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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

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第31話 看破の罠と偶然の綻び

──前日。


 現災署・作戦会議室。

 天井の白灯が低く唸り、壁一面のモニターには関東全域の地図が投影されている。

 色分けされた区画と待機ポイントのアイコンが、無機質に瞬いていた。


「関東全域に別れて待機っすか……?」


 狩野が眉をひそめ、地図を見上げた。


「そ。じつは襲われる可能性を考慮してさ」

 護は椅子の背にもたれ、軽い調子で続けた。

「牧野に、重要なデータ消すように言っといたんだよね〜」


 狩野とツグミが、同時に牧野の方を見る。


「うん」

 牧野は端末を抱えたまま、小さく頷いた。

「まさか本当に襲われるとは思ってなかったけど」


「それでそのバックアップデータが、今第2の地下に残ってる」


 護の言葉に牧野が、はっとしたように顔を流した。


「しかもさ」

 護は指を鳴らす。

「そのデータを使えば!!侵入した現想使いの位置情報、特定できるんだよね〜」


「え……」

 ツグミが目を見開き、牧野へ顔を流す。

「凄いですね、それ」


「……え、えぇ」

 牧野は少し眉を動かし視線を逸らした。

「実際に、近くで現想を使われないと追跡できないから、瞬間移動の子だけなんだけどね」


「ってことで!!」

 護はぱん、と手を叩く。

「明日俺がそれ回収するからさ。みんなには、あいつらの拠点がどこにあっても奇襲できるように、関東全域で待機してほしいってわけ〜」


 モニターに次々と表示される名前。


「実は東京。牧野は千葉。深海は神奈川。ツグミは栃木でよろ〜」


「(`・ω・´)ゞ」


「了解です」

 ツグミも短く答える。


 深海、ツグミ、牧野は足早に部屋を出ていく。

 扉をくぐる瞬間、ツグミだけが一度立ち止まり、心配そうに実を振り返った。


 扉がゆっくりと閉まる。


 狩野は去っていくその背をボーッと見つめていた。


 しかし、


「……え、俺は!?」


 ハッとなり、声を上げた。


「だって狩野の能力、昼使えないじゃん」

 護は悪びれもせず告げた。

「東京で待機しといて。場所分かり次第移動したら、ちょうどその頃夜になるっしょ」


 そして、思い出したように立ち上がる。


「じゃ、俺は防災省で用事あるから」


 軽い足取りで退出していった。


「相変わらず適当だな……」


 狩野はそう呟き、実の方へ顔を流した。


 実は、見開いた目のまま、黙って机を見つめている。


(……いや、実のこと気遣ったのか……)


「……実、大丈夫か?」


 一拍、間が空いた。


「……別に、大丈夫です」


 絞り出すような声。

 実の顔は動かない。ただ、机の木目だけを、無言でなぞっていた。


「みんな、僕と同じ経験……してるんですから」


 実は、椅子の肘に指をかけ、ゆっくりと後ろに体重を預けた。

 きし、と小さな音を立てて椅子が後ろに引かれる。


 立ち上がったその背中は、妙にまっすぐで、

 無理に崩れないよう、力を入れているのがはっきりと分かった。


「いや……」


 狩野は思わず目を逸らす。


(くそ……なんて言えばいいんだよ……)


──ガチャッ


 実は静かに部屋を出ていく。


 その瞳は、瞬きを忘れたみたいに見えた。


 狩野は窓の外へ顔を流す。


(……井川さんなら)

(なんて声をかけたんだろう……)


 答えのない問いだけが、心に響いていた。



──現在。


 東京第2現災署跡地。


「……う……あぁ……」


 床に崩れたナナは、手錠をかけられた両腕で顔を押さえたまま、静かに震えていた。

 声にならない呻きだけが、

崩れ落ちた瓦礫と、まだ原型を保つ白い壁が同居する、東京第2の空間に滲んでいく。


 護は、その様子を気にも留めず、スマホを操作していた。

(よりにもよって、東京か……)

(関東全域に散らして待機させてたのが、裏目に出る可能性があるな)


 画面を睨みながら、わずかに眉を寄せる。


(ウチそこまで舐められてたんだ)


 ふと視線を落とす。

 床に倒れたまま、かすかに身を強張らせているナナが視界に入った。


(……いや)

(こいつの能力があったから、万が一の時は逃げられたのか……)


 護は一歩近づき、淡々と声を落とした。


「ねぇ、クソガキ」

「なんで俺が、ここに来るってわかったのかな?」


 ナナは顔を覆ったまま、必死に首を振った。


「……っわかんないです……」

「わたしはっ……ここに『まもる』が向かってるって……」

「そう、聞かされただけで……」


 か細く、途切れ途切れの声。


「ふーん」

 護は興味なさげに呟き、視線をスマホへ戻す。

 口元の軽さが消え、眉の奥だけが、わずかに歪んだ。

(……やっぱり、ウチにいるな)


──ブブッブブッ──


「……っ!!」


 護の視線が、床へと落ちる。


 ナナのそばに転がったスマホが、静かに震えていた。


(……まずいな)


 短い振動が、床を伝って何度も響く。

 数秒が、やけに長く伸びて――

 やがて、バイブ音が途切れた。


「チッ」


 護は舌打ちし、素早くスマホを操作する。


(クソッ……やっぱ裏目に出たか……!!)



 実は、夕方の街をふらつくように歩いていた。

 西日に染まったアスファルトが、じんわりと熱を残している。

 通りを行き交う人の影が長く伸び、日常のざわめきだけが耳に入った。


「……渋家区大黒南1丁目、使われてないビル……」


 声には抑揚がなく、感情の置き場所を失ったみたいだった。

 その目は、焦点が合っていない。

 生きているというより、ただ開いているだけの目。


 ふと、実は顔を上げる。

 窓の外に、横断歩道が見えた。


 信号待ち。

 歩道には、制服姿の女子中学生が数人、輪になって立っている。


「ねー、今日、部活サボって寄り道しない?」

「いいじゃん!! アイス奢ってよ!!」

「えー、なんで私がぁ」


 高い笑い声。

 肩をぶつけ合って、他愛もない話をしている。


  笑ってる。

 世界は何事もなかったみたいに。


 その光景が、唐突に歪んだ。


『だめ!!お兄ぃと一緒に逃げる!!』


――花。


 実の目が、かっと見開かれる。

 息を吸うのを忘れたみたいに、喉が鳴った。


 視線が落ちる。

 スマホを握る指が、わずかに震える。


 胸の奥に、空洞みたいな冷えが広がっていく。


「……殺さなきゃ」


 呟きは、ほとんど音になっていなかった。


 実は、ゆっくりと前を向く。


「……あそこか」


 目を細め、視線の先を凝らす。

 夕焼けの空を背に、使われていないビルが立っていた。

 色褪せた外壁。割れた窓ガラス。

 帰宅途中の人波から、そこだけが切り取られたみたいに浮いて見える。


 そのとき、ポケットのスマホが鳴った。

 夕方の空気を裂く、着信音。


 実は一瞬だけ立ち止まり、画面を確かめる。そのまま耳を預けた。


『実くん、ごめん』


 護の声。

 そこにはいつのも軽さはなかった。


『あいつらに気づかれた可能性が高い』


「っ……!!」


『作戦通り、奇襲をかける』

『他の隊員が来るまで、時間稼ぎを頼みたい』


 実は短く息を吸い、

 口を開いた。


「……わかりました」


 通話が切れる。

 実はスマホを握りしめる。

 再びビルを見据えた。


「逃がすか……」


 夕焼けに背を押されるように、

 実は地面を蹴り、走り出す。



「……」


 一番年長に見える青年が、通話を切った。


「どうやら、罠だったらしいな……サクヤ」


 そう言って、壁にもたれかかる黒いロングコートの青年──サクヤへと視線を向けた。


「……なんだと?」

 サクヤは眉をひそめる。


「じゃあ、サクヤの送り込んだスパイが、偽の情報を掴まされたってことか」

 焔堂が、軽い調子で肩をすくめた。


「……どうするんすか?」

 気だるそうな青年が、一番年長に見える青年へ顔を向ける。


「……ここから退散する」


「おっけーっす」

 気だるげな返事と同時に、部屋の空気が切り替わる。


 気だるげな青年はキーボードから手を離し、慣れた手つきでノートパソコンを閉じた。

 サクヤも無言のまま立ち上がり、コードを引き抜き、機材をまとめていく。

 どちらの動きにも迷いはなく、撤収は手早かった。


「おいおい、逃げんのかよ」

 焔堂は椅子にだらしなく腰掛けたまま、鼻で笑った。


 その言葉にも誰も応じず、

 室内には、淡々と片付けられる機材の音だけが響いていた。


 キーボードを叩く音も、会話も消え、残るのはファスナーを閉める音や、

 机に触れるわずかな振動だけだった。


 気だるげな青年は立ち上がり、肩を軽く回すと、

 閉じたノートパソコンを無造作に年長の青年へ手渡した。


「じゃあ俺っち、現災起こして逃げる隙作るっすわ」

 気だるげな青年は軽い調子でそう言い、肩越しに振り返った。


「あぁ……頼ん――」

 年長の青年が応じかけた、その途中で言葉が途切れる。


 一瞬、何かに気づいたように視線が泳ぎ、

 次の瞬間、口を閉ざして沈黙した。


「……いや」

 一拍置いて、年長の青年は小さく息を漏らす。

「フッ……その必要は、なくなった」


「え?なんでっすか?」


「……現災が今、自然発生した」

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