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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

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第30話 共傷の尋問と血塗れの笑顔

光の少ない、外界から切り離されたような部屋。


 モニターの光だけが、ぼんやりと壁を照らしている。

 空調の低い唸りと、キーボードを叩く乾いた音。

 それ以外は、妙なほど静かだ。


「でさ!!そいつが金でシーソー作りやがってよ!!」


 焔堂は相変わらずだった。

 誰に聞かせるでもなく、戦いの話を一人で続けている。

 返事はない。止める気もない。


 ソファに横になっていたナナが、天井を見たまま口を開く。


「……そろそろ、着いた頃かしら」


 身体を起こし、床に足を下ろす。

 軽く首を回し、そのまま立ち上がった。


「じゃ、いってくるわ」


「うい、いってらす〜」

 気だるそうな青年が、画面から目を離さずに言った。


 ナナは拳銃を手に取り、立ったまま目を閉じる。

 深呼吸ひとつ。



――次に目を開けたとき。


 そこは東京第2現災署だった。


 無機質な壁。色も温度も感じさせない、空虚な空間。


 ナナがふう、と一息ついたその時、

 

「……ああ、やっぱ釣れちゃうんだ」


 背後から声が響いた。


「っ!!」


 ナナは反射的に振り向く。


 崩れた瓦礫。

 壁と、簡易テーブル。

 その上に無造作に置かれたパソコンとマウス。


 そして。

 男が一人。

 ナイフを片手に、やけに場違いな軽さで腰掛けていた。

 男の口元が、わずかに吊り上がる。


 そのまま、ためらいもなく刃を振り上げた。


「っ――!!」


 ナナは息を詰め、反射的に拳銃を引き抜く。


 だが──


──グサリッ──


 鈍く、嫌な音。


 男は――

 自分自身の目に、刃を突き立てていた。


「――――――――――――――――――!!」


 空気を引き裂くような悲鳴が、空間に叩きつけられた。


「いああああああっ!!」


 声が裏返り、途中で割れる。

 意味のある言葉には、もうならない。


 焼けるような痛みが、視界を貫く。


「……っ、あ……!!」


 力が抜け、拳銃が床に落ちた。

 ナナは思わず膝をつく。


(なに……!?なにをされたの……!?)


 視界が、歪む。

 世界の半分が、抜け落ちたような感覚。


「あぁっ……痛いよなぁ、これ」


 男は目を抑えながら、半笑いのまま、こちらを見下ろしていた。


(こいつが……『まもる』……!?)


「くっ……!!」


 ナナは震える手で拳銃を拾い、再び構える。


「あ、それ。おすすめしないよ」


 軽い口調が飛んできた。

 血に染まった顔とは、あまりにも釣り合わない。


「……は?」


「察し悪そうだから、教えてあげる」


 男――護は、指で自分を示した。


「俺の現想生装『バフォメット』は、発動中、自分と自分以外の生物1体の損傷を共有するんだよね」


「……なん……ですって……」


「俺を撃ってもいいけどさ」

 護は親指と人差し指だけを立て、ナナに向けた。


「君の頭も一緒に、ヘッドショット!!」

 人差し指が、ひょいと弾かれる。

「……だよ?」


 その瞬間、力が抜けた。

 拳銃が手を離れ、床に落ちる。


(まずい……)


「……君やっぱ、瞬間移動できないよね」


 「っ!!」

 ナナはしゃがんだまま顔を上げた。

 瞳を大きく見開き、息を呑む。

 その瞳には恐怖と困惑が入り混じり、身体が小さく震えた。


 護は、血に濡れた顔で――満面の笑みを浮かべていた。


「監視カメラの映像をみてわかったんだ」

「お前、井川さんと戦ってる時、チラッチラッ何もない壁を"見てた"でしょ?」


(こいつ……)


「そしていつもその壁を"見てる"状態でその場に現れていた」

「あの壁を見る動作はいわば"セーブ"」

「お前の現想技物『瞬間移動』は自分の映像記憶が再現できる場所への移動、俺はそう仮説を建てた」


 軽やかに語りながら、テーブルから降りる。


「どう?合ってた?」

 護はポケットを探りながら、にこやかに問いかけた。


(そこまで気付いて目を……?)


 ……ぽたり。

 テーブルの縁から、血が一滴落ちる音。

 誰も動かず、空気だけが冷えていく。


 額からつたう汗と、片目の激痛だけが、鮮明に伝わった。


「……でさ」


 護が視線と声を、斜め下に落とした。


「こっちは、大事な隊員殺されてんだけど……」


 ゆっくりと顔を上げ、護はナナを見下す。


「どう落とし前つけてくれんだ?クソガキ」


 血に濡れた片目だけが、かっと見開かれる。

 割れかけのガラスに光が走るみたいに、

 抑え込まれた怒りが、表に滲んだ。


「……くっくそっ!!」


 ナナは、弾かれたように身を起こした。

 踵を返し、逃げる方向へと踏み出す。


 ──ブチッ──


「――――――――――――――――――!!」


 空気を引き裂くような悲鳴が、空間に叩きつけられた。


「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」


 声が裏返り、途中で割れる。

 意味のある言葉には、もうならない。


 視線の先。

 震える指先。


「……う……あぁ……」


 指先の痛み。


 流れる血の涙。


──人差し指の生爪がはっきりと剥がれていた。


 痛みと恐怖が全身を震わせる。


「あぁ……きついなぁこれ……」


 背後の声に、震える顔を流す。


 護は右手に握った大きなペンチで、自分の左手の小指――爪が剥がれた指――を押さえながら、血に染まった左手をじっと見つめていた。

 

「ハハハッでもさあ!!」

 護は狂気じみた笑い声をあげ、しゃがみこむナナにゆっくり視線を向けた。


 怖い。痛い。苦しい。辛い。


 その感情が、背筋を震わせる。


「井川さんを殺したガキを苦しませられるならさぁ……」

「俺は何枚でも剥がしてやるよ」


 護はそう言いながら、ゆっくりとナナに近づく。

 血だらけの満面の笑みを浮かべながら。


 笑みの端には怒りと殺意が滲み、視線は一切ブレずにナナを捉えていた。


「……ああっ……う……」


 目が痛い。指が痛い。カタカタと震える唇を必死に動かす。


「ご……ごめんさ──」


 髪がガッと掴まれた。


「ううあぁっ!!」


 掴まれた髪に痛みを感じ、ナナは全身を震わせる。

 うぅうぐひぐっ――すすり泣きが漏れた。


 片目しかない笑顔。


 ナナの視界にはそれだけが映る。


「お前の仲間の場所を吐け」

 護の声は冷たく、瞬き一つせずナナの顔を捉えていた。


「う"う"あ"、渋家区大黒南1丁目の、」

「使われてない廃ビルですぅっ!!」


 嗚咽混じりに必死で答えた。


「……そうか」

 低く響く声とともに、


──ゴンッ


 額が思いっ切り壁に叩きつけられた。


「うああああっ!!」


 ナナは床にへたり込む。


 護は何事もなかったかのように、爪がない小指でスマホを操作したあと。

「よしっ、ありがとね!!」

 号泣しているナナを見て、微笑んだ。


 護が目の前でしゃがみ込んでくる。


 ナナの目線と同じ高さで、こちらに手錠を差し出した。


「素直に自分でつけてね〜」


 ナナは鼻を啜りながら、手錠を握る。


 震える手で、両腕に慎重にはめる。


「……つ、つけましたっ……うぅ」


「よしっ、えらい、えらい」

 護は笑顔でそう言うと、優しく左手を手錠に伸ばしナナを立たせた。


 肩の震えが少しだけ、収まり始める。

 唇を噛んで、必死に息を整える。


 その時、前から声が落ちた。


「……でもさ。片目の映像記憶で脱獄されても困るから」


「……え」


──グサリッ──


 この瞬間。


 ナナの視界から光が、

 完全に消えた。

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