第59話 凍土の罠と爆ぜる意地
──バグオオオンッ!!
爆炎が視界を埋め尽くす。
「くっ……」
実は歯を食いしばり、両手を前に突き出した。
歪な金の盾を形成。ボロボロにひび割れたそれが、爆風を真正面から受け止めた。
衝撃が腕を痺れさせる。
背後ではツグミが目を細め、熱風に耐えている。
爆炎が晴れていく。
「行きます!!」
実が叫び、ツグミとともに爆谷へ向かって走り出した。
足音が赤黒い地面を叩く。
ピッ
──バグオオオンッ!!
地面が内側から弾け飛ぶ。
実は即座に盾を下へ叩きつけるように展開した。
金属が膨張し、二人の足元を覆う。
下から噴き上がる爆炎を、辛うじて防ぐ。
爆風の向こう。
爆谷が二人を見つめていた。
その表情からは、軽薄な笑みが完全に消えている。
何も映していないような目で、静かに後退。
そして手の中の何かを――ポイッと地面に放った。
実は次の爆撃に備え、すぐに盾を握り直した。
「攻撃が激しくなってますね……このままじゃやられる」
ひびだらけの盾を見下ろし、息を整える。
「いや、そうでもないよ」
ツグミが地面に手をつき、体勢を低くする。視線は爆谷から逸らさない。
「え」
「爆谷はさっきから私達に距離を詰められるのを極端に嫌ってる」
熱で揺らめく空気の向こう、爆谷の立ち位置を見据えた。
「多分自分も爆発に巻き込まれるんだと思う」
爆炎の残り火が、赤黒い地面を焦がしている。
「……なるほど、ありえますね」
実は小さく頷き、爆谷を見つめる。
盾の縁が、ぱきりと小さく音を立てた。
「実くん、あと3回爆発耐えられる?」
「はい、いけます」
即答だった。
腕は震えている。それでも、目は逸らさない。
二人の呼吸が揃う。
次の瞬間、同時に地面を蹴った。
砕けた岩を踏み砕きながら、一直線に距離を詰める。
ピッ
──バグオオオンッ!!
爆発。
轟音と熱風が、二人の姿を飲み込む。
爆谷はその光景をじっと見つめていた。
瞬きひとつしない。
炎が揺れ、破片が雨のように降り注ぐ。
それでも表情は動かない。
(橘っち……こっちはちゃんと引きつけてるっすよ)
◇
──留置所。
湿ったコンクリートの匂いがこもる、薄暗い廊下。
規則正しく灯るはずの蛍光灯は、ところどころ明滅している。
──バァン、バァン!!
銃声が、閉ざされた空間に反響する。
「ぐっ……や、やめ……」
看守が胸を撃ち抜かれ、背後の壁に叩きつけられていた。
鍵束が床に落ち、乾いた音を立てる。
力を失った身体がずるりと崩れ、血がゆっくりと床を広がっていく。
荒い呼吸が、短く途切れた。
再び、重い静寂。
鉄格子の奥。
両目に包帯を巻かれたナナが、膝を抱えて震えていた。
視界のない闇の中、銃声だけがやけに鮮明に響いている。
(な、なんなの……?さっきからこの銃撃音)
一つの足音。
硬い床を踏みしめて近づいてくる。
一定の速度。
迷いのない歩幅。
(こ、こっちにくる……?)
足音が、牢の前で止まった。
わずかな衣擦れの音。
「見つけたぞ、ナナ」
「え……その声!?」
聞き慣れた声。
橘想。
胸の奥に張りつめていたものが、一気にほどける。
「ま、まさか助けにくるなんて思ってなかったわ……」
ナナはほっと息を漏らす。
鉄格子の向こうに立つ気配は、何も答えない。
ほんの一瞬の沈黙。
「……絡新婦は現想生物だ」
牢の前で、淡々と呟く。
感情の抑揚が、ほとんどない。
「え、なに?」
鉄格子越しに、衣擦れの音がかすかにする。
「色んな奴に変身させて、誰の奥に知恵の実があるかはわかったが……知恵の実は現想技物、絡新婦で代用はできない」「それが、この2カ月の研究でだした俺達の結論だ」
まるで報告書を読み上げるような口調。
胸の奥が、すっと冷える。
知っているはずの声なのに、
そこに自分へ向けられた気配がない。
「奥? 絡新婦……? さっきから何言ってるの?」
ナナの喉がひくりと鳴る。
光のない視界に、不安が広がる。
声に、熱がない。
その冷たさに、ナナの肩が小さく震える。
「でもまさか……現想技物『瞬間移動』の奥にあるのが……」
牢の前の気配が、わずかに近づく。
「知恵の実だったとはな」
「!?」
抱えていた膝に、無意識に力がこもる。
足音が、すぐ目の前で止まった。
──バァンッ!!
◇
ピッ
──バグオオオンッ!!
爆風が収まる。
白煙の向こうで、実は盾を構えたまま立っていた。
ツグミは片膝をつき、片手を地面に押し当てている。
爆谷はじり、と後退しながら二人を睨んだ。
(さっきから、ずっと距離つめて爆発、距離つめて爆発の繰り返し)
焦げた岩を踏み鳴らす。
(こいつら何を狙ってる?)
「実くん、いけるよ」
地面に触れたまま、ツグミが低く告げた。
「はい!!」
実が一直線に駆け出す。
爆谷の視線は、走る実ではなく――動かないツグミへ向く。
(サクヤっちの妹は動かないのか……?)
右手に握った爆弾へ、親指をかける。
(なら爆弾投げて1キル確定なはず──)
その瞬間。
実の盾が、軋む音とともに槍へと形を変えた。
地を蹴り、一直線に跳躍。
同時に、ツグミの指先が岩肌をなぞる。
「氷葬連鎖」
ツグミの声が落ちた刹那。
これまで彼女が触れてきた赤黒い岩場が、ほぼ同時に白く染まる。
爆谷の足元も例外ではない。
凍結は走るのではなく――
足元から、噛みつくように立ち上がった。
「なっ!?」
爆谷の足元が、音もなく白く固まる。
靴底が岩に縫い止められ、踏み替えが効かない。
(しまった!! 誘導された!?)
氷が足首まで駆け上がる。
次の瞬間、凍結は内側から軋む。
しかし、地獄の熱が押し返し、氷は崩れ始めた。
白煙が立ち上る。
――だが、爆谷の踏み替えは、ほんの刹那だけ遅れた。
「はああああっ!!」
そのわずかな硬直を、実は見逃さない。
蒸気の立ち上がる足元を踏み潰し、一直線に踏み込む。
距離が詰まる。
槍の穂先が、爆谷の眉間へ真っ直ぐ伸びてくる。
柄を握る実の指先まで見える距離。
(ああ、そういう狙いっすか……)
爆谷の目が、わずかに細まる。
凍結で崩れた足場。
踏み替えきれていない右足。
それでも、喉の奥で短く息を吐く。
(舐めやがって……)
右手に握った爆弾が、ぎしりと鳴る。
指が、白くなるほど食い込む。
喉の奥で、短く息を噛む。
「……俺っちの覚悟を!!」
ピッ
手の中の爆弾が、低い光を帯びて震える。
(……は?)
その時。
爆谷の視界の端に映った実の手にあったのは、
既に槍ではなくなっていた。
(た……て……?)
──バグオオオンッ!!
爆風が轟き、赤黒い岩の壁が内側から弾けた。
粉塵と小石が舞い上がる。
熱気が揺れる空気を震わせる中、爆谷の身体は光と煙の渦に押され、勢いよく吹き飛ばされて岩の奥深くへ飛んでいった。
──コツンコツンッ
砕けた岩片だけが静かに落ちる。
瞬間の喧騒を残して世界は息を止めたかのように沈黙した。
実は俯いたまま、ひびだらけだった金の盾を手持ちサイズへと縮める。
「実くん……どうして盾に変えたの?」
ツグミは地面に片手をつき、砂利を踏みしめてバランスを整えながら実に近づいた。
瞳には、驚きと疑問が混じっている。
「……賭けたんです」
実は視線を落としたまま、ゆっくりと肩を震わせた。
手元のひびだらけの盾をぎゅっと握り直し、静かに呼吸を整える。
目は爆谷が飛んでいった岩壁を追ったまま、じっと一点を見つめていた。
『……じゃああなたの目的は、なんなんですか?』
『え、俺っち?』『ん〜……ヒ・ミ・ツっすね〜』
「……爆谷さんが命をかけてまで」
実はゆっくり顔を上げ、消えた岩壁の奥を見つめる。
視線は揺れず、じっとその一点を捉えたまま動かなかった。
「したいことがあるってことを」




