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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

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第18話 凶籤の配と黒衣の魔手

「場所は……東京第二現災署です!!」


 叫びが落ちた瞬間、室内の空気が、凍りついた。


 誰もが言葉を失い、

 次の呼吸を忘れたように立ち尽くす。


「実ちゃん、状況が変わったわ」


 最初に動いたのは井川だった。

 険しい表情で、即座に判断を下す。


「おばちゃんも、ここに残って対処する」


 実の放心していた意識が、そこでようやく現実に引き戻される。

 喉が一瞬、詰まったが実はなんとか口を開く。


「……了解です」


 そのまま井川は周囲を見渡した。


「ひとまず、みんなは正面玄関に避難を──」


 そこまで言いかけた、その時だった。


「げ」


 実達の背後から、場違いなほど軽い声が、落ちてきた。


「デブのババアいんじゃん。話とちげー」


 その声に振り返る。


 いつの間にか、少女が一人、通路の奥のドアの前に立っていた。


 小柄な体。無邪気さすら感じさせる顔立ち。


 ふと、少女が横を向く。

 まるで通路の壁や、誰もいない空間を確かめるように。


 しかし次の瞬間、何事もなかったかのように、

 実たちの方へ顔を向け直した。


「ま、いっか」


 そう呟き、トコトコと歩き出す。

 そして、その小さな手に──

 明らかに不釣り合いな拳銃が握られていた。


「っ!!」


 乾いた音が、空間を裂く。


──バンッ!!


 次の瞬間、井川の肩が弾けるように揺れ、

 赤いものが床に滴った。


「井川さん!!」


 実は叫ぶより早く、身体が動いた。


 腕を振るう。


 金が、鈍い音を立てて形を変えた。

 直線だったそれが分岐し、裂け、瞬時に細い帯へと変わる。


 帯は床を滑り、

 少女の足元を起点に跳ね上がった。


 両脚。

 腰。

 胸元。


 複数の金の帯が、

 内側へ食い込むように巻き付き――

 逃げ場を塞ぐ。


 拘束。


 そう判断した、瞬間。


「なっ」


 締め上げたはずの、その中心。

 金の帯が絡み合う“奥”に――


 少女の姿はなかった。


 視線を走らせる。


 拘束のさらに向こう。

 帯と帯の隙間の、その先。


 ドアの前に、

 少女は立っていた。


 何事もなかったかのように、

 少女は拳銃をこちらへ向ける。


 実は反射的に、金を盾へと変形させた。


──バンッ、バンッ!!


 二発の衝撃が、盾を叩く。


「うわ、盾作ったし。めんどくさ」


 ため息交じりに、少女がぼやく。


 そのまま、気だるげに一歩。

 さらにもう一歩。


 床を踏む足取りは軽く、警戒も躊躇もない。

 距離を詰めながら、少女は興味なさそうに肩をすくめた。


「はあああ!!」


 少女へと井川が踏み込む。


 全体重を乗せた拳を振るった。


──ドオオオンッ


 だが少女の姿は、また消えていた。


 井川の拳が叩きつけられた地面が、粉々に砕け散る様子だけが残る。


「危ないじゃない、デブババア」


 井川の身体の奥から、嘲るような声。


 気づけば、ドアの前。

 立ったままの少女が、井川を見下ろしていた。

 逃げ場を測るような視線が、静かに落ちている。


「なるほどね……」


 井川は歯を食いしばりながら、視線だけで位置を捉えた。


「瞬間移動ね。あなたの現想」


「ちっ」


 少女は露骨に顔をしかめ、舌打ちした。


「察するの早いわよ」


 そう吐き捨て、再び井川へ銃口を向けた。


──バンッ!!


 その刹那、実の腕が振り抜かれていた。


 盾の形状を変化させる。


 面のまま前方へ滑り出し、井川の横をすり抜けて、伸びた金が、二人の間へ割り込んだ。


 弾丸が叩きつけられる。


 甲高い衝突音。

 火花が散り、弾かれた弾丸が通路の床を跳ねた。


 金の盾は、そのまま井川の前に張り付くように止まっている。


 実は腕を下ろさない。


 井川の背中越しに、盾だけが前へ突き出されていた。


「実ちゃん」


 井川が振り返らず少女を見据える。


「一気に、かたをつけるわよ」


「はいっ」


 実の顎が引き締まり、視線がまっすぐ少女へ向く。


 短く頷いた、その時。


「あんたらさ」


 少女が頭をかきながら、気の抜けた声を吐き出した。


「そんなに私に構ってていい訳?」


 そう言って、細い指で実たちの背後を差す。


 実の肩がぴくりと動く。


 反射的に、背後へ振り返る。


 そこには――


 研究員たちが、床に倒れ込みながら必死に腕を振っていた。

 白衣が引き裂かれ、机や椅子が無秩序に倒れている。


 その上に、黒い影のようなものが折り重なる。


 人の形をしていない。

 四肢の長さも、関節の向きも、まともじゃない。


 見覚えのある異形。


 それが何体も、研究員たちの身体に群がっていた。


 背中に噛みつくもの。

 腕にまとわりつくもの。

 床に倒れた脚へ、這い上がるもの。


 呻き声が、部屋のあちこちから漏れる。


 机の下で、誰かが必死に足を蹴っている。

 だが、その足首にも、黒い影が絡みついていた。


「た、助けて……!!来るな、来るなぁ!!」


 必死に伸ばされた手が、空を掻く。


 実の視線が、その光景の上で止まった。


 唇が、言葉を探すようにわずかに動いた。


「……ゾンビ」



 山間のキャンプ場。

 夜露に濡れた地面を、川の水音が切り裂いている。


 「(ง •̀ω•́)ง」


 深海は、無言のまま手を水中へ沈めた。


 川越しの半透明の塊の影が揺れる。


 その影の中から、

 黒く半透明の触手が、ぬるりと伸び上がった。


 一本、二本。

 影を裂くように現れた触手が、粘つく塊へ絡みつく。


 しかし。


──ジュウウウ……


 触れた瞬間、

 触手の先端が音を立てて崩れた。


 黒い表面が泡立つ。


 どろりと溶け落ちていく。


 同時に、

 水中に沈めていた深海の指先がびくりと震える。


 深海はすぐ様、触手をどけ、"それら"を見据えた。


 「( ˙-˙ ; )」


 粘つく半透明の塊が、

 地面を滑るようにして、静かに近づいてくる。


 落ち葉を巻き込み、

 小石を飲み込みながら、ゆっくりと形を揺らしていた。


──現想生物スライム

 



 燃え盛る商店街。

 炎が、店々の看板とシャッターを赤く染めていた。


 崩れた屋根から火の粉が降り注ぐ。

 割れたガラスが、熱に軋んだ。


 火の粉をかいくぐり、

 ツグミは一気に距離を詰める。


 足裏でアスファルトが軋む。

 熱で揺れる空気を切り裂き、そのまま腕を伸ばす。


 そして、触れた。


──シュウウウッ


 白い蒸気が、一気に噴き上がる。

 触れた部分から、空気が激しく歪んだ。


 だが――

 凍らない。


 表面に霜が走るはずのその場所は、

 赤熱したまま、脈打つように揺れていた。


 まるで、内部で炎が呼吸しているかのように。


 指先に伝わるのは、

 冷却ではなく、焼き返すような熱。


 皮膚の奥へ押し込まれるような、

 重い熱気だった。


 次の瞬間。


 背後から、

 はっきりとした視線を感じる。


 ツグミの手が、わずかに止まる。


 振り返ったそれが、

 大きく口を開いた。


 喉の奥が赤く光る。


 火を噴いた。


 跳び退くが、間に合わない。


 轟音とともに吐き出された炎が、

 すぐ横を薙いだ。


 耳元を、熱が掠める。


「……最悪」


 焼けた感覚を無視し、

 ツグミは再び、前へと踏み出す。


──現想生物サラマンダー


 その光景を、一人の青年が、商店街の奥から眺めていた。


 崩れた看板にもたれ、

 炎に照らされた横顔が、退屈そうに歪む。


「なんだよ、つまんねぇ」


 ふてくされたように呟き、その光景から背を向けた。


「別んとこで暴れるか」

 



 薄暗い路地。

 建物同士が肩を寄せ合うように並び、上から差し込む光は、細い線になって地面をなぞる。

 湿った空気が、埃と油の匂いを閉じ込めていた。


──バンッ、バンッ!!


「うがっ!!」


 乾いた銃声と同時に、老人の身体が大きく揺れる。


 背中の布が弾け、

 衝撃が前へ抜けた。


「ひっ」


 短い悲鳴。

 少女がその場にへたり込み、反射的に頭を抱える。


 次の瞬間、

 髭面の老人が、よろめきながらも少女の前に立ち塞がった。


 少女へ向いたまま、

 広い背中を路地の奥へ晒す形で、腕を伸ばす。


 「……東京第二現災署隊員、石動玄蔵」


 路地の奥。

 黒いロングコートを羽織った青年が、

 銃口から薄く蒸気を立ち上らせた拳銃を向けたまま、低く呟く。


──バンッ!!


「ゔっ」


 老人の喉が、詰まったような音を立てる。


 背中が小さく跳ねる。

 それでも、少女から視線を外さなかった。


「……森下しの」


 ロングコートの青年は、名をなぞるように続けざまに呟き、

 また、引き金を引いた。


──バンッ、バンッ!!


「がっ……」


 銃声が路地に弾ける。


 玄蔵の背中が小さく跳ねた。

 広げていた腕が力を失い、ゆっくりと下がる。


 膝が折れた。


 少女へ向いたまま、

 身体が前へと傾いて。


 支えを失った体が、

 重く地面へ沈んだ。


 乾いた音が、路地裏に落ちる。


「玄蔵じいちゃんっ!!」


 しのが倒れる玄蔵の肩を揺らし、泣き叫ぶ。


 両手で必死に揺すっても、

 大きな体はぐらりと揺れるだけだった。


 声は震え、

 路地の壁にぶつかって虚しく跳ね返った。


「それぞれ、コカトリスにマイコニドか」


 青年はゆっくりと死体としのへ近づいていく。


 濡れた路地に、靴音が小さく響いた。

 コートの裾が、足元の影を引きずる。


 青年は倒れた老人の身体を、足先で軽く蹴り払った。


 重い体が、鈍く転がる。

 乾いた音が、壁際で止まる。


 しのは、その光景を見つめたまま、動けない。


 瞳は見開かれ、

 焦点の合わない視線が、転がった体を追った。


「あ……あぁ……」


 膝の上で握られた指先が、

 小さく震える。


 口元だけが、かすかに揺れていた。


 青年はしゃがみ込み、

 地面に縮こまるしのの前へ膝を落とした。


 しのの顔を覗き込む。


 指先で前髪を払い、

 露わになった額へ、


 ゆっくりと銃口を擦りつける。


「……貰っていく」


「っ!!いや──」


──バンッ!!

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