第12話 重い過去と笑う今 ②
「じゃあ、改めて——」
ツグミが一歩前に出て、にっと笑った。
「実くん、現災署へようこそっ」
パンッ、パンッ、パンッ。
ボロボロの部屋に、三人が一斉にクラッカーを鳴らす。
ところどころ凍りつき、壁はひび割れ、床には抉れた痕が残ったままの狩野の部屋。
その中央のテーブルには、不釣り合いなほど豪華な料理が所狭しと並んでいた。
大きなホールケーキ。
山盛りの唐揚げ。
分厚く焼かれたステーキ肉。
ハンバーガーに、ピザに、フライドポテト。
明らかに男子が好きそうなものセットが並んでいた。
「(*´▽`)ノ」
深海がようこそっと表情で告げていた。
「みなさん、ありがとうございます」
実は照れたように微笑み、軽く頭を下げた。
しばらく、各々が料理に手を伸ばす時間が流れる。
狩野は肉をかじり、ツグミはケーキを掴み、深海は唐揚げを黙々と頬張る。
空気が落ち着く。
そんな中、狩野が背もたれに寄りかかったまま口を開いた。
「ウチ、今まで四人でローテ回してたからな。正直、お前が入るのはだいぶ助かるよ」
「四人……?」
実は首を傾げ、指を折りながら数えた。
肩を軽くすくめ、視線をメンバーに渡す。
「狩野さん、ツグミさん、深海さん、井川さん、護さん……五人じゃないですか?」
「(・ω・`三´・ω・)」
「護さんは現場対応しないんだ」
ツグミが淡々と告げた。
「え、そうなんですか?なんでなんです?」
実の疑問に狩野がサッと口を開いた。
「シンプルに、あの人の現想、よえーんだよ」
「えっ!!」
思わず、実の眉が上がった。
目が大きく開き、唇をわずかに噛む。
「なんだよ。トップなんだから一番強いとか思ってたのか?だったら漫画の見すぎだな」
「うっ……」
ズバリ言い当てられてしまった。
「まぁ、弱いってより使いづらい能力なんだよね」
ツグミが軽く肩をすくめ、手元のフォークを置いた。
「その代わり、あの人には大局的な判断力がある。だから署長って立場を任されてるんだ」
実は口元を引き締め、眉を軽く寄せる。
頬の筋肉が緊張し、視線をテーブルの料理からそっと逸らした。
(……正直、今までの言動を見る限り、とてもそんな凄い人には見えなかったけどなぁ)
そのまま、手元のナイフとフォークが皿に触れる規則的な音だけが部屋に響く。
少ししてから、ツグミが口を開いた。
「でも大変だよね。現災署と学生の兼業は」
実は眉を軽く上げ、首をかしげるようにして問いかける視線を返した。
「お二人は、学生じゃないんですか?」
「あぁ」
狩野は視線を少し逸らし、手を膝に置く。
「俺もツグミも、中学の頃、現想災害に巻き込まれてな」
「え」
その一言に、実の手が自然と止まる。
頬の筋がわずかに引き締まり、息を呑む。
「そこで家族全員死んで、天涯孤独」
「その後、能力見込まれて現災署に拾われて。学校にも行かずに訓練漬け」
「まぁ高校行ける頭もねぇがな」
実の肩が縮み、胸の奥がひくりと冷える。
手は自然と膝の上で硬く握られた。
「……すみません」
反射的に、声が漏れた。
「お前なぁ」
狩野は鼻で笑い、視線を上げずに軽く顎を引いた。
「この程度の身の上話で暗くなってちゃ、保たねぇぞ?」
「現想災害に遭うってことは、FICTIONに繋がる機会があったってことだ」
「結構多いぞ、俺たちみたいなの」
狩野は流れるように深海の方へ視線を移す。
「深海さんだって、現災に脳やられて、喋れなくなってんだし」
「(///▽///)」
実は視線を俯け、肩が強張った。
(……現想災害。頭では、わかっていたつもりだったけど……)
額に冷たい汗がたらりと流れる。
「……あんまり重く受け止めないでね」
実はゆっくり顔を上げ、視線をツグミに向けた。
ツグミは、いつもの少し砕けた笑みを浮かべていた。
肩を軽くすくめる仕草が、柔らかさを添えている。
「逆にさ。私たちと違って、普通の生活をしてたのに、それでも自分で選んで現災に立ち向かおうとしてるの、すごいと思うよ」
「(*゜∀゜)*。_。)」
「まあ、それはそうだな」
狩野も、だらりと背もたれに寄りかかったまま、意外にもあっさりと同意した。
「フフッ井川さんみたいにね」
ツグミがくすくすと笑い、視線を少し落として皿に触れる。
「……井川さん?」
実の眉が軽く上がり、首をかしげる。
「うん。井川さんもね、実くんと同じ」
ツグミは手元を軽く弄りながら言葉を続ける。
「普通の生活を全部投げ打って、現災署に入ったんだよ」
「“小さい子たちが危険にさらされるのは、おばちゃん許せない〜”ってさ」
「あ……そうだったんですか」
実の口元が自然に緩み、肩の力が少し抜ける。
「優しい人なんですね」
頬の筋肉がゆるみ、目尻に光が戻っていた。
「そうそう。その優しさに――狩野のは惚れたんだ」
その瞬間。
「ぶふっ!!」
狩野がジュースを盛大に吹き出し、テーブルに手をついて身体をよじった。
「はあ!? ちげーしっ!!」
「何言っちゃってんのお前!?」
顔を真っ赤にして、声を荒げていた。
肩も小刻みに震え、必死さが滲む。
「いや確かに、井川さんにはすげー感謝してるしっ尊敬もしてるけど!!」
「それはあの人が俺の命の恩人だからで!!」
「(・∀・)」
実は視線を一瞬だけ上げ、狩野の様子に軽く目を見張った。
(……こんな焦ってる狩野さんを見るの、初めてだ)
小さく目を細め、視線を狩野の全身にゆっくり滑らせる。
(話を聞く感じ現想災害に巻き込まれた狩野を助けたのは、井川さんなんだろうな……)
実は軽くうなずき、視線を前に戻す。
「確かに、それは惚れても仕方ないですね」
「お前まで何言っちゃってんだ、マジで!?」
声が室内に響き、必死さを残しながらも、場の空気を壊さないまま騒がしさが増した。
部屋全体には、笑いと軽い会話が満ちていく。
さっきまでの緊張感はすっかり消えていた。
◇
しばらく食事を続けたあとだった。
ツグミは机に突っ伏し、肩を小さく揺らして静かに寝息を立てている。
「( ˘ω˘ )zzz」
深海も、顔を横に向けたまま、微動だにせず眠っていた。
その二人の静寂に、実は小さく息を吐いた。
「……僕、正直、脳天気でした。今までなんとかなってきたから……」
「現想災害ってものを、甘く考えていたのかもしれません」
視線は膝先に落ち、指先で机の縁を軽く触れながら言葉を探した。
「僕が思っている以上に……」
「この世界が今も続いているのって、奇跡なんでしょうか」
部屋の空気は沈み、沈黙だけが規則正しい音のように広がる。
氷の入ったグラスに触れる指先の感触が、静かに響く。
かちり、と乾いた音が一つ、落ちた。
狩野は、眠るツグミの髪先に視線を落とす。
「……そいつ、田舎に住んでてよ」
言葉を口に出すべきかどうか、顔にはしばし迷いが滲んでいた。
「父親と母親と兄貴の四人家族だったらしい」
「家族仲も良くて、平和そのものだったって話だ」
一拍置いて、声の調子が自然に落ちる。
「そんな暮らしを、ある日人類史上最大の現想災害に壊された」
実の背中に、ぞくりと冷たいものが走る。
「……最大、ですか?」
恐る恐る問いかける。
狩野は視線を下げ、短く答えた。
「現想生物ドラゴン」
「――っ」
「お前も見たことあるだろ。三年前の、静岡県夏焼村の大規模ガス噴出事故」
記憶の奥に、フェンスに囲われた森と田畑の光景が蘇る。
市街地のないただの田舎。丸ごと隔離され、切り取られたように静止していたテレビの奥のあの光景。
「あの被害を出したのが、ドラゴンだ」
胸が、引き攣り、心臓が一拍遅れて強く打った。
「知っての通り現災署は人手不足。しかも人の多い都市部にしか設置されてねぇ」
「インフラの整ってない夏焼村は、到着した時にはもう……手遅れだったらしい」
その一言が、実の喉の奥に引っかかるように止まった。
狩野は眠るツグミに視線を戻す。
静かな目つきのまま、言葉を続けた。
「ツグミは一人で森を走ってな。奇跡的に逃げ切った」
実は自然に肩を強く引き寄せ、視線が一点に留まったまま止まる。
背筋の緊張が微かに震え、唇を噛む。
「……でも、後で再会した家族は、もう原型を留めないほど損壊してた」
「兄貴に至っては、死体すら残らなかったそうだ」
「……」
胸の奥がぎゅっと潰れ、言葉が喉で詰まる。
言葉が見つからない。
「お前、この世界が続いているのは奇跡なのか、つったよな」
「……お前の疑問は正しいよ」
「現想生物ドラゴンは、当時駆けつけた隊員を全滅させた」
「っ!? じゃあ……なんで……?」
「理由はわからん。現実との繋がりに不備があったのか、暴れて満足して帰ったのか」
「いずれにせよ、ドラゴンは奇跡的に現実から姿を消した」
「もし、その奇跡が起きてなかったら、この世界は三年前に終わってた」
「俺たちが思ってるよりも、ずっと――ギリギリなんだよ。この世界は」
実は、黙ってツグミの背に視線を向けた。
眠るツグミの背中が、さっきより小さく見える。
肩の力が抜けず、背中を丸めたまま固まった。
「まあ、だからなんだ」
さっきまでより柔らかい狩野の声が耳に入った。
実は狩野の顔を見やる。
「その奇跡に感謝して、今は笑って過ごそうぜってことだ」
ぶっきらぼうな笑みを、こちらに向けていた。
──狩野さんのその言葉を聞いた時、
僕は少しだけ心が軽くなった。
目を逸らすこと。
深く考えすぎないこと。
現実逃避にも似たその考えに、
その夜、僕は確かに救われていた──




