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『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第2章 同時災害編

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18/50

第17話 嫌な予感と崩壊の嚆矢

2章から長編アークに入ります。

ep1は28話までです。

田中家の玄関。


 実が靴を履いていると、

 背後から、眠たそうな声がかかった。


「……お兄、今日もバイト?」


 振り返ると、

 花がパジャマ姿のまま、目をこすって立っていた。


「うーん。今日はバイトっていうか」

「バイトのためのお勉強、みたいな感じかな」


「ふーん……」


 短く返してから、

 花はふと、壁に掛けられたカレンダーに視線を移す。


 明日の日付。

 そこには、丸く花丸が付けられていた。


 それに気づき、

 実は一瞬だけ言葉を探すようにしてから口を開く。


「……明日は、なんもないからさ」


 靴紐を結び終え、

 振り返って、少し大げさに笑う。


「絶対試合、見に行くよ」


 花は一瞬だけ目を伏せ、

 小さく息を吐いてから、


「……そ」


 そっけない一言。

 けれど、その声には、わずかな温度があった。


 「ふふっ」

 そのやり取りを背後で見ていた香が、洗濯物を畳む手を止め、くすりと笑う。


「じゃあ、いってきます」


「……いってらっしゃい」


 玄関のドアが閉まる音が、

 静かに、朝の家に残った。



「はいっ!!着いたわよ〜」


 井川の明るい声と同時に、車が静かに止まった。

 ドアを開けて外に出ると、目の前に広がっていたのは――いかにも研究施設然とした建物だった。


 無機質なコンクリートの外壁。

 装飾はほとんどなく、代わりに規則的に並ぶ細長い窓と、

 要塞のように重厚な正面玄関。

 役所というよりは、巨大な研究所に近い印象だ。


 建物へ歩きながら、実は思わず口にした。


「……千葉なんですね」


 井川は肩をすくめ、笑いながら答える。


「まぁ、なんとかランドみたいなもんよ」


 入口の前で、ひとりの女性がこちらに向かって手を振っていた。

 白衣の上からジャケットを羽織り、知的そうな眼鏡越しに、穏やかな笑みを浮かべている。


「いらっしゃい。ようこそ、東京第2現災署へ」


 彼女は一歩前に出て、はっきりと名乗った。


「ここの署長の牧野真琴です」


「あ、はじめまして。田中実です」


 実は反射的に、頭を下げる。


──関東で発生する現想災害は、

 基本的に二つの組織で対処しているらしい。


 僕たちが所属する東京現災署。


 そしてこの東京第二現災署だ。


 今日は見学という名目で、ここに連れてこられた。


 井川さんは付き添い、というより半ば引率役みたいなものだ──


「じゃ、さっそく中を案内するわね」


 牧野署長はそう言って、建物の中へと歩き出した。


 中に入ると、外観以上に「研究所」という印象が強まった。


 白く広い廊下。

 天井を走る配線。

 あちこちに設置された認証端末と、ガラス張りの区画。


 その中を歩きながら、前の牧野が説明する。


「東京第2はね。現災署であると同時に、研究施設でもあるの」

「現想災害を解決するために、現想そのものを研究してるんだ」


 廊下の途中で立ち止まり、ガラス越しに中を示した。


「たとえば、ここ」


 中では、白衣姿の研究員たちが複数の端末を操作しているのが見えた。


「自分との繋がりが強いわけじゃないフィクションを、現想生装として扱えるのか、って研究」


 さらに反対側のガラスへと歩く。


「そして、こっちはね。ディープフィクション――現実との繋がりが極端に弱いフィクションが、そもそも現実に現れうるのか、っていう研究」


「はぇ〜……凄いですね」


 思わず、実の口から素直な感想が漏れる。


 詳しい内容はほとんど理解できていなかった。

 だが少なくとも現想災害をどうにかしようと、本気で取り組んでいる場所なんだということを感じ取っていた。


「そういえば」


 歩きながら、牧野がふと実へ振り返る。


「実くんはさ。橘想って、聞いたことある?」


「えっ……はい」


 少し驚きつつ、実はそう答えた。


 橘想。


 護の兄。


 実は狩野の話を聞いてから、どういうわけか、フィクションという存在が、前よりもずっと身近に感じるようになっていた。


「じつはこの質問、その人に現想の“適性”があるかを見るためのものなの」


「……適性の、確認ですか?」


「そう」


 牧野は軽く頷いた。


「知っての通り、橘想はこの世で唯一、現実からフィクションに落ちた人間。本来なら普通の人が知るはずのない無名の研究者」

「それなのに、その名前や情報がどこまで知っているのか。その反応で、フィクションとの繋がりの強さを見てるの」


『お前、橘想って知ってるか?』


(あの質問はそういう意味だったんだ……)


「ただしね」


 牧野は少しだけ声を落とす。


「この質問も、確実な方法じゃない」

「そもそも、橘想に近しい人だったら意味ないからね」

「だからあそこでは、他に判別方法がないかを研究してるんだ」


 そう言って、廊下の奥にある一室を指さした。


 「あそこでは他でも──」


 ――ウゥゥゥゥゥゥゥッ!!


 突然。


 言葉を遮るように、

 けたたましいサイレンが鳴り響いた。


 一瞬で、空気が変わる。


 研究員たちの動きが止まり、

 次の瞬間には一斉に慌ただしく動き出した。


「……っ」


 サイレンを聞き、牧野が表情を引き締める。


 「場所は?」


 井川さんは、すぐ近くにいた研究員へ声をかけた。


「茨城県龍崎市です!!」


 端末を見つめたまま、研究員が即答する。


「わかった、すぐ向かうわ──」


 牧野が即座に頷き、判断を下そうとした、その時だった。


「更に、栃木県左野市……!!」

「二地点から現想反応を確認しましたっ!!」


 別の研究員が、声を上ずらせながら続ける。


「……なっ」


 牧野の表情が、わずかに強張った。


「一度に、二体……!?」


 思わず、実の口から驚きが漏れる。


 その場にいた全員が、一瞬、言葉を失った。


 そんな中――


「……わかったわ」


 井川が、静かだがはっきりとした声で口を開いた。


「もう一方の地点には、おばちゃんが行く」


 迷いのない声音でそう告げた。


 しかし、それに対して牧野さんが小さく首を振る。


「いえ。左野市の近くの鹿池市には、昨日の現災対応で向かった玄蔵さんとしのちゃんがまだ残っています」


「……確かに、まだ現地待機中です」


 研究員がデータを確認しながら頷いた。


「二人に向かわせます。戦力的にも問題ありません」


 牧野は冷静にそう判断した。


「……そう」


 井川さんは短く頷き、それから言葉を継ぐ。


「ならおばちゃんは、牧野ちゃんの方を手伝うわ」


 だが──


「いえ。気にせず、ここに残ってください」


 一瞬、言葉を探すように視線を泳がせてから、

 牧野は、いつになく慎重な声音で続けた。


「……何か、嫌な予感がします」


 研究所のトップとは思えないほど、

 感覚的で、曖昧な言葉。


 それでも――

 不思議と、その場の誰もが否定できなかった。


 牧野は、それ以上説明せず、

 踵を返して足早に研究室を出ていった。


 嫌な予感。


 理由なんて、説明できない。

 けれど――


 実も、不思議と同じものを感じて取っていた。


 まるで、

 何かが静かに、しかし確実に、

 歯車を狂わせ始めているような感覚。


 気づけば、手のひらがじっとりと湿っている。

 指先の感覚がどこか鈍い。


「実ちゃん」


 真剣な表情で、井川が実を見つめる。


「念の為よ。今現災署で待機してるツグミちゃんに、いつでも動けるよう連絡しておいて」


 いつも明るい井川の表情がここまで険しいのを実は初めて見た。


「……はい」


 実はすぐにスマホを取り出し、電話をかける。


 呼び出し音は、ほとんど鳴らなかった。


『実くん!? ちょうどよかった!!』


 受話口から、切迫した声が飛び込んでくる。


「え……?」


 状況が飲み込めない実を気にも留めず、ツグミは言葉を続けた。


『今ウチの管轄で、同時に二体現災が発生したの!!』


 焦りを隠そうともしない声が、スマホ越しに聞こえてきた。


「なっ……!!」


『片方には、深海さんが向かってる』

『でも念の為、井川さんと一緒に戻ってきて』

『いつでも動けるよう待機してほしい』


「一度に……四体……?」


 吐き出した言葉が、喉に引っかかる。


 その横で――


「ツグミちゃん」


 井川が、実のスマホに向かって声をかけた。


「第二の管轄でも、二体の現災が発生したわ」


『……え!?』


「だから、実ちゃんは第二に残す。おばちゃんが、そっちに向かうわ」


 少しの沈黙の後。


『……了解です。お願いします』


 焦りを飲み込んだような声が流れた。


 そのまま電話が切れる。


「聞いてた通りよ。おばちゃんは今から署に戻るわ」


 そう言ってから、井川は実をまっすぐ見据えた。


「何かあったら、すぐ連絡ちょうだい」


「……了解です」


 実は口をうまく動かせなかった。


──一体、何が起きているんだ。


 現想災害が増えている。

 その事実は、以前聞いていた。


 でも、これはもう……

 偶然や重なりで済ませられる規模じゃない──


 何かが、崩れ始めている。


 そんな感覚が、実の胸の奥に、重く沈んでいく。


 その時だった。


――ドォンッ!!


 突如、建物全体を揺らすような、

 鈍く、重たい音が響いた。


 その後再び、サイレンがうるさく鳴る。


──ウゥゥゥゥゥゥゥッ!!


「五体目……?」


 実は知らないうちに声に出していた。


「場所は」


 井川が、すぐ様研究員に詰め寄る。


 一度に五体。

 聞かなくても、前代未聞だとわかるその出来事に

 実の足が、床の上で小さく震える。


 だが、異常はそれだけではなかった。


 研究員は、手元のモニターを見たまま、驚いたように口を開く。


「……ここです」


「……え?」


 冷静だった井川の声色が、はっきりと曇った。


「場所は……」

「東京第二現災署です!!」

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