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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第四章 最終決戦編

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第59話 凍土の罠と爆ぜる意地

──バグオオオンッ!!


 爆炎が視界を埋め尽くす。


「くっ……」


 実は歯を食いしばり、両手を前に突き出した。


 歪な金の盾を形成。ボロボロにひび割れたそれが、爆風を真正面から受け止めた。


 衝撃が腕を痺れさせる。


 背後ではツグミが目を細め、熱風に耐えている。


 爆炎が晴れていく。


「行きます!!」


 実が叫び、ツグミとともに爆谷へ向かって走り出した。


 足音が赤黒い地面を叩く。


 ピッ


──バグオオオンッ!!


 地面が内側から弾け飛ぶ。


 実は即座に盾を下へ叩きつけるように展開した。


 金属が膨張し、二人の足元を覆う。


 下から噴き上がる爆炎を、辛うじて防ぐ。


 爆風の向こう。


 爆谷が二人を見つめていた。


 その表情からは、軽薄な笑みが完全に消えている。


 何も映していないような目で、静かに後退。


 そして手の中の何かを――ポイッと地面に放った。


 実は次の爆撃に備え、すぐに盾を握り直した。


「攻撃が激しくなってますね……このままじゃやられる」


 ひびだらけの盾を見下ろし、息を整える。


「いや、そうでもないよ」


 ツグミが地面に手をつき、体勢を低くする。視線は爆谷から逸らさない。


「え」


「爆谷はさっきから私達に距離を詰められるのを極端に嫌ってる」


 熱で揺らめく空気の向こう、爆谷の立ち位置を見据えた。


「多分自分も爆発に巻き込まれるんだと思う」


 爆炎の残り火が、赤黒い地面を焦がしている。


「……なるほど、ありえますね」


 実は小さく頷き、爆谷を見つめる。


 盾の縁が、ぱきりと小さく音を立てた。


「実くん、あと3回爆発耐えられる?」


「はい、いけます」


 即答だった。


 腕は震えている。それでも、目は逸らさない。


 二人の呼吸が揃う。


 次の瞬間、同時に地面を蹴った。


 砕けた岩を踏み砕きながら、一直線に距離を詰める。


 ピッ


──バグオオオンッ!!


 爆発。


 轟音と熱風が、二人の姿を飲み込む。


 爆谷はその光景をじっと見つめていた。


 瞬きひとつしない。


 炎が揺れ、破片が雨のように降り注ぐ。


 それでも表情は動かない。


(橘っち……こっちはちゃんと引きつけてるっすよ)



──留置所。


 湿ったコンクリートの匂いがこもる、薄暗い廊下。


 規則正しく灯るはずの蛍光灯は、ところどころ明滅している。


──バァン、バァン!!


 銃声が、閉ざされた空間に反響する。


「ぐっ……や、やめ……」


 看守が胸を撃ち抜かれ、背後の壁に叩きつけられていた。


 鍵束が床に落ち、乾いた音を立てる。


 力を失った身体がずるりと崩れ、血がゆっくりと床を広がっていく。


 荒い呼吸が、短く途切れた。


 再び、重い静寂。


 鉄格子の奥。


 両目に包帯を巻かれたナナが、膝を抱えて震えていた。


 視界のない闇の中、銃声だけがやけに鮮明に響いている。


(な、なんなの……?さっきからこの銃撃音)


 一つの足音。


 硬い床を踏みしめて近づいてくる。


 一定の速度。

 迷いのない歩幅。


(こ、こっちにくる……?)


 足音が、牢の前で止まった。


 わずかな衣擦れの音。


「見つけたぞ、ナナ」


「え……その声!?」


 聞き慣れた声。


 橘想。


 胸の奥に張りつめていたものが、一気にほどける。


「ま、まさか助けにくるなんて思ってなかったわ……」


 ナナはほっと息を漏らす。


 鉄格子の向こうに立つ気配は、何も答えない。


 ほんの一瞬の沈黙。


「……絡新婦は現想生物だ」


 牢の前で、淡々と呟く。


 感情の抑揚が、ほとんどない。


「え、なに?」


 鉄格子越しに、衣擦れの音がかすかにする。


「色んな奴に変身させて、誰の奥に知恵の実があるかはわかったが……知恵の実は現想技物、絡新婦で代用はできない」「それが、この2カ月の研究でだした俺達の結論だ」


 まるで報告書を読み上げるような口調。


 胸の奥が、すっと冷える。


 知っているはずの声なのに、

 そこに自分へ向けられた気配がない。


「奥? 絡新婦……? さっきから何言ってるの?」


 ナナの喉がひくりと鳴る。


 光のない視界に、不安が広がる。


 声に、熱がない。


 その冷たさに、ナナの肩が小さく震える。


「でもまさか……現想技物『瞬間移動』の奥にあるのが……」


 牢の前の気配が、わずかに近づく。


「知恵の実だったとはな」


「!?」


 抱えていた膝に、無意識に力がこもる。


 足音が、すぐ目の前で止まった。


──バァンッ!!



 ピッ


──バグオオオンッ!!


 爆風が収まる。


 白煙の向こうで、実は盾を構えたまま立っていた。


 ツグミは片膝をつき、片手を地面に押し当てている。


 爆谷はじり、と後退しながら二人を睨んだ。


(さっきから、ずっと距離つめて爆発、距離つめて爆発の繰り返し)


 焦げた岩を踏み鳴らす。


(こいつら何を狙ってる?)


「実くん、いけるよ」


 地面に触れたまま、ツグミが低く告げた。


「はい!!」


 実が一直線に駆け出す。


 爆谷の視線は、走る実ではなく――動かないツグミへ向く。


(サクヤっちの妹は動かないのか……?)


 右手に握った爆弾へ、親指をかける。


(なら爆弾投げて1キル確定なはず──)


 その瞬間。


 実の盾が、軋む音とともに槍へと形を変えた。


 地を蹴り、一直線に跳躍。


 同時に、ツグミの指先が岩肌をなぞる。


「氷葬連鎖」


 ツグミの声が落ちた刹那。


 これまで彼女が触れてきた赤黒い岩場が、ほぼ同時に白く染まる。


 爆谷の足元も例外ではない。


 凍結は走るのではなく――


 足元から、噛みつくように立ち上がった。


「なっ!?」


 爆谷の足元が、音もなく白く固まる。


 靴底が岩に縫い止められ、踏み替えが効かない。


(しまった!! 誘導された!?)


 氷が足首まで駆け上がる。


 次の瞬間、凍結は内側から軋む。


 しかし、地獄の熱が押し返し、氷は崩れ始めた。


 白煙が立ち上る。


――だが、爆谷の踏み替えは、ほんの刹那だけ遅れた。


「はああああっ!!」


 そのわずかな硬直を、実は見逃さない。


 蒸気の立ち上がる足元を踏み潰し、一直線に踏み込む。


 距離が詰まる。


 槍の穂先が、爆谷の眉間へ真っ直ぐ伸びてくる。


 柄を握る実の指先まで見える距離。


(ああ、そういう狙いっすか……)


 爆谷の目が、わずかに細まる。


 凍結で崩れた足場。


 踏み替えきれていない右足。


 それでも、喉の奥で短く息を吐く。


(舐めやがって……)


 右手に握った爆弾が、ぎしりと鳴る。


 指が、白くなるほど食い込む。


 喉の奥で、短く息を噛む。


「……俺っちの覚悟を!!」


 ピッ


 手の中の爆弾が、低い光を帯びて震える。


(……は?)


 その時。


 爆谷の視界の端に映った実の手にあったのは、

 既に槍ではなくなっていた。


(た……て……?)


──バグオオオンッ!!


 爆風が轟き、赤黒い岩の壁が内側から弾けた。

粉塵と小石が舞い上がる。


 熱気が揺れる空気を震わせる中、爆谷の身体は光と煙の渦に押され、勢いよく吹き飛ばされて岩の奥深くへ飛んでいった。


──コツンコツンッ


砕けた岩片だけが静かに落ちる。


 瞬間の喧騒を残して世界は息を止めたかのように沈黙した。


 実は俯いたまま、ひびだらけだった金の盾を手持ちサイズへと縮める。


「実くん……どうして盾に変えたの?」


 ツグミは地面に片手をつき、砂利を踏みしめてバランスを整えながら実に近づいた。


 瞳には、驚きと疑問が混じっている。


「……賭けたんです」


 実は視線を落としたまま、ゆっくりと肩を震わせた。

 手元のひびだらけの盾をぎゅっと握り直し、静かに呼吸を整える。

 目は爆谷が飛んでいった岩壁を追ったまま、じっと一点を見つめていた。


『……じゃああなたの目的は、なんなんですか?』


『え、俺っち?』『ん〜……ヒ・ミ・ツっすね〜』


「……爆谷さんが命をかけてまで」


 実はゆっくり顔を上げ、消えた岩壁の奥を見つめる。

 視線は揺れず、じっとその一点を捉えたまま動かなかった。


「したいことがあるってことを」

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