表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/50

第34話 心の萌芽と結んだ小指

──翌日。


 防災省特設寮は、静かだった。


 無機質な外壁。最低限の装飾しかないエントランス。

 セキュリティ用の監視カメラが、無言で出入りを見下ろしている。


「お邪魔しま~す」


 佐倉の軽い声が、廊下に間の抜けた反響を残した。


 実は苦笑しながら鍵を閉め、部屋の明かりをつける。


 ワンルーム。


 ベッド、簡易的な机、折り畳み椅子。

 壁際にはまだ段ボールが二つ積まれたままで、生活感と呼べるものはほとんどなかった。


「……まじでなんもないな」


 遠慮なく言ってから、佐倉は「しまった」、という顔をした。

 口を開いたまま、一瞬だけ視線が泳ぐ。


「……ごめん」


 実は、ほんの一拍置いてから首を振った。


「いや、気にしないで」


 そう言って、柔らかく笑う。


「越してきたばっかだからね」


 その声色が、思っていたよりもずっと軽かったせいか、

 佐倉は少し拍子抜けしたように目を瞬かせた。


 気まずさも、腫れ物を触るような感じも、そこにはなかった。


「それより」


 実は話題を切るように、足元に積まれた段ボールの一つを開ける。


 中から取り出したのは、見慣れたゲーム機だった。

 起動音が小さく鳴り、画面にはすでにタイトルロゴが映っている。


「ゴラクエするんでしょ」


「あ、思ったよりノリノリだったんだ」


「まあね」


 実は、少しだけ照れたようにニコッと笑った。


 佐倉も自分のゲーム機を取り出し、床に腰を下ろして電源を入れる。

 画面が切り替わり、戦闘が始まった。


「あ、そこ絶対ベヒョマズンの方がいいよ」


 実が画面を見たまま、少し早口で言う。


「いや!! 先にいってくれよ!!」


 佐倉はコントローラーを操作しながら、焦ったように声を荒げた。


「あ!! 倒されたって~」


 佐倉は思わず声を上げ、画面に表示された敗北演出に視線を落とす。


「佐倉、やっぱあんま上手くないね」


 思わず漏れた実の笑い声に、

 佐倉も釣られるように肩を揺らす。


 その空気を裂くように、不意に音が鳴った。


 ──ピンポーン。


 二人同時に、画面から顔を上げる。


「……誰?」


「うーん、誰だろ」


 実はコントローラーを置き、立ち上がる。

 インターホンの画面を覗いた瞬間、目を見開いた。


『……あ、えーと、実?』


「狩野さん!?」


『あ、おう、よう』『……えーと』


 続けて、少し離れた位置から、別の声が被さる。


『……励ますんじゃなかったの』


 ツグミの声だった。


『いや、それ直接言うのはなんか違く──』


 狩野の言葉を遮るように、ツグミが淡々と続ける。


『実くん、大丈夫?

 私達で良かったら、話聞くから』


 ほんの一瞬、間が空いてから。


『良かったら、開けてくれない?』


「……ツグミさん」


 実の目が、わずかに潤んだ。

 喉の奥が、きゅっと詰まる。


『いやお前、俺が誘ったから来たくせに』


『いや、私も元々心配してたから』


 そのやり取りを聞いていた佐倉が、思わず小さく吹き出す。


「とりあえず中入れたら?」


 実は深く息を吐き、インターホンに向かって答えた。


「あー、じゃあ二人共お願いが……」



「ゲームなんて初めて買った……」


 ツグミは、ゲーム屋のレジ袋をぶら下げたまま、

 少し戸惑ったように呟く。


「実もゴラクエやってたのかよ!! 言えよおい!!」


 狩野はやけにテンションが高く、

 実の肘をぐいっと突いた。


「僕、結構やり込んでるんですよね」


「おう、実、おかえ──……!!」


 部屋に入ってきたツグミの姿を見た瞬間、

 佐倉の動きが、ぴたりと止まった。


 視線が固定されたまま、数秒。


「……おい、お前ちょっとこっち来い!!」


「え、なになに」


 小声で言いながら、実は腕を掴まれ、部屋の隅へ引っ張られる。


「なに、あの可愛い子!!」


「あー、バイトの先輩のツグミさんだよ」


「俺に紹介して!!」


「え? 佐倉彼女できたんじゃ……」


「先週フラれたの!!

 なんか子供みたいでヤダって!!」


 実は一瞬耐えたが、次の瞬間、吹き出した。


「ちょ!! 何笑ってんだよ」


「フフッごめんごめん」


 声を抑えようとしても、肩が震えて止まらない。


「……ま、いいか」


 佐倉は、諦めたように、でもどこか柔らかい笑みを浮かべた。


(実が笑えるんだったら、フラれてよかったかもな)


「実くん得意なんでしょ。教えてよ」


 ツグミが振り向き、コントローラーを軽く掲げた。


「あ、 はい。いいですよ」


 実は少し躊躇ってから、ツグミの隣に腰を下ろした。

 肩の距離が、思ったより近い。


(……いや、よくないかも)


 佐倉は、そんなことを思いながら、

 画面の向こうで動き始めたキャラクターを、じっと見つめていた。



──現災署。


「護、ちょっと話が」


「な〜に〜?」


 片目に眼帯をした護は、椅子にだらしなくもたれたまま、首だけをぐいと後ろに倒し、牧野を見上げた。


 天井の蛍光灯が、白く眼帯を照らしている。


「バックアップも、位置情報を特定できるデータもないじゃない」


「……あぁ、それ?」


 気の抜けた声。

 牧野は眉をひそめ、机の上に置かれた端末に視線を落としたまま続ける。


「どういうことか、ちゃんと説明して」


「ん〜……今はまだ、言えない」


 護は軽く肩をすくめ、首を元に戻した。その動作には、どこか演技じみた軽さがあった。


「……彼女にも、話してくれないんだ……」


 牧野の声が、少しだけ小さくなる。

 視線は床に落ち、指先が無意識に白衣の裾を掴んでいた。


「あ、寂しくなっちゃった?

 寂しくなっちゃった?」


 護は椅子を軋ませながら身を乗り出し、わざとらしくニヤニヤと覗き込む。


「っ、もういいもん!!」


 牧野は顔を赤くして立ち上がり、そのまま早足で部屋を出ていった。


 バタン、と扉が閉まる。


 その音が消えた瞬間、護の表情から、すべての軽さが消えた。


 背もたれに深く沈み込み、視線だけを天井から壁へと落とす。


(……裏切り者に勘付いてることを、悟られるわけにはいかない)


 脳裏に、名前が浮かぶ。


(ほぼ確実にシロと言えるのは、過去を洗い尽くした狩野と、初期からいた牧野だけ)


 指先が、無意識に肘掛けを叩く。


(現災署内に、裏切り者がいる。

 謝った手前あれだけど、

 やっぱりタイミングが出来すぎている実は怪しいな……


 昨日の突然の現災発生。

 実は襲撃をやめて、現災対処に向かった。

 現災署の隊員としては正しい行動だけど、

 家族が皆殺しにされてるのに、迷わず対処にいけるのは、やっぱ不自然にみえちゃうな。


 敵を逃がす為っていわれたら説明がつくし。


 いや……)


 護の眉がきつく寄る。


(実よりも怪しいのが一人いるな……)



「……負けた? この俺が……?」


「ふーん。案外、面白いねこれ」


 端末の画面には、佐倉のモンスターがツグミのモンスターに敗北した結果表示が、はっきりと映っていた。


「初心者に、負け……?」


 佐倉は信じられないという顔で、画面とツグミを交互に見比べる。


「があ〜!! 負けた!!

 お前、まじでやり込んでるじゃん!」


 隣では、狩野の画面にも勝利演出が流れていた。

 実のモンスターが、堂々と立っている。


「(じつ)実は実、やり込んでるんですよ」


 実は、えっへんと言わんばかりに胸を張る。


「……おぉ、わかりにくい小ボケだ」

 

 狩野が、呆れたように言った。


「次、狩野倒させてよ」


 ツグミが、狩野へコントローラーを軽く掲げた。


「お前、俺のこと舐めてんだろ」


──ピーピーッ、ピーピーッ。


「あ、護さんからだ」


 スマホを確認し、狩野は立ち上がる。


「一旦、出るわ」


「逃げんの?」


 ツグミが、からかうように言う。


「お前、後でぜってーボコボコにするからな」


 狩野は振り返らずに言い残した。


「ツグミさん!! 俺ともう一戦!!」


 佐倉が食い下がる。


「……佐倉くん、ちょっと弱いから嫌かも」


 ツグミは即答だった。


「俺に会心の一撃……」



 玄関。


 ドア一枚隔てた向こうから、かすかに車の走行音が聞こえてくる。

 住宅街の中では珍しくない音なのに、今はやけに遠く感じられた。


 狩野は靴箱の脇の壁にもたれ、声を潜めるようにして通話を受けていた。

 室内には誰の気配もなく、生活の匂いだけが静かに残っている。


「……なんすか?」


『狩野に頼みたいことがあってさ』

『ちょっと、見張って欲しいんだよね〜』


 軽い声色。しかし、どこか慎重に間を置いている。


「……あいつらの捜索に、進展が?」


『いや、違う違う』

『……見張って欲しいのはね』


 一瞬、通話の向こうが沈黙する。


『  』


 狩野は、眉をひそめた。


「……は?」


『とりあえず、詳しい話をしたいからさ』

『今から署まで来てよ』


 軽い口調とは裏腹に、有無を言わせない声音だった。


「……了解です」


 通話が切れる。

 その瞬間、さっきまで頭を占めていたゴラクエのことは、完全に抜け落ちていた。



 佐倉がトイレへ向かい、部屋のドアが閉まったあと。


 一瞬だけ、空気が変わった。


 ゲームの効果音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……佐倉くんは、どこまで知ってるの?」


 コントローラーを握ったまま、ツグミがぽつりと聞いた。


「……あ」


 実は一瞬だけ指を止めてから、苦笑する。


「すみません」

「僕が耐えきれなくなって、色々話しちゃったんですよね……」


 ツグミは、少しだけ目を伏せる。


「護さんは、なんて?」


「はい。昨日すぐに電話で話したんですけど……」


 実は、どこか真似るような口調で続けた。


「『一般人に言わないよう、キツ〜く言ってくれるならおっけーい』」

「……って言われました」


「そうなんだ……」


 ツグミは、画面を見つめたまま、小さく息を吐く。


(普通は、ダメなはずなんだけど……)


 実は何も言わず、再びコントローラーを操作し始める。

 ボタンを押す指の動きは、さっきよりも少しだけ速い。


(実くんを気遣ってのこと……なのかな……)


「あ」


 ツグミの声。


 画面には、彼女のモンスターが倒れる演出が映っていた。


「勝ててよかった〜」


 実は肩の力を抜いて笑う。


「ツグミさん、本当うまいですね」


「……ちょっと」


 ツグミは、ほんの少しだけ口をとがらせる。


「もう一回やろうよ」


 そのタイミングで、ドアが開いた。


「ごめん、流石に暗くなってきたし帰るわ」


 佐倉が頭をかきながら顔を出した。


「あ、うん。今日はありがとね」


 実がそう返す。


 窓の外では、夕焼けがすっかり夜に溶けかけていた。

 街灯がぽつぽつと灯り、ガラスに反射して揺れている。


「え、もうそんな時間だったんだ」


 ツグミが窓を見る。


「勝負はお預けですね」


「うーん……普通に、結構悔しい」


 その言葉に、実は思わず小さく笑う。


「じゃあ、また今度やりましょう」


「……わかった」


 ツグミは微笑んで、荷物を手に取り立ち上がる。


「今度こそ、負けないからね」


「フフッ。なんか決闘の約束みたいですね」


「……そうね、約束」


 ツグミはそう言ってから、少し考えるように視線を泳がせたあと、

 不意に右手を上げた。


 小指だけを立てて、実の方へ差し出す。


「……え?」


「約束って言ったでしょ」


 真剣な目で、実を見つめるツグミ。


 実は一瞬戸惑いながらも、同じように小指を伸ばす。


 指先が、軽く触れ合う。


 それだけで、何かが静かに結ばれた気がした。


「今度こそ、負けないからね」


「はい。受けて立ちます」


 ツグミは小さく笑い、小指を離すと、そのままドアへ向かった。


 振り返らずに、手をひらひらと振って。


 そして、部屋を後にした。


 ドアが閉まる音が、やけに静かに響いた。


 実は、その場から動けずにいた。

 しばらくしてから、ゆっくりと窓の方へ歩く。

 カーテンの隙間から見える外は、すっかり夕暮れで、

 空は群青色に沈みかけていた。


 街の明かりが、ぽつり、ぽつりと灯り始めている。

 ガラスに映る自分の顔は、少しだけ、柔らいで見えた。


『その奇跡に感謝して、今は笑って過ごそうぜってことだ』


──現実逃避に似た考えでも、

 無責任な考え方でも、

 僕は確かに救われた。


 なにが正しいかは、今の僕にはわからない。


 責任を取るべきなのか、

 忘れて過ごすべきなのか。


 だから、

 どっちが正しいのかは、

 これから考えようと思う。


 一緒に考えてくれる人が、

 僕にはいたんだから──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ