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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第四章 最終決戦編

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第57話 地獄の爆炎と滲む不快

いつの間にか、空は夜に沈んでいた。


 黒く澄んだ闇の下、街は真っ二つに裂けている。


 片側は無機質なビル群。ひび割れながらも形を保つコンクリート、割れた窓ガラスに映る非常灯の残光。


 もう片側は、赤黒く脈打つ岩の大地。地面は波打つように盛り上がり、ところどころから赤い光が滲み出している。マグマの泡立つ音が、夜の静寂を内側から侵していた。


 境界線は、異様なほどはっきりしている。


 コンクリートと赤黒い岩が、まるで世界を縫い合わせたかのように、一直線に分かれていた。


 その縁に、現災署の五人が立っていた。


「牧野さんこれ……」


 ツグミの声は低く、目は境界の向こうを見据えている。


「うん、多分現想領域『地獄』かな」


 牧野はゆっくりと頷いた。


「Σ(゜Д゜)」


「どうしたんですか深海さん、ってうわっ!?」


 実が深海の水槽を見て声を上げる。


 境界線を越えた瞬間、水槽の中の水が一斉に沸騰した。ぶくぶくと白い泡が弾け、水面が荒れ狂う。次の瞬間、内部は白煙で満たされ、水は蒸気となって一気に消え失せた。ガラス越しでも分かる異常な熱量。


 残ったのは、乾いた空気だけ。


「(´・ω・`)」


 深海の表情がしょんぼりと沈む。


 ツグミは唇を引き結んだ。


「私も厳しそうだけど、深海さんはそもそも戦えないみたいね……」


 狩野が肩を竦める。


「まあ、深海さんは橘想とやる時のキーマンなんで現災署で待機しといてくださいよ」


「(*゜∀゜)*。_。)」


 深海が小さく頷く。


 熱気が頬を撫でる。息を吸うだけで喉が焼けるほど。


 牧野は境界線を見つめる。赤黒い岩がゆっくりと鼓動のように脈打っている。


「……私と狩野くんが地獄に対応、実くんとツグミちゃんが橘想か爆谷に対応」

「って感じで別れましょう」


 即断だった。


「了解です」


 狩野が短く答える。


「わかりまし──」


 実が口を開きかけた、その時だった。


「話は終わったっすかあ?」


 軽い声が、頭上から落ちてくる。


 ツグミの肩がびくりと跳ねる。


「!?」


 反射的に視線を上げる。


 赤黒い岩の高台。


 その上で爆谷が片手を振っていた。


「ここには俺しかいないっすよ〜」

「ちゃっちゃっとやりましょ、隠蔽集団、現災署の皆さん」


 ニヤリと笑い、指先で何かを弾く。


 小さな影が弧を描いた。


 ピッ


──バグオオオン!!


 爆炎が夜を裂いた。


 衝撃波が地面を叩き、境界線のコンクリートにまで振動が伝わる。


「……めんどくさいっすね」


 爆谷の呟きの向こうで、黄金の光が広がる。


 実が瞬時に巨大な金の盾を形成していた。爆風が直撃し、火花が散る。衝撃が盾の表面を波紋のように走る。


 だが、破れない。


 熱風が四人の髪を激しく煽った。


 実が歯を食いしばったまま叫ぶ。


「牧野さん狩野さん地獄は任せました」


「わかった」


「気をつけろよ」


 二人は境界の向こうへ駆けていく。赤黒い岩を踏んだ瞬間、靴底から煙が上がる。


 残されたのは、実とツグミ。


 二人は同時に爆谷を睨む。


「実くん、いこう」


「はい!!」


 爆谷は肩を鳴らした。


(金を好きな形変える力……威力上げて盾を粉々にするっすかね)


「ほーい!!」


 再び投げる。


 ピッ


──バグオオオンッ!!


「ぐっ!?」


 実が再び盾を展開する。


 爆炎が直撃し、黄金の表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。破片のような光が散る。


 爆谷が目を見開く。


「……うおっ!!」


 爆風の横から、ツグミが一気に距離を詰めていた。


 指先が爆谷へ伸びる。


 あとわずか。

 指先と肩の距離は、ほんの数十センチ。


 だが、爆谷の体がふっと横へ滑った。


 熱で揺らぐ空気の中、足場の悪い岩場を踏みしめながら、最小限の動きで身を翻す。


 ツグミの指先が空を切る。


 そのまま、赤黒い岩肌に触れた。


 瞬間。


 じゅ、と音を立てて岩が白く染まる。


 霜のような白が一気に広がり、ぱき、と乾いた破裂音。


 次の瞬間、凍りついた部分が内部から崩れ、白煙を上げながら蒸発するように消えた。


 爆谷はすでに数メートル後方へ跳んでいる。


(ヒートショック現象狙いっすかね……触れられたらアウトだなこりゃ)


 距離を保ったまま、目だけでツグミを測る。


 ツグミは追わない。


 わずかに肩で息をしながら、その動きを観察している。


「……やっぱり離れた」


 小さな呟き。


 爆谷は眉をわずかに上げた。


「なんか、考えてるみたいっすけど——」


 赤い岩の上で足を止め、にやりと笑う。


「あんた、もう終わりっすよ」


 その視線はツグミに向いている。


「!?」


 ツグミの表情が強張る。


 ピッ


 ツグミの足元。


 赤黒い岩の裂け目が一瞬だけ不自然に光った。


──バグオオオンッ!!


 次の瞬間、内部から膨れ上がるように爆発が起きる。地面そのものが持ち上がり、岩塊が弾け飛ぶ。衝撃が空気を押し潰し、熱風が渦を巻く。


 炎が縦に噴き上がり、夜空を赤く染めた。


 破片が雨のように降り注ぐ。焼けた岩が地面に叩きつけられ、連鎖するように小爆発が走る。


 視界は一瞬で煙と火花に覆われた。


 ツグミの足元の岩場が、内部から弾け飛ぶ。


 炎と破片が夜空へ舞う。


「ここら一体、俺が爆弾い〜っぱいしかけてたんすよね〜」


 爆谷は後退しながら、爆風を眺めている。


 爆炎の余熱がまだ空気を震わせている。


 煙がゆっくりと晴れていく。赤黒い粉塵が夜風に流され、焦げた匂いだけが残った。


「……はぁ、めんどくさ」


 爆谷が吐き捨てる。


 煙の向こう。


 巨大な金の盾。


 表面は蜘蛛の巣のようにひび割れ、今にも砕けそうに軋んでいる。それでも、確かに二人を守り切っていた。


 盾の内側。


 実が肩で荒く息をしながら、崩れ落ちかけたツグミの体を支えている。片腕で盾を維持し、もう片方で彼女の肩を抱く格好になっていた。


「ツグミさん大丈夫ですか?」


 息がかかるほどの距離。


「う、うん……ありがと──」


 ツグミがゆっくりと目を開ける。


 視界いっぱいに、実の顔。


「うわあああ!?」


 勢いよく立ち上がる。足元がふらつき、岩を踏み鳴らす音が響く。


 一歩、二歩と距離を取る。


 耳の奥で自分の鼓動が暴れている。熱のせいか、それとも別の理由か、自分でも分からない。


 頬がじわじわと熱を帯びる。


 爆谷の口元に浮かんでいた笑みが、そこでわずかに止まった。


 視線が細くなる。


(……あ?)


 その瞬間、頭の奥に声がよぎる。


『爆谷くん、無理に笑わなくていいんだよ』


「……ハハッ」


 爆谷が小さく息を漏らす。笑いながらも、目は笑っていない。


(……あぁ、イラッときた理由がわかったっすわ)


 手を頭に当て、俯く。指先が前髪をかき上げる。


「ツグミさん、めっちゃ顔赤いですけど大丈夫ですか!?」


 実は本気で心配している声音だった。


 地獄の熱気は容赦がない。立っているだけで汗が噴き出し、呼吸をするたびに喉が焼ける。


 ツグミは慌てて首を振る。


「ええ!? う、うん大丈夫、大丈夫」


 声が少し裏返る。


 視線を逸らし、必要以上に実との距離を保とうとする。


 その様子を、爆谷は黙って見ていた。


 赤黒い岩の上に立ったまま、二人のやり取りを一瞬も目を離さずに。


 ゆっくりと、顔を上げる。


 地面の赤い光が、その瞳に揺らめいて映り込む。


(俺っち……こいつ)


 視線が、まっすぐ実へ向く。


 さっきまでの軽薄な笑みは、もうない。


 口元から力が抜け、代わりに奥歯がわずかに軋む。


「嫌いだ……」

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