先ほども説明した通り、フィクションは僕たちより一つ上の次元の存在です。銃撃などの通常攻撃は通用しません」


 一拍。視線を巡らせる。


「ですが、僕が形を変えた物だけは、なぜかフィクションに“当たって”いたんです」


 ざわざわと波のように動揺が広がる。誰かが小声で何かを確かめ合う。


「理由は、知恵の実を口にして、ようやく理解しました」


 実の声は静かだが、はっきりしている。


「橘想の能力――触れた物をFICTIONと接続する力。それと同じ性質が、僕の錬金術にもあったんです」


 再びざわめきが起こる。シャッター音が一斉に鳴る。


「僕の場合は、触れて形を変えた物に限られます。それでも、わずかに形状を変えるだけで、拳銃や重火器の弾丸をフィクションに通じさせることが可能になると思います」


 実は剣を見下ろし、ゆっくりと元の延べ棒へ戻した。硬質な音が短く響く。


 会場が一瞬、静止する。


「これにより、現想を持たない隊員でも戦えるようになる。現災署が長年抱えてきた人員不足は解消され、対処能力は飛躍的に向上するはずです」


 記者席のあちこちで視線が交錯する。希望と疑念が入り混じった空気。


 だが、別の記者が鋭く口を開いた。


「それでは、今後現災による被害は出ないと断言できるのですか?」


 その一言で、再び空気が引き締まる。


「はい……」


 実は視線を落とす。


 指先が、無意識に金の角をなぞる。呼吸がわずかに乱れ、それを整えるように、深く息を吸った。


 肩が小さく上下する。


 そして、ゆっくりと顔を上げた。


「できません!!」


 声が天井にぶつかり、反響した。


 どよめきが、爆発した。


「無責任じゃないか!!」

「結局守れないということだろう!!」

「何のための発表だ!!」


 罵声が重なり合い、会場の空気が荒れる。


 その渦の中で、不思議と一つの声だけが澄んで蘇る。穏やかで、急かさない声。


 実はゆっくりと視線を上げた。


「……数多の人が夢想し、空想し、想像した存在すべてに、共通する対処法なんて存在しない」


 騒がしさの残る空間に、言葉を置く。


「これは訓練のとき、先輩に教えてもらった言葉です」

「いくら人手が増えても、いくら現代兵器が通じても、簡単に対処できない災害は必ず現れます」

「被害を一切出さないと約束することは、できません」


 小さな嘲りが、あちこちで聞こえた。


「やっぱり他人任せか」

「理想論だな」


 実の拳が、白くなるほど強く握られる。爪が掌に食い込む。


「だから、お願いしますっ!!」


 叫びは、懇願に近かった。


 ざわめきがぴたりと止まる。


 実は勢いよく頭を下げた。


 背中が真っ直ぐに折れる。


「皆さんの力を貸してくださいっ!!」


 静寂が落ちた。


「僕たちだけの力じゃ、皆さんの日常を守れませんっ!!」


 ゆっくりと顔を上げる。強張ったままの視線が、最前列の記者から奥の席へと順に向けられた。


「だから……皆さん一人一人にお願いしたいんですっ」


 胸が上下する。


 震えそうになる息を、強く吸い込んだ。


「自分の身を守るための避難をっ。災害発生時の冷静な行動をっ!!」


 声は震えていない。胸の奥からまっすぐに放たれ、天井へと届く。


「僕たちと皆さん、それぞれが同じ方向を向きさえすればっ」


 そして、最後の一言を告げた。


「────」


 はっきりと、迷いなく。


 会場の隅々まで、その声は届く。


 記者たちは黙り込み、ただ実を見つめていた。


 先ほどまで剥き出しだった空気は、音もなくほどけていく。


 残ったのは、重く、しかし澄んだ静寂。


 反発でも嘲りでもない。


 胸の奥に落ちた言葉が、ゆっくりと沈んでいく時間だった。


 その沈黙が、何よりの答えだった。

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