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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

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第29話 空白の夏と謀略の再起

教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。

 窓から差し込む夏の光が、机の天板を白く照らしている。

 扇風機の首が、ぎこちなく左右に揺れていた。


「――はい、静かに」


 担任の声に、ざわつきが一段落する。


「明日から、夏休みです」


 一瞬の間。

 次の瞬間、教室が一気に弾けた。


「うおおお!!」

「やっとだー!!」

「部活だる……いや嬉しい!!」


 あちこちから上がる声に、先生は苦笑いを浮かべる。


「あんまり、はめを外しすぎないように。事故とか、ケガとか、気をつけるんだぞ」


 そう言って、どこか優しげに微笑んだ。


(……みんな、実の不幸を忘れたみたいに、笑って過ごしてる)


 佐倉は机に肘をついたまま、ぼんやりと前を見ていた。

 教室の空気は、もう完全に「休み前」だ。


(いや、多分――本当に忘れてるんだろうな)

(そりゃそうだ。それが、普通だよな)


「佐倉ー」


 前の席から声が飛んでくる。


「……」


「おい、佐倉ー」


「んえ……ごめん、なに?」


「やっぱ聞いてなかったんかい!!」


 そいつは笑いながら振り返る。


「今日さ、みんなで夏休みの景気づけにシオンモール行かねって話してんだけど」


「あー……」


 佐倉は曖昧に返事をしながら、視線を落とした。

 ポケットからスマホを取り出す。


 実とのトーク画面。

 最後に送ったメッセージの下に、時間だけが並んでいる。


 一週間。

 それでも、既読はついていなかった。


「……今日はやめとくわ」


「そっか。じゃあ、また誘うな」


 前の席のクラスメイトは、あっさりそう言って前を向いた。


 佐倉はスマホをしまって、窓の外を見た。

 青すぎるくらいの空。

 校庭の向こうで、蝉が鳴いている。


(夏休み、か)


 本当なら、楽しみだったはずの季節。


 それなのに、胸の奥には、

 理由のはっきりしない空白だけが残っていた。



 薄暗い部屋。

 天井近くに設置された間接灯が、最低限の輪郭だけを浮かび上がらせている。

 埃の混じった空気は淀み、複数のパソコンから漏れるファンの低音が、絶えず室内を満たしていた。

 ここは作業場であり、同時に、簡単には外に出られない閉じた場所でもあった。


「でさ!! そいつ金を盾にかえやがってさ!!」


 焔堂の声が、沈黙を遠慮なく踏み荒らす。

 隣の席では、どこか気だるそうな青年が、半眼のままキーボードを叩き続けていた。


「あー……それ、もう何回も聞いたっす……」


 画面から視線を外すことなく、面倒そうに返す。

 だが焔堂は止まらない。

 椅子を軋ませながら身振り手振りを交え、話を続けた。


 少し離れたテーブル。

 一番年長に見える青年が、背筋を伸ばしてパソコンに向かっていた。

 無駄のない指の動き。

 視線は画面に固定され、周囲の騒音を完全に切り離している。


 壁際には、黒いロングコートを羽織った青年が立っていた。

 壁に背を預け、腕を組み、微動だにしない。

 フードの影が顔に落ち、表情は読み取れない。


――ギィ。


 重たいドアが、低い音を立てて開いた。


 少女が一人、部屋に足を踏み入れる。

 迷いなく歩き、一番年長に見える青年の前で立ち止まった。


「何なの、話って」


 首を傾げる少女。


「……一週間前の東京第2の件で話がある」


 年長の青年が、画面から目を離さずに答えた。


「あ、やっぱりボーナス?」


 少女は口元を歪め、楽しげに笑った。


「まぁ目的のデータもパクった上に、予定になかったデブのババアの殺害。

 ここまでやったんだから、当然よね」


 誇らしげな声音。


「あー、ナナっち。それなんすけど」


 どこか気だるそうな青年が、ようやく顔を上げた。

 手元のUSBを引き抜き、軽く振る。


「一通り調べたっすけど……

 今までの現災と隊員の情報データとか、その他諸々。

 ごっそり消されてるっすわ」


「……はぁ!?」


 少女──ナナの目が見開かれる。


「ハッ、いやありえないでしょ」


 鼻で笑い、首を振る。


「戦ってる最中も確認してたけど――」


 ナナは言葉を切り、苛立ちを噛み殺すように小さく息を吐いた。

 そのまま顔を上げ、断言する。


「研究員達は、最初から最後までゾンビに張り付かれてたのよ。

 逃げる余裕も、考える余裕もない」

 吐き捨てるように、言い切る。


「データを消す時間なんてなかったわ」


「……ほんとっすかねぇ」

 青年は、からかうように肩を揺らした。


「……は?」

 ナナは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせる。

「なにそれ、私を疑ってるわけ?」


 言葉が落ちたあと、部屋の空気が張りつめる。

 キーボードの音も、焔堂の無駄話も、いつの間にか止んでいた。


「……お前の言ってることが本当なら」

 年長の青年が、静かに口を開く。


「……現災署に、相当頭の切れる奴がいるな」


「……え?」

 ナナは一瞬、言葉の意味を測りかねたように口を閉ざす。


「つまりっすね」

 気だるそうな青年が続ける。

「俺達が第2を襲うのを読んで、

 事前にデータを消させてたってことっす」


「……そんなこと、ありえる?」

 ナナは眉をひそめる。

「それって、私達の存在を前もって把握してないと無理じゃない」


「あ!!」

 独り言みたいに語っていた焔堂が、唐突に声を張り上げた。

「それなら一人、心当たりあるぜ。

 確か……『まもる』、とか呼ばれてた奴だ」


 気だるそうな青年が、わずかに目を見開く。


「……なるほどな」

 一番年長の青年は、小さく頷いた。


「……盗んだデータに、使えそうな情報はなかったのか?」

 黙ってた黒いロングコートの青年が、低く問いかけた。


「あー……」

 気だるそうな青年はUSBを回しながら口を開く。

「一個だけ、ちょっと面白そうなのはあったすね」


 USBをパソコンに挿し、画面を切り替える。


 黒いロングコートの青年が、音もなく近づき、画面を覗き込んだ。


「この“ディープフィクション”って研究、

 なかなか興味深い内容なんすよね──」


「……で」

 ナナが、一番年長の青年に向き直る。

「結局、私は何すればいいの?」


「……現災署のデータの再回収だ」

 一番年長に見える青年が、結論だけを告げた。


「……まじかよ、めんどくさ」

 ナナは頭を押さえ、息を吐いた。


――ブブッ。


 短い振動音。

 黒いロングコートの青年のポケットからだった。


 ポケットから取り出したスマホに視線を落とし、短く指を滑らせる。

 わずかな沈黙のあと、青年は淡々と告げた。

「……どうやら、そうでもないらしい」


 ゆっくりと顔を上げる。

「その『まもる』が、崩れた東京第2に向かっている」


「……なんでそんなことまでわかるのよ。気持ち悪」

 ナナが吐き捨てる。


「バックアップの回収っすかね」

 気だるそうな青年が、頭の後ろに手をやり零した。


「……ナナ」

 一番年長の青年が名を呼んだ。


「再び東京第2に行き、『護』からデータを奪え」

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