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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第四章 最終決戦編

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第63話 血染めの策と弾む背中

──ゴオオオオオオッ!!


 大きな黒龍が、肺の奥から絞り出すように灼熱を吐き出した。


 爆音とともに炎が奔流となって押し寄せる。熱風が皮膚を刺し、空気が一瞬で焼ける。


 実は咄嗟に地面を蹴り、横へ転がる。ツグミは床を滑るように退き、牧野は最小限の動きで死角へ跳ぶ。深海は水槽の陰に身体を沈めた。


 炎が通り過ぎた後、床には赤く焦げた痕が残る。


 牧野が短く呟く。


「じゃあ、みんな作戦通りに」


 実は強く頷くと、黒龍の脇を抜け、その奥に立つ橘想へ向かって一直線に駆け出した。


 黒龍が首だけを巡らせる。


「あ?そっちかよ」


(橘想が深海さんのディープネプチューンを警戒していたのはわかってる……恐らく透過できるサイズに制限があるんだ)


 実は低く踏み込み、掌を地面へ叩きつけた。


 瞬間、地面が波打ち、形を変える。


 巨大な長方形の塊が隆起し、橘想へと襲いかかる。


 橘想は無言のまま、大きく横へ跳んでそれを回避した。

 重い塊が空を裂き、壁に叩きつけられる。


(やっぱり避けた……となると僕の役目は、動きが遅い金属以外の形状変化で、深海さんのディープネプチューンの隙を作ることだ)


 対峙したまま、実は周囲の動きも逃さない。


 黒龍が牧野を睨み、低く喉を鳴らした。


「俺に人数割かなくていいのかよ?」


 その巨体へ、ツグミが一直線に踏み込む。


 黒龍の熱が、離れていても肌を刺す。

 だがツグミは止まらない。


 鱗へ手が触れた瞬間――


 白い霜が一点から弾けるように広がった。


 凍気が鱗の隙間を走り、黒龍の足元を一気に飲み込む。


 黒龍が鼻を鳴らす。


「なんだ、しょーもねえ」


 凍っていない方の足が振り上げられ、ツグミへ向けて振り下ろされた。


 当たる寸前、横から伸びた触手がツグミの身体に巻きつき、強引に引き離す。


 ツグミの身体はそのまま後方の壁へと叩きつけられた。


 鈍い衝撃音が響く。


 金属を変形させたまま、実は次の手を頭で反復する。


(焔堂を2人で対処するのは困難だ……僕はツグミさん達のサポートをしながら対処しなきゃいけない)


 ツグミは壁に足をつき、強引に体勢を立て直す。

 視線はすぐに牧野へと向く。


「牧野さん!!」


 凍りついた足元、その氷の前に、すでに牧野が立っていた。


 黒龍の視線が落ちる。

 ほんの一瞬、目が細まる。


 次の瞬間――牧野の姿が掻き消えた。


 空気が裂ける。


「いっでえええっ!!」


 遅れて、黒龍の小指が音もなく消失していた。

 肉と鱗が円形に抉り抜かれ、血飛沫が宙に散る。


 その直線上に、牧野の身体がすでに抜けていた。


「痛えんだけどおっ!!」


 黒龍は反射的に振り向き、後方で止まった牧野へ炎を吐き出す。


 だが、牧野の身体に再び触手が巻きつき、横へと投げ飛ばされた。ツグミのいる壁際へと叩き込まれる。


 黒龍が目を細め、奥を睨む。


「ああ、なるほどなあ」


 視線の先、水槽に手を沈め続ける深海の姿。


 戦場の喧騒など届いていないかのように、

 微動だにせず、水面だけがかすかに揺れている。


「お前らは橘想を対処しながら近距離組の機動力を確保してんのか」


 壁際の牧野へ目を向ける。


「眼鏡のねえちゃんは防御不可の突進攻撃、反動でしばらく動けないって感じか?」


 牧野は息を整えながら眉をわずかに寄せる。


「……ちゃんと頭もキレるんだ」


 黒龍が肩を鳴らす。


「まあでも関係ねぇな」


──ドゴオオオオンッ!!


 黒龍が突然天井をぶち破った。


 上空へと飛び上がる。コンクリートが砕け、瓦礫が降り注いだ。


「なっ!?」


 ツグミが目を見開き、降り注ぐ破片を跳ねるように避ける。


 その頭上――


 朝日を背に、黒龍が悠然と空を滑っていた。


 逆光に輪郭だけが浮かび上がる。

 翼が一度、大きく打ち下ろされる。


 次の瞬間。


 空気が圧縮される。


 巨大な影が地面を走り、

 黒龍の巨体が一直線にツグミへと落ちてきた。


 迫る影に歯を食いしばり、ツグミは足を止める。


 両腕を大きく開き、落ちてくる巨体へと伸ばした。


──ドゴオオオオンッ


 衝撃と煙。


 爆ぜたような音のあと、白煙が視界を塞ぐ。


 煙がゆっくりと晴れていく。


 その中で、ツグミの身体は触手に巻きつけられたまま、壁へと叩きつけられていた。


 鈍い音。

 床に破片が転がる。


「深海さん、ありがととう」


 息を整えながら顔を上げる。

 奥で、水槽に腕を沈めたままの深海が頷いた。


 水面だけがわずかに揺れている。


「でも、これは……」


 視線を戻す。


 黒龍はすでに上空へ舞い戻り、

 朝日の中で旋回していた。



 その頃、実は再び地面に手をついていた。


 掌の下で、コンクリートが軋む。


 波打つように床が盛り上がり、

 橘想の立つ足場が持ち上がっていく。


(このまま、ぺちゃんこにするか、避けた所を深海さんのディープネプチューンで仕留める!!)


 指先にさらに力を込める。

 床はさらに膨張し、逃げ場を削る。


 顔を上げる。


――橘想は動いていない。


 崩れゆく足場の上で、逃げもせず、

 静かに拳銃を実へ向けていた。


(なっ!!まず──)


 床から足を切り、横へ身を流した瞬間。


──バァンッ!!


 銃声。


 空気が裂ける。


「ゔっ……」


 肩に焼けるような衝撃が走った。


 身体が横へ弾かれ、制御を失う。


 肩を貫いている。


 実は片膝をつき、そのまま崩れた。

 咄嗟に地面へ手をつくが、力が入らない。


 指先が血で滑る。


 赤が、ひび割れた床をゆっくりと染めていく。


 荒い呼吸のまま顔を上げる。


 視界の先――

 天井に届くほど隆起した地面の頂から、

 橘想が静かに見下ろしている。


「……まずは、1人」


 拳銃が再び持ち上がる。


 引き金にかかった指が、わずかに沈む。


 倒れ伏したまま、実は血のにじむ指で床を掴んだ。


 肩から熱が滴り落ちる。


 それでも喉を裂くように叫んだ。


「これで逃げ道は塞ぎました!!」


 その声で橘想の目が、わずかに横へ流れる。


 違和感。


 視界の端に影が増えている。


 次の瞬間、前方以外を囲うように、

地面から分厚い壁がせり上がっていることに気づいた。


 崩れた破片ではない。

 意志を持つように、計算された角度で立ち上がっている。


(……こいつ、倒れながら地面を形状変化させていたのか)


 銃を構えたまま、橘想の視線が正面へ戻る。


 その奥――

 深海は水槽の中へ全身を沈めていた。

 水面だけが、不自然に波打っている。


 次の瞬間。


 建物の影が、膨れ上がった。


 そこから這い出るように、巨大な影が姿を現す。


 幾重にも重なる触手。

 一本一本が太く、湿った質量を孕んでいる。


 それらが壁のように前方を塞ぐ。


 隙間はない。

 透過を許さない密度。


 囲う。


 そして――同時に叩きつけた。


 空気が圧縮され、衝撃が爆ぜる。


 その刹那、橘想は迫る触手へ、迷いなく何かを放った。


 倒れたままの実の目が見開かれる。


(……勝った!!)


 だが、


──バグオオオンッ!!


 爆音。


 橘想のいた地点が白く閃き、次の瞬間、爆圧が外へ弾けた。


 衝撃波が広がり、

 クラーケンの触手の外側が削ぎ落とされる。


 分厚く重なっていた肉塊が、

 表面から抉られるように、


 裂ける。


 外殻が弾け、

 触手は外側から崩れ、千切れ落ちた。


「な……」


 実の喉から、掠れた声が漏れる。


 衝撃を受けた巨体は、そのまま時間制限とともに影へと還った。


 輪郭が薄れ、

 黒い残滓だけを残して消えた。


 檻のように築かれていた壁も地面も、

 爆圧に耐えきれず外側から砕け散っている。


 瓦礫が舞い、煙が立ち込める。


 その中心に――


 無傷。


 橘想が立っていた。


「爆谷の現想技物『窒素爆弾』は爆谷が威力を好きに設定して生み出し、それを爆谷の任意のタイミングで爆ぜさせる」


 倒れたまま、実がかすれた息を吐く。


 肩から流れる血が床を濡らし、

 指先はまだ地面に触れたまま震えている。


 爆煙の中心を見上げ、実は呟いた。


「爆谷さん……だと?」


 橘想がゆっくりと息を吐く。


「7時丁度。あいつの覚悟を信じてよかったよ」


──ボゴオオンッ!!


 その直後、天井が激しく軋んだ。


 黒龍が再び飛び降り、砕けた天井材が雨のように降り注ぐ。


「ゔぁ"っ!!」


 牧野はとっさに身を翻すが、跳ねた瓦礫が肩を強く打つ。


「ハハハハッ!!」


 黒龍は哄笑を響かせながら、粉塵を巻き上げて再び上空へ舞い上がった。


「くそっ……」


 舞い落ちる破片の向こう、ツグミが拳を強く握りしめ、空を睨みつける。


 深海は水槽の外で、地面に手をついている。


 濡れた髪から水が滴り、床に小さな水溜まりを作る。


 肩が荒く上下する。

 その呼吸ははっきりと乱れていた。


 倒れたままの実は歯を食いしばる。


 肩から流れた血が床に滲み、力を込めようとするたびに腕が小さく震えた。


 立ち上がれない。


 それでも視線だけは逸らさず、前方に立つ橘想を睨み上げる。


「くっそ……!!」


「……終わりだな」


 橘想はゆっくりと拳銃を持ち上げる。


 三度目の銃口が、実を捉えた。


 その瞬間。


──ウゥゥゥゥゥゥン……


 サイレンが鳴り響く。


 甲高い警告音が、崩れた天井と割れた床に反響する。


「時間だ……!!」


 橘想の口元がはっきりと緩んだ。


 張り詰めていた指先から力が抜け、拳銃が床へ落ちる。

 乾いた金属音がやけに大きく響く。


「……は?」


 実の喉から、かすれた声が漏れる。


 状況が理解できない。


 橘想はくるりと背を向けると、

 何の未練もなく奥へと駆け出した。


 瓦礫を軽く飛び越え、

 弾むような足取りで。


 その背はまるで、


 待ちに待ったゲームを買いに行く、子供のようだった。

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