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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第3章 兄と約束編

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第44話 巨人の夜明けと傲慢の糾弾

 広く、暗い地下牢を――

 狩野、実、爆谷の三人は駆けていた。


 天井は高く、灯りはまばら。

 鉄格子と石壁が延々と続き、足音が不気味に反響する。

 湿った空気が肺にまとわりつき、呼吸が重い。


 途中、壁沿いに――

 上へと続く階段。


 爆谷は、走りながらちらりとそれを横目で流した。


 間延びして残る不気味な足音。

 誰も口を開かず、空気だけがその場に滞っていた。


 その静寂を裂くように、


「牧野さん、大丈夫ですかね……」


 実が口を開いた。


「大丈夫だ」


 狩野は、即答した。

 迷いのない声。


「俺も詳しくは知らねぇがな」

「牧野さんの能力は、あの井川さんを超えて、現災署内で、最強の火力らしい」


「え!!」


 実が目を見開く。


「そ、そうだったんですか……」


「眼鏡の研究者は、小難しい能力だと思ってたか? なら、漫画の見過ぎだな」


「ゔっ……」


 図星を突かれ、思わず声が漏れた。


 その瞬間。 


「――っ止まれ!!」


 狩野が叫んだ。


 実は急停止し、足を踏みしめる。


 視線の先。

 広く、巨大な牢の扉が――開いている。


 その奥。

 黒く、ぬらりとした影が蠢いていた。


 無数の触手。

 天井と床を這い、空間そのものを支配する異形。


 そして、その後方。

 両手を構え、糸を操るような姿勢で立つ――

 一人の、黒いコートの男。


「あの人が……」


 ごくりと唾を飲み込む。


「サクヤ……!!」


 狩野が歯を食いしばった。


「……なぜ」

 サクヤが低く問う。

「お前らが、ここを突き止められた」


「深海さんのおかげだよ」

 狩野が言い返す。


「……なるほど」

 サクヤは小さく頷いた。

「そういえば、今まで元の持ち主を、生かした事はなかったな。そういうリスクが出てくるのか」


 納得したような口調だった。


 実は、周囲を見渡す。


「……1人なんですね」


「……フッ」


 サクヤの口元が、わずかに吊り上がる。

 笑いを噛み殺すような、短い息。


 次の瞬間――


「ハハ……」

「ハハハハハッ!!」


 抑えきれなくなったように、笑い声が弾けた。


 乾いた地下牢に反響するそれは、

 喜悦と狂気が混じった、不自然な笑い。


 サクヤは肩を揺らしながら、

 まるで待ち望んでいた瞬間が来たかのように、声を上げ続ける。


「なんだよ、気味悪ぃな……」

 狩野が顔をしかめる。


「いや、つい嬉しくてな」


 サクヤは、肩をすくめるようにしながらも、

 口元の歪んだ笑みを隠そうともしなかった。


「折角だ、聞いてくれ」


 一歩、前に出る。

 視線は真っ直ぐだが、その奥が異様に輝いていた。

「俺は……あと四時間で『巨人』を手に入れることができる」


「……?」


 実は、思わず一歩だけ後ずさった。

 視線が定まらず、無意識に床を見てから、再びサクヤへ流した。


 サクヤは天井を仰いでいる。

 その視線はどこか遠くを見ているようだった。


「研究所の爪弾き者だった俺が……!!」


 突然、独白のような声が弾けた。


「凡人だ、才能がないだ、罵られてた俺がだ……!!」


 実と狩野。


 二人の存在など、最初からなかったかのように、サクヤが天に叫び出す。


「ドラゴンに匹敵する力を手に入れるんだ……俺一人の力でな!!」


 サクヤが勢いよく顔を下ろす。


 実の目に、映った顔は恍惚とした表情で。


 その瞳には狂気が、はっきりと滲んでいた。


「何が一人の力だよ……」

 狩野が吐き捨てるように、言葉を続けた。

「橘想と、東京第2のデータがあってのことじゃねえのかよ」


「ハッ、違うな……」


 サクヤは即座に否定する。


「確かに、あいつらは0から1を生み出した、天才達だ」

「だがな。それら無数の1を、活用し、利用し、組み合わせたのは他でもない」

「俺自身の力だ……!!」


 サクヤは、ゆっくりと胸を張った。

 そこに相手の反応をうかがう様子はない。

 

「俺みたいな凡人に、天才どもは先を越されたんだよ!!」

 自分の価値を、世界に刻みつけるように叫んでいた。


「橘想も、東京第2も、結局俺の研究の道具に過ぎない」

「……ツグミもな」


「っ!!」


 実は、思わず息を呑んだ。

 胸の奥が、ひやりと冷える。


「……どういうことだ?」

 

「あいつは、巨人を生む為の生贄になるんだ」


 サクヤは淡々と答え始める。


「あと4時間で、あいつの存在はフィクションの底へと埋まる。『巨人』を現実に産み落としてな」


 一瞬、沈黙があった。


「なん、だよ、それ……」


 狩野の声が、低く震える。

 握り込んだ拳が、微かに揺れていた。


「人の命を、なんだと思ってるんだ……!!」


 実の声が裏返った。

 気がついたら叫んでいた。喉がじりりと熱を帯びる。


「……お前らが、言えたことじゃないだろう」


 サクヤは冷たく返す。

 声には波ひとつない。


「……はあ?」


 実の口が、半開きのまま止まった。

 言葉が出てこない。


「……どういう意味だ」


 狩野が、静かに、しかし強く睨んだ。

 怒鳴るでもなく、ただ真っ直ぐに。

 その目だけが、鋭く光っていた。


「夏焼村がドラゴン……焔堂に襲われた、あの日」

 サクヤは、わずかに視線を逸らした。

「橘想らは、他の二つの地域でも、現災を同時発生させていた」


「!?」


 実と狩野が、思わず息を呑む。


「だがお前らよりも、人手不足だった中部の現災署は、ドラゴン討伐を後回しにした」


 サクヤの声が、わずかに硬くなる。


「理由は、聞かなくてもわかる──田舎だからだ」

「現災署は、多くの人を救えるよう、都会にだけ、隊員を回した」


 視線を伏せたまま、続ける。


「結果、俺達の両親は死に、夏焼村は壊滅。村一つが消えるほどの大災害となった」


 サクヤの声が、わずかに強まる。


「あとから慌てて来た隊員達が、死んでいくのを見るのは滑稽だったな」

「少数の命を、軽々切り捨てる偽善者には、お似合いの最後だったよ」


 サクヤは、ゆっくりと顔を上げた。

 そして、口元を歪めて微笑んだ。


 実は、視線を落としたまま、しばらく動けなかった。

 サクヤの言葉の一つ一つが、胸の奥に沈んでいく。

 静かに、重く、軋んでいた。


 そんな実を、


「お前」


 サクヤは、ジロリと睨みつけた。


「人の命をなんだと思ってる……とかなんとか言ってくれたな」

 

 感情の起伏はない。声も、表情も。


「その言葉。そっくりそのまま返させてもらう」

「お前らの方こそ、傲慢で、非道な……命の選別者だ」


 最後の言葉だけ、ほんの僅かに声が強まっていた。

 怒りを叩きつけるのではなく、

 積もり続けた憤りが、割れ目から漏れ出たようで。


「……」


 実の視線は、床に縫い止められたままだった。

 そこにあるはずのない情景を、見てしまった感覚。

 唇を噛む。

 否定も、肯定もできないまま、感情だけが、静かに残った。


「実、今は考えんな」


 狩野の声が、すぐ背後から届いた。

 次の瞬間、無骨な手が実の肩に置かれる。


「結局あいつがぶっ倒すべきイカれサイコパスにゃ変わりねぇ」


「……はい」


 実は、複雑な表情を拭いきれないまま、小さく頷いた。


 その様子を一瞥してから、狩野は背後を振り返る。

「おい爆谷。さっきから黙ってるが、ちゃんと戦──」

 言い終わる前に、狩野の視線が止まった。


「はああああ!?」


 そこに、人影は見当たらない。

 まるで最初から、何もなかったかのように。


 視界に残っているのは、

 床に無造作に落ちている、おやつのゴミ。

 その中に、紛れるようにして、一枚の紙切れが転がっていた。


『飽きたから帰るっす〜

 俺っち抜きで頑張っといて〜』


 力の抜けた、殴り書き。


「何がしたかったんですか、あの人……」

 実の口から零れ落ちた。


「そろそろ……お喋りは、終わりだな」


 サクヤが、一歩前に出る。


 空気が、変わった。


「来るぞ!!」


 狩野の叫びが、地下牢に反響する。


「はい……!!」


 実は反射的に息を吸い、身構えた。


 思考より先に、身体が危険を理解していた。


 次の瞬間――

 闇の奥から伸びた、異形の触手が、二人を引き裂くように、一直線に襲いかかった。

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