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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
最終章 理想と現実編

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第74話 夕日の光と重なった影

 昼の半ばは、白く乾いていた。


 崩れた高架の残骸、焼け焦げたビルの骨組み、砕けたガラス片が陽光を反射し、街は異様な明るさに包まれている。雲ひとつない空を、巨大な影がゆっくりと横切った。


 黒い鱗を陽に照らし、翼を広げた大きな黒龍が中環上空を旋回している。


 急降下。


 尾が鞭のように振り抜かれ、アスファルトが爆ぜた。


 衝撃波が広がり、瓦礫が宙へ跳ね上がる。


 続けざまに前脚が振り下ろされ、地面が陥没。


 だが、誰も捕まらない。


 牧野の足元の影から黒い触手が噴き出し、彼女の身体を絡め取って引き上げる。


 爪が空を裂いた直後、その軌道の外へと放り出された。


 同時に、実の手から伸びた金が鞭のようにしなる。ツグミの腰に巻き付き、引き寄せ、投げ、軌道を変える。二人は何度も空間を横切り、攻撃のわずかな隙間を縫った。


(こいつら、さっきから逃げに徹してやがる……)


 苛立ちを滲ませ、黒龍は喉を膨らませた。


 爆炎が一直線に吐き出される。


 実は即座に金を細長い棒状へ変形させ、地面へ突き立てた。


 それを軸に身体を振り上げ、炎の上を跳ねるように回避。


(まさか、こいつら……)


 実は空中で金を網状に変え、落下の衝撃を吸収する構造へと変形させる。


 そのまま地面へ落下し、片膝と拳をつく。金が衝撃を逃がし、姿勢を安定させた。


「わかったよ……お前の弱点は」


「っ!?」


 黒龍の瞳が揺れた。


 実は立ち上がり、真正面から黒龍を見据えた。


「不思議だったんだ。あの日の夜は満月。狩野さんの『狼男』が一番真価を発揮する日だった」


「戦闘狂のお前の、最高の相手になれたはず」


 瓦礫を踏みしめ、声を続ける。


「なのにお前は"戦わず"に殺した。夜まで待たずに、握りつぶした」


「チッ!!」


 黒龍が巨体を横薙ぎに振るう。狙いは牧野。


 しかし彼女の影から触手が噴き出し、身体を絡め取り、間一髪で引き離ふ。


 爪が空を裂き、背後のビルを粉砕した。


 距離を取りながら、実が黒龍を真正面から睨み据え、声を張る。


「それだけじゃない。僕が知恵の実を食べてお前と戦ったあの日、お前にとっては待ちわびていた戦いだったはずだ」


「それなのに、お前は途中で撤退した。しかも、お前は撤退して以降、今日の今日まで現れなかった。知恵の実で僕の身体は長くなかったのに」


 上空で旋回しながら、黒龍の瞳孔がわずかに揺れる。


(こいつら、やっぱり……!!)


 低く唸りながら、実を睨みつける。


 実は一歩踏み出し、確信を込めて続けた。


「護さんが残してくれたヒントで……その理由がわかった」


 その言葉を受けるように、着地した牧野が影を揺らしながら立ち上がり、黒龍を見据えた。


「護は今まで『ドラゴン』が暴れた日の共通点をまとめて、仮説を建てていた」


 地面に片手をついていたツグミが、霜を走らせながら顔を上げる。血の滲む口元を拭い、黒龍を睨む。


「3年前の夏焼村、同時災害の日、橘想のアジトでの戦い、そしてこの前」「そのすべてに共通するお前の能力の条件っ!!」


 その瞬間、黒龍の表情が歪む。


「クソがああっ!!」


 巨体が空気を裂き、一直線に突進する。


 実は即座に金を伸ばし、ツグミの身体へ巻き付けた。


 そのまま遠心力を乗せて後方へ投げ飛ばす。


 黒龍の爪が空を裂く。


 太陽が傾く。


 赤い光が黒龍の背を照らし、長い影が中環を覆った。


 その影の真正面に、実は立つ。夕日を背に、黒龍と向き合って。


「現想生装『ドラゴン』の条件は太陽だっ!!」「あの日お前は狩野さんと戦わなかったんじゃない、戦えなかったんだ……!!」


 断言とともに、実の金がきしりと鳴る。黒龍の瞳孔がわずかに収縮した。


(クソが……やっぱりこいつら、このまま夜まで逃げるつもりかよっ!!)


 黒龍は苛立ちを押し殺しながら、赤く沈みかけた夕日を一瞥。翼の付け根がわずかに震えた。


 (このまま追いかけっこで終わるのはしょうもねぇ……ここはひとまず撤退した方がよさそうだな)


 次の瞬間、巨大な翼がゆっくりと、だが確実に広がっあ。


 巻き上がる風圧が瓦礫を弾き飛ばし、地面の砂塵が舞い上がる。


「実くんいまっ!!」


 同時にツグミが叫ぶ。


 血に濡れた頬のまま、覚悟を宿した目で実の方へ顔を流す。


「っ、はいっ!!」


 実は躊躇なく金を伸ばした。鋼の帯がツグミの腰へ巻き付き、ぎり、と締まる。


 踏み込む。


 全身の力を乗せ、黒龍へ向けて投擲。


 空気を裂き、ツグミの身体が一直線に飛ぶ。


 前方から飛来するツグミ。


 それを見て、黒龍が、口角を吊り上げた。


「逃げられちゃ、困るもんなあっ!!」


 顎が大きく開く。


 牙列の奥。


 灼けるような熱気が渦巻く。


──グチャッ


 鈍く、湿った音。


「あ"あ"あ"っ!!」


 空中で軌道が崩れ、ツグミの身体が弾き飛ばされた。


 地面へ叩きつけられ、転がる。


 片手で、失った腕の断面を押さえる。


 指の隙間から血が溢れ、アスファルトを赤く濡らしていく。


 止まらない。


 止まらない。


 黒龍は噛み千切った手を、忌々しげにペッと吐き捨てた。


 地面に落ちたそれが鈍く跳ね、赤い飛沫が散った。


「そうくるのは読めてんだよおっ!!」「ざまぁみやが──」


 その刹那。


 地面に転がったままのツグミが、血に濡れた頬を上げた。


「氷葬連鎖っ!!」


 瞬間。


 黒龍の開いた口腔が内側から白く染まる。牙の隙間を縫うように氷が走り、喉奥まで一気に──凍結。


「あがっ!?」


 吐き出しかけた熱が白煙となって閉じ込められる。


 さらに足元。地面を這う霜が黒龍の影と重なり、そのまま実体へと食い込んだ。


 氷柱が逆立つように伸び、巨体の脚へ絡みつき、地面へと縫い止める。


 (これを狙ってたってことかよ……!!)


 黒龍がもがく。


 その隙を逃さず、牧野が駆ける。


 砕けたアスファルトを蹴り、影を引き連れて一直線に突っ込む。


「いけるっ!!」


 叫びと同時に、牧野の姿が掻き消え──次の瞬間には、黒龍の足元へ一直線に突き抜けていた。


 一瞬。


 黒龍の脚部を、牧野の通過した“線”が貫く。


 内側から肉と骨がごっそり、消失。


 空洞だけが残り、支えを失った脚が崩れ落ちた。


「いでえ"え"え"え"っ!!」


 黒い鱗が砕け、凍結していた部位が衝撃で崩落する。


 拘束していた氷が割れ、飛散。


 (まじでまじいなこれ、一旦撤退をっ!!)


 黒龍は歯を軋ませ、残った脚で地面を蹴った。砕けたアスファルトが跳ね、血が尾を引く。


 無理やり翼を広げる。


 裂けかけた膜がきしみ、筋肉が悲鳴を上げる。強引に空気を叩きつけた。


 爆風のような風圧が巻き起こり、瓦礫と粉塵が吹き飛ぶ。


 巨体が浮く。


 地面との距離が、わずかに、しかし確実に開く。


 その時──


 地面に伸びていた黒龍の影が、ぬるりと揺れた。


 夕日の角度が変わったわけでもないのに、輪郭が崩れる。不自然に脈打ち、心臓の鼓動のように膨らんでは縮む。


 影が、盛り上がる。


 アスファルトの上にあるはずの平面が、内側から押し上げられるように歪む。


 次の瞬間。


 裂け目が走った。


 無数の巨大な触腕が影の中から噴き上がる。黒く濡れたそれらは重力を無視するように立ち上がり、粘つく水音を立てながら空中の黒龍へ一斉に伸びた。


 (ここでディープネプチューンかよっ!!)


 必死に身を捩る。空中で巨体が軋み、翼が乱暴に空気を叩いた。


 風圧が触腕を弾き飛ばすが、その隙間を縫うように次の影が迫る。


 片足を失った重心は崩れたまま。上昇しきれない。巨体がわずかに傾き、その傾きが致命的な“遅れ”を生んだ。


 一本が翼の付け根へ食らいつく。


 ぬるり、と嫌な感触。


 翼膜に巻き付き、骨格を締め上げる。


 さらに二本、三本。


 胴へ、首へ、失った脚の断面へまで巻き付く。


 締め付けが一斉に強まる。


 空中で巨体が止まった。


 次の瞬間、全方向から引力がかかったように、強引に、引きずり下ろした。


──ドゴオオオオンッ!!


 地面が陥没する。


 衝撃波が瓦礫を跳ね上げ、周囲の窓ガラスを震わせた。


「があ"はあ"っ!!」


 凍りついた口を無理やり開く。氷が砕け、血と霜が混じって飛び散った。


 遠くで、水槽から身を乗り出した深海が、水浸しの顔のままその様子を見下ろしている。滴る水が頬を伝い落ちても、視線は逸らさない。


「( ¯﹀¯ )✧」


「ぐ……くっ!!」


 うつ伏せのまま、黒龍が顔を上げる。砕けたアスファルトに血と氷の欠片が混じり、顎の下で赤黒く広がっていた。


 凍りかけた吐息が白く漏れる。


(まさか……こいつらの本当の狙いは……!!)


 視界が揺れる。


 夕日の逆光の中。


 一直線にこちらへ駆けてくる影がある。


 ──実が駆けてくる。


 瓦礫を蹴り飛ばし、迷いのない足取りで距離を詰めて、走りながら金の形状を変えていく。


「はああああっ!!」


 金が実の掌の中でうねり、細長く引き伸ばされる。


 圧縮され、研ぎ澄まされ、一本の槍へと形状を変える。夕日を受け、鈍く、しかし確かな光を放つ。


 黒龍が牙を剥く。凍結で軋む顎を無理やりこじ開ける。


「クソがああああっ!!」


 凍りついた顎は動かない。牙は半開きのまま固定され、氷が内側から白く張り付いている。


「おわりだあああっ!!」


 実が踏み込む。


 砕けたアスファルトを強く蹴り、沈みかけた地面ごと体を前へ押し出す。


 腰を落とし、肩を入れ、全身の体重を一直線に乗せた。


 そのまま、


 両手で握った金の槍を、


 迷いなく突き出すした。


 夕日に引き伸ばされた二つの影が、


 地面の上で確かに、重なる。


 黒龍の影の口元に、細長い影が深く突き立った。

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