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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

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第23話 瓦礫の食卓と底抜けた宣言

「いただきます」

「はい、召し上がれ」


 湯気の立つ味噌汁と、焼き魚。

 いつもと変わらない――夕食の光景。


「今日、学校どうだったの?」

「別に。普通」

「もう、相変わらずね」


 香が苦笑すると、

 花が箸を揺らしてくすっと笑った。


「でもね、この魚おいしい」

「でしょ?今日は当たりなの」

「やった」


 目の前で二人の小さな笑い声が転がってくる。


 ただそれを見ているだけで、胸の奥が満たされていく。


――それだけで、十分だった。



 瓦礫の山。


 崩れ落ちた家屋の残骸の下で、

 白いシャツが、赤く染まっていた。


 実は、ふらふらと近づく。


 足元が、何度も瓦礫に引っかかる。


 喉から、かすれた声が漏れた。


「……母さん……?」


「お?」

 少し前で、愉快そうな声が聞こえる。


 田中家だった瓦礫を踏みつけ、黒龍――焔堂が、その光景を見下ろしていた。


 焔堂は、倒れかけた表札に目を留める。

 そこには、ひび割れた文字で書かれていた。


――田中。


「もしかして、いきなり当たりか!!」

 楽しそうに、声を弾ませる。


──味噌汁の湯気の向こうで、箸を止めて微笑んだ母の顔。

 瓦礫に潰れ、原形を失ったその顔と重なった。


 実の足が、がくりと崩れ落ちる。


「……う、ぁ……」


 呻いた、そのとき。


「ままっ!!」


 泣き叫ぶ声が、隣から聞こえた。


 視線を横に流す。

 そこには、頭から血を流し、泣きじゃくる花の姿があった。


「あ?」

 焔堂も、花に気づく。


 その姿を見て、にやりと笑い、

 巨大な黒龍の身体を、ゆっくりと向けた。


「っ、やめろおおっ!!」


 叫びと同時に、実は足元へと手を伸ばした。

 指先が触れた金属の冷たさが、掌に伝わる。


 延べ棒だったそれは、握り締めた瞬間に形を歪め、

 引き抜く動きに合わせて、鋭い槍状へと変わった。


――ガンッ!!


 投げ放たれた金の槍は、確かに黒龍の胸元を捉えた。

 だが、硬質な音だけを響かせ、

 刃先は黒い鱗に弾かれて砕け散る。


 びくともしない。


「お、さっきより殺る気になったじゃねぇか」

 焔堂は、愉しげに喉を鳴らした。


 次の瞬間、黒龍の爪が空を裂いて振り下ろされる。

 実は地面を蹴り、紙一重で跳び退いた。


 着地と同時に、腕を振り抜く。

 形を変えた金属が刃となり、黒龍の胴へ叩き込まれ、

 火花が散った。


――硬い。


 鱗は削れただけで、致命には届かない。

 黒龍が低く唸り、巨大な尾が横薙ぎに迫る。


 実は崩れた瓦礫の中へ飛び込む。


 衝撃と粉塵に揉まれながら地面を転がった。


 その瞬間、

 粉塵の向こう、崩れた家屋の陰へと、視線が一瞬だけ流した。


「花、早く逃げてっ!!」

 戦いながら、叫ぶ。


「だめっ!!」

「お兄ぃと一緒に逃げる!!」

 涙声が、胸を刺した。


――あの時。

 僕が迷わなきゃ、母さんは死ななかった。


 違う。

 今は考えるな。


 ここで僕が、こいつを倒さなきゃ。

 花が──


  その瞬間。


――ドゴォンッ!!


 黒龍の尾が横薙ぎに振るわれた。

 爆発のような衝撃が、実の身体を吹き飛ばす。


 視界が反転する。

 空と瓦礫が入り混じる。


 息が、喉の奥で潰れた。


「……う、あ……」


 叩きつけられた地面が軋む。

 衝撃が全身を貫く。


 黒い巨体が、

 倒れ伏す実を、確かめるように見下ろしていた。


「あぁ、そうだよっ!!」

「コレだよコレ……こういう戦いがしたかったんだよおおお!!」

 焔堂は、心底楽しそうに笑い叫んだ。


 黒龍が、倒れた実へとドスリ、ドスリ、と近づく。


 瓦礫を踏み砕く重い足音が、

 静まり返った空間に響いた。


 その時。


――ガンッ。

 瓦礫が、黒龍の身体にぶつかる。


「……あ?」

 黒龍が横に顔を向けると、

 泣きながら瓦礫を投げつける花がいた。


「お兄から離れてええっ!!」


「花、だめだっ早く逃げて!!」

 叫ぶが、喉が空を切るだけだった。

 指先ひとつ動かそうとしても、身体は言うことをきかない。


 瓦礫を受けながら、

 黒龍は、にやりと口角を上げる。


「愛されたお兄ちゃんだなぁ」

 そう言って、ゆっくり巨体を花へと近づける。


「……だめだ」

 実の呟きが、届く前に。


「ゔああっ」

 花は、黒龍の手に捕まれた。


「こいつも殺せば──」


「やめろ……」


「ゔあぁ……」

 血で濡れた髪を垂らし、花が必死に呻いた。


「──もっと殺る気になるか?」

 黒龍は、微笑んだ。


「っ、やめろおおおおおっ!!」


――グチャリ。


 鈍い音。


 黒龍の手が、赤く染まる。

 滴が、アスファルトに落ちる。


 また、落ちる。


 黒龍の掌の下には──


 さっきまで、花だった物が転がっていた。


 実は見開いた瞳で、受けた。

 受け止められない現実を。


 顔が歪む。

 喉が震える。

 声にならない息が漏れる。


「……う……あ……」


 膝から力が抜け、しゃがみ込む。


 頭を垂れ、視界が地面に落ちた。

 何かを考えようとしても、思考が形にならない。

 ただ、胸の奥が、空洞になったみたいだった。


──プツリ。


 その瞬間、

 実の中で、何かが切れた。


「どうだ?どうだ?」


 焔堂の、楽しげな声。


 聞こえているはずなのに、

 その音は、実の頭には届かなかった。


「……」


 沈黙のまま、

 実は、ゆっくりと立ち上がる。

 壊れた人形みたいに、ぎこちなく。


「……」


『明日は何もないからさ、絶対試合、見に行くよ』


『……そ。』


 朝の会話が、唐突に蘇る。

 無邪気で、少し照れた――花の嬉しそうな声。


 奥歯を、ぎり、と噛み締める。

 歯が軋む音だけが、やけに鮮明だった。


 実は顔を上げた。


 見開いた目で、黒龍を捉える。


 涙は出なかった。

 震えもなかった。

 ただ、底の抜けた感情だけが、そこにあった。


 低く、掠れた声で、

 誓いでも、叫びでもなく、

 ただの事実みたいに、呟いた。


「……殺してやる」

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