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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第四章 最終決戦編

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第54話 優しい嘘と流言飛語

 文化祭の人波の中を、二人はゆっくりと歩いていた。


 眼帯をしたスーツ姿の護は、場違いなほど大人びている。

 片目を覆う黒い布と、きっちりと着こなしたスーツ。

 周囲の学生たちのカジュアルな服装とは明らかに空気が違う。


 その隣を歩く牧野は、いつもより少しだけ装いが違っていた。

 淡い色のワンピースに、整えられた髪。

 知的な印象を与える眼鏡が、どこか柔らかい雰囲気をまとっている。


 並んで歩く姿は、不思議と絵になっていた。


「フフッなんか、学生の頃を思い出すね」


 牧野が小さく笑う。


「学生?真琴がガリ勉だったことしか覚えてないな〜」


 護は肩をすくめる。


 牧野はぴたりと足を止め、むっとした表情で護を睨んだ。


「そうやって茶化すところほんと変わらないよね」

「私のことほんとに好きなの?」


 牧野は足を止め、真正面から護を見つめる。

 冗談半分の響きではあるが、その奥にわずかな不安が混じっていた。


 文化祭の喧騒が二人の周囲を流れていく。

 焼きそばの匂い、遠くの歓声、どこかの教室から聞こえる音楽。


「さあ〜」


 護はわざとらしく視線を逸らし、空を見上げる。

 逃げるようでいて、どこか余裕のある態度。


 牧野は口をとがらせる。

 眼鏡の奥の瞳がわずかに揺れる。


「来月の誕生日はちゃんと祝ってよね」


「真琴は寂しがり屋だな〜」


「また、そうやって茶化して!!」


 牧野は小さく拳で護の腕を叩いた。


 一瞬の沈黙。


 護は一度、視線を外した。


 ほんの一瞬だけ、表情が曇る。

 どこか遠くを見るような瞳。


 喧騒の中で、その沈黙だけがわずかに浮いた。


 それから、ゆっくりと牧野の方へ向き直る。

 眼帯の下の視線が、今度はまっすぐに彼女を捉えた。


「祝うよ」


「え」


 予想外の真面目な声に、牧野が瞬きをする。


「二人で休みとって旅行でもいこか」


 大げさでもなく、照れもなく。

 ただ自然に言った。


 牧野はしばらく言葉を失う。

 視線を落とし、指先をそっと握る。


「……うん」


 小さな返事。

 頬がほんのりと赤く染まる。


 その距離が、さっきよりも少しだけ近くなる。


 二人は再び歩き出す。

 並んだ影が、校舎の壁に重なって伸びていく。


 そのとき。


 護のスマホが、場違いなほど大きな音を立てて鳴った。


 文化祭のざわめきを一瞬で切り裂く着信音。


 護は眉をひそめ、画面を見る。


 表示された名前に、空気が変わった。


 防災省の官僚からの着信。


 護は眉をひそめ、通話ボタンを押した。


「今俺デート中なんですけど。なんの用件なんで──」


『今すぐネットを見ろ。橘想が動いた』


 護の目がわずかに見開かれる。


「……ネット?」


 通話を繋げたまま、素早くブラウザを開く。


 スワイプしていた指が止まった。


「……は?」


 画面には、いくつものSNS。

 同じサムネイルの動画が、無数のアカウントから投稿されている。


 廃墟の背景。

 椅子に座る一人の男。


 護はそのひとつを再生する。


 ◇


「私の名前は橘想、7年前に一度死んだ研究者です」


 淡々とした声。

 感情の起伏を抑えた、妙に落ち着いた語り口。


 背後には崩れかけたコンクリートの壁。

 ひび割れた窓から差し込む白い光が、埃を浮かび上がらせている。

 廃墟特有の静寂が、画面越しにも伝わってくる。


「今から皆さんにはこの国の危機的状況と、それを隠す防災省の実態について、お話させてください」


 その瞳は瞬き一つせず、まっすぐカメラを見据えていた。


「この国では、近年あり得ない数の大規模な事故が発生しているのはご存知でしょうか」


 画面が切り替わる。


 編集されたグラフ。

 年々右肩上がりに増えていく数値。

 続けざまに流れる過去の事故ニュースの映像。

 アナウンサーの緊迫した声が断片的に重なる。


「これらはすべて、現想災害……ゾンビやドラゴンのようなフィクションが、この世に現れる現象、現想によって起きた災害なんです」

「皆さんの中には実際にその災害を体験して、声を上げた方もいらっしゃると思います」


 再び橘の姿に戻る。


「ただ、現想は映像には残らない。そのような声の数々は、悲惨にもかき消されました」

「防災省と……防災省直属の現災署によって」


 防災省と東京現災署の画像が無機質に表示される。

 公式サイトから抜き取られたような、整然とした写真。


「国は、この現想という現象を利用し、他国に戦争を仕掛けるつもりです」

「だから徹底的に情報規制をしている。今まで起きた災害は、国の実験によって起きた災害なんです」


 わずかに息を吸う音。


「……しかし、こんな馬鹿げた話を信じてくれる人は少ないと思います、ですので」


 橘想は、懐から拳銃を取り出す。

 黒光りする銃口を、ためらいなく自身の頭につける。


 一瞬の静止。


──バァン!!


 銃声が廃墟に反響する。


 画面がわずかに揺れる。

 しかし、頭部はそのまま。

 煙だけがふわりと漂い、やがて消えていく。


 橘は、何事もなかったかのように再びカメラを見つめた。


「……私自身も半分は幽霊という名のフィクション。この様に物を透けさせる力があります」

「編集だと言われたらそれまでですが、どうか、信じていただけないでしょうか」


 静かな声に熱をこもらせて続ける。


「最後に……複数のアカウントで荒らしのようにこの動画を投稿して、様々な方が不快になられたと思います。この度は大変申し訳ございませんでした」


 椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「しかし、私はなんとしても伝えたかったっ情報規制の網を掻い潜り、あなた達にこの国の実態を」


 顔を上げ、苦悶の表情でカメラを見つめる。

 その視線は、画面越しの“誰か”を射抜くようだった。


「どうか、一人でも多くの人が、私と同じように声を上げてくれることを……祈ってます」


 映像はそこで途切れる。


 ノイズもなく、唐突に終わった。


 ◇


 動画が終わった瞬間、周囲の音が一気に戻ってくる。


 文化祭の笑い声。

 焼きそばの呼び込み。

 遠くで弾ける風船の音。


 なのに、それらがやけに遠い。


「……ハハッ」


 護は小さく息を吐き、乾いた苦笑いを浮かべた。

 冗談でも余裕でもない、ただの現実逃避に近い笑い。


 スマホを持つ手に、わずかに力がこもる。


「最悪の宣戦布告だな……兄貴」


 その声音には、皮肉と諦めと、わずかな怒りが混じっていた。


 画面の中で静止した兄の顔。

 廃墟を背に、真っ直ぐこちらを見るその瞳。


 護は鋭く睨みつける。


 文化祭の空気とはまるで噛み合わない、冷たい視線だった。

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