表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/52

第20話 水底の死線と無言の凱歌

山間のキャンプ場。夜露に濡れた地面を、川の水音が切り裂く。


 深海は無言のまま両手を川へと沈めた。


 木の影から伸びた黒い触手が、半透明の塊へ叩きつける。


──ジュウウッ……


 触手がスライムに触れた瞬間、触手が溶け落ちていく。

 それと同時に、触手が溶けた熱と粘液の刺激が指先に伝わる。

 じわりとした焼ける感覚が走った。


 それでも、深海は構わない。


 触手を次々と叩きつけていく。

 スライムが弾け飛ぶ。溶解液を飛ばしながら形を崩す。


 水面に反響する音も、指先に伝わる熱も、深海の心を揺るがすことはなかった。

 ただひたすら、目の前の敵を叩き潰す──その一点だけを見据えて。


「ピギイイイッ!!」


 雄叫びと共に半透明の塊が、深海に向かって飛びかかってきた。

 深海が手を上げ、のけぞるようにして寸前でかわすと、触手はふっと姿を消した。


 その光景を見て、スライム達の動きが変わる。

 狙いを定めるように、一斉に深海へと向き直した。


「ピギイイイッ!!」


 その瞬間、憤怒と本能が融合したかのように、深海へと体当たりを仕掛ける。


 深海は素早く体をかわし、半透明の塊の突進を避けながら川の下流へと逃げていく。


 迫るスライム達が溶解液を吐きながらその背を追った。


──現想生装『クラーケン』


 手足を液体に沈めることで、沈めた指の本数だけ影や水面から触手を操れる。


 だが、触手が受けた損傷はその指に共有される──


 川幅が、急に狭まる。


 岩肌に挟まれた水流が勢いを増し、轟音を立てて白く泡立っていた。


 その先。

 崖の縁から、水が一気に闇へと落ちている。


 滝。


 飛沫が霧のように舞い、夜の空気に細かな水滴が漂う。

 濡れた岩肌は月明かりを受け、鈍く光っていた。


 深海の靴底が、ぬめる岩を踏み鳴らす。


 肩で息をしながらも、振り返らない。


 川沿いを逃げ続ける。


 何度も触手を放つ。

 そのたびに指先へ焼けるような痛みが走った。


 それでも足は止めない。


 だが――


 足元の水流が急に荒くなり、

 耳を打つ轟音が一段と大きくなる。


 行き止まり。


 滝壺の縁だった。


 その瞬間。


「ピギイイイッ!!」


 半透明の塊が、背後から跳ね上がった。


 深海へ向かって一直線に体当たりを仕掛ける。


 ぬめる体表が月光を弾きながら、

 眼前いっぱいに膨れ上がった。


──触手が受けた損傷はその指に共有される。


 このデメリットを回避する大技が深海にはあった──


 深海は寸前で、手を広げ、のけぞり避ける。


 濡れた岩が足裏を滑り、重心が前へと崩れた。


 次の瞬間。


 身体は宙へ投げ出され、

 轟く水煙の中へと吸い込まれるように落ちていった。


───バシャゴォッ


 水しぶきが辺りを覆う。


 滝の上。


 半透明の塊たちが、縁に並ぶように集まり、

 白く泡立つ水面をじっと覗き込む。


 その視線は、水中に沈んだ深海へと向けられている。


 轟く水音の奥、

 霧のような飛沫の向こうに、

 暗い水面が揺れている。


 川底に沈んだ身体は、ピクリとも動いていない。


 衣服が水流にゆっくりと揺れ、

 長い髪だけが、黒い水の中でほどけるように漂っている。


 それを見下ろしたまま、

 半透明の塊たちはしばらく動かなかった。


 やがて一つが、ぬるりと縁から身を離す。


 それに続くように、一体、また一体と、

 スライムたちは滝の縁からそっと身を引き始めた。


 しかし。


──ブクブクッ


 湖の中。


 深海の身体を巨大な影が包み込む。


 水面を切り裂くように、黒い触手が一本、また一本と現れる。


──グルグルッ……ゴボゴボッ……


 水中の渦がうねり、

 湖底の闇そのものが膨張するかのように形を変えていく。


 やがて湖の底から、黒い巨大生物の輪郭がゆっくりと浮かび上がった。


──ザバアアンッ


 長く伸びた二十本の触手。

 それらは水中を縦横無尽に走る。


 湖面を切るたび、水が持ち上がり、

 いくつもの渦が湖をかき回すように巻き上がった。


 触手は湖に沈む深海の身体を守るように取り囲み、

 そのまま滝の上のスライムたちへと向けて広がる。


 湖面から飛びてた黒い影は、

 まるで湖そのものが生き物になったかのようだった。


 滝の上のスライムたちを確実に見下ろすほどの巨体。


「ピギュッ」


 半透明の塊たちは、その圧倒的な存在を前に動きを止めた。


 ぷるりと体を震わせ、

 小さく縮こまりながら見上げる。


──現想生装「クラーケン」の大技、『ディープ・ネプチューン』


 全身を水に沈めている間。


 現想生物クラーケンの全てを現想させ、その体を自在に操ることができる──



──ゴゴゴォンッ!!


 振り下ろされた触手が、滝の縁をなぎ払った。


 岩肌が砕け、水しぶきと共に石片が宙へ弾ける。

 半透明の塊が、まとめて潰れる。


 潰れた身体から溶解液が飛び散り、岩の上でジュウウッと白い煙を上げた。


──『ディープネプチューン』中の触手の損傷は深海に共有されない。


 だが、深海は以前現想災害に巻き込まれた事で、脳の呼吸中枢に障害がある──


 触手が数体のスライムに絡みつく。


 ぬめる身体をきつく締め上げる。


 そのまま力任せに引き裂いた。


 裂けた身体から溶解液が飛び散る。

 岩肌と触手の表面でジュウウッ……と音を立てた。


──深海の息を止められる時間は、たった15秒 ──


 湖面が激しく暴れ狂う。


 縦横無尽に走る触手が滝の上を薙ぎ払った。


 半透明の塊がまとめて弾き飛ばされ、

 岩肌に叩きつけられながら、


「ピギイイッ!!」


 悲鳴を上げる。


 水煙の向こうで、黒い触手がさらにうねる。


 9。


──ズバアアアッ


 クラーケンの巨大な口が水を大きく開き、

 湖の水を一気に吸い上げた。


 次の瞬間。


 圧縮された水流が、砲撃のような勢いで吐き出される。


「ピギャアアッ!!」


 半透明の体が大きく歪む。


 水流に押し潰され、

 塊ごと宙へ弾き飛ばされた。


 そのまま滝の縁の岩へ叩きつけられ、

 潰れた身体から溶解液が飛び散る。


 湖面では、巨大な影がゆっくりとうねる。


 深海はその間、

 全身を水中へ沈めたまま、

 限界まで息を止め続けていた。


 水面には、ただ気泡だけが静かに浮かんでいく。


 しかし。


 滝の上。


 クラーケンの前には、

 まだ二体のスライムが残っていた。


 滝の縁で、ぬるりと体を持ち上げて、

 潰れた仲間の粘液を踏みながら、

 ゆっくりと湖を見下ろしていた。


 15。


──ザブブブッ


 限界を迎え、深海の身体がびくりと震えた。


 胸が強く収縮する。


 肺が空気を求め、

 身体は反射的に動いていた。


 深海の腕が、水面へ向かって無意識にかき上げられる。


 その動きが湖水を大きくかき乱した。


 水が渦を巻き、

 湖の中で水流が暴れ出す。


 体を取り囲む水が騒ぎ立ち、

 無数の気泡が浮かび上がった。


 沈んだ身体を、

 水面へ引き戻そうとする。


 人間の生存本能。


 しかし。


──グゴォッ


 黒い触手が一本、水中に伸びる。

 そのまま、深海の身体を押さえ込んだ。


 水面へ浮かび上がろうとする体を、

 触手の力で無理やり水底へ。


 もがく腕が水を掻き、

 水流がさらに暴れた。


 それでも触手は離れない。


 深海の身体を静かに、

 確実に、

 湖底へと沈めていった。


 湖の中が、一瞬静まり返る。


 次の瞬間。


 滝の上。


 クラーケンは、湖底から伸びた触手を大きく振り上げた。


「ピギイイイッ!!」


 残る二体のスライムが叫び、溶解液を飛ばして反撃を試みる。


 しかし、

 触手は止まらない。


 逃げ場も、猶予も与えず――


──グチャッ


 滝の縁に、鈍い水音だけが残った。


 砕けた体が形を失い、

 粘ついた破片がゆっくりとほどけていく。


 濁った液体が水に溶け、

 暗い雲のように広がった。


 やがて動くものはなくなり、

 滝の上には、元の静けさが沈んでいた。


 18。


 倒し切った。


 深海は、すぐ様触手の制御を解く。

 だが、制限時間を超えた運用。

 それにより、深海の身体はすでに限界を迎えかけていた。


 身体の感覚が、一気に遠のいていく。


 力が入らない。

 水の冷たさ。重さ。

 感覚が輪郭を失っていく。


 思考がほどける。

 視界の端がゆっくりと暗く沈む。


 頭はすでに朦朧としていた。


 意識が、


 途切れる──


 その直前。

 一本の触手を、水の中で動かした。


 深海の身体が、水中から一気に弾き出される。


 水面が破裂するように弾け、

 体が宙へと放り出された。


 濡れた身体は回転しながら、滝の上空を越える。


 そのまま、地面にびちゃりと叩きつけられた。


 衝撃で体が跳ね、

 濡れた地面をゴロゴロと転がる。


 背中から地面に倒れ込み、

 深海はしばらく動かなかった。


──フゥッ……フゥッ……──


 鼻から荒い呼吸が漏れる。

 息を吐き出すたび、激しい耳鳴りと共に胸が大きく上下した。


 指先がわずかに静かに震える。

 濡れた服の隙間から、冷たい空気が入り込む。


 しばらくして、呼吸が少しずつ落ち着いていく。


 深海はゆっくりと顔を横に向け、

 スライムのいた方へ目を向けた。


 さっきまで大量に蠢いていた影は、もういない。


 崩れたスライムの残骸は、

 淡い光の粒子となって空気に溶けていく。


 川辺には何も残っていなかった。


「(`-ω-´)✧」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ