表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『現想 ― フィクションが現実に現れた世界 ―』  作者: 阿井 愛
第1章 現災署加入編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/50

第10話 叫ぶ無貌と黙する笑顔

この回は1話完結のエピソードです。

現想反応が確認された地点は、低いブロック塀に囲まれた住宅街だった。

 並ぶ一戸建ての窓に夕方の光が反射し、買い物袋を提げた主婦が足早に通り過ぎていく。

 どこを見ても、生活の匂いしかない。


「……ここですよね……」


 実の声が少しだけ沈む。


 隣にいる深海はスマホの画面を確かめ、顔を上げた。


「(*゜∀゜)*。_。)」


 小さく頷く仕草。


「……」


 実の視線が、塀の影から電柱の根元へ、そして曲がり角へと移る。

 何も動かない。


「……現災……見あたりませんね」


「(*゜∀゜)*。_。)」


 もう一度、同じ角度で頷く。


「……」


 実は制服の袖口を指でつまみ、すぐに離した。


(な、慣れないなぁ……)



――同日、少し前。


 東京現災署。


「今日の実くんのパートナーは〜」


 護の声に合わせて、室内の空気がわずかに弾む。


「じゃじゃーん」


 両腕を広げる。


「こちらが今日の実くんのパートナー、深海澪くんで〜す」


 隣に立つ青年が実へ視線を向け、両手を上げて笑顔を作った。


「\(^o^)/」


 実のまばたきが一拍遅れる。


「え、あ……よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げる。


 深海も穏やかな顔で頭を下げた。


「(* ᴗ͈ˬᴗ͈)”」


「あっ……お願いします」


 実はつられて、もう一度頭を下げた。


「見て分かる通り、深海くんは喋ることが出来ないんだけどね〜」

「表情が豊かだから、慣れるとめちゃくちゃコミュニケーション取れるよ」

「無口界のコミュ強だよね〜」


 深海は顎を上げ、得意げな顔をする。


「( ̄ー ̄)✨」


「……」


 実の視線が深海と護のあいだを往復し、空中で止まる。


(な、なにかがおかしいような……)


 額に触れた指先が、そのまま止まる。


 実はしばらく黙り込んだが、いくら考えても、答えは出なかった。



 ――そして、現在。


「本当に……普通の住宅街ですね」


 実の視線が、塀の上を滑り、向かいの家の窓へ移る。

 足元の影が揺れるだけで、異様なものは見当たらない。


「(;・∀・)」


 隣で、深海の眉が寄った。


「誤報だったんですかね」

「一旦、署に戻りま──」


 ピンポーン。


「……え?」


 音のした方へ顔を向ける。

 深海の指が、民家のチャイムから離れるところだった。


「え、ちょ……!!」


 伸ばしかけた手が止まる。


 返事はない。家の中は、音を吸い込んだまま動かない。


「……外出中っぽいですね」


 言葉が終わる前に、深海の指がドアノブに触れる。


「え、ちょ、ちょちょちょ!!」


 制止は届かない。


 軋む音とともに、扉が内側へ開く。


 深海の背中が、そのまま暗い玄関へ消える。


「ええ……不法侵入にならないんですか──」


 語尾が引き伸びたまま止まった。

 視線がドアノブへ落ちる。

 わずかに開いた扉の隙間を、目が追う。


(鍵が、かかっていない……?)


 実の眉が寄る。

 開いた扉を見つめたまま、喉が小さく動く。


 すでに中へ進んでいる深海の背中を見る。

 少し間を置き、片足を敷居の内側へ差し出した。


 靴底が床に触れる。


 もう一歩。

 足音を抑えるように、ゆっくりと廊下へ踏み込む。

 深海との距離を測るように、一定の間隔を保ったまま進んでいく。


 そのとき。


「……声?」


 奥からぶつかり合う声が流れてきた。

 高い声と低い声が混ざり、廊下の壁を震わせる。


 深海の背中が小さくなっていく。

 足音が速まる。


 実も歩幅を合わせる。


 廊下の先に、半分閉じたリビングの扉が見えた。


 深海の手が伸び、ノブを掴む。


 軋む音とともに、扉が内側へ動いた。


「(゜Д゜)」


 横顔の変化に気づき、実の足が止まる。


 深海の肩越しに、実もその隙間から中を覗き込んだ。


「……!!」


 実の視線の先。


 そこには、四人家族がいた。


 父と母と、娘と息子。

 向かい合い、声を荒げている。


 一見すれば、どこにでもいそうな家族。

 口論も、特別珍しいものではない。


 だが。


 彼らは、顔で喋っていなかった。


 怒鳴り声は確かに響いている。

 しかし、誰の口も動いていない。


 目は正面を向いたまま。

 頬も、顎も、ぴくりとも揺れない。


 代わりに動いているのは、腹だった。


 服の上からでも分かるほど異様に盛り上がった腹部。

 そこが裂けるように開き、

 内部から、口が覗いている。


 その口が、激しく開閉する。


「だからお前が悪いんだろお!!」

「何よその言い方っ!!」

「もうやめてよっ!!」


 罵声はそこから吐き出されていた。


 四人とも、同じように。


 顔は無表情のまま、

 腹の口だけが互いを罵り合っていた。


 (どういうことだ、これ……現災、だよね……?)


 実の眉間に皺が寄る。指先がゆっくりと丸まり、拳の形をつくる。


「と、とりあえず落ち着いてください!!」


 一歩踏み出した瞬間、罵声がさらに重なった。キッチンの方で金属の触れ合う音が跳ねる。


 母親の手に包丁が握られる。


 「……あんたなんか、産まなきゃよかったっ!!」


 腹に開いた口が大きく裂けた。次の瞬間、その身体が息子へ向けて踏み込む。


「――っ!!」


 実の足が床を蹴る。


 振り抜いた腕から伸びた延べ棒が、空中で枝分かれする。

 

 二本に割れた金属が、母親の両脇をかすめ、そのまま左右の壁へ突き立った。


 ドンッ、と腹の底に響く音が走り、窓ガラスに細かなひびが広がる。


 背が壁へ叩きつけられ、両腕が開いたまま固定される。


 包丁が指先からこぼれ落ち、床を滑った。


 腹の口だけが、なおも開閉を繰り返していた。


「……っ、ふぅ」


 実の肩が上下する。


 額に滲んだ汗がこめかみへ伝う。

 手の甲でそれを拭い、浅く息を吐き直した。


「深海さん、こういう時って、どう対処すれば――」


 言いながら振り返る。


「……あれ?」


 声が宙に落ちる。


 そこにあるはずの背中がない。


 一歩分、空いている。


 実の視線が廊下をなぞる。

 壁際を追い、玄関の方へと抜ける。


 開いたままの扉。

 揺れるものはない。


 (え、いつの間に?)


 喉がひくりと動く。


(こんな、見るからに弱そうな現災は、僕一人で解決しろってこと……?)


 指先が無意識に延べ棒を握り直す。


 その瞬間、罵声がすぐ目の前で弾けた。


 「邪魔すんな!!」

 「なんだお前!!」


 三人の顔が一斉にこちらを向く。

 腹の口が、同時に開いた。


 床に落ちていた包丁を、息子が拾い上げる。

 割れた窓際へ父と娘が走り、散ったガラス片を掴んだ。


 実の奥歯が噛み合う。


(もし、取り憑かれているタイプなら、この人たちを、傷つけちゃまずいっ)


 前からガラス片が振り下ろされる。


「っ……!!」


 身体を引ききれない。

 頬と腕に赤い線が走る。


 足が半歩、横へ流れる。

 踏み込みで重心を戻し、膝で衝撃を受け止める。


 視界の端で、包丁が振り上げられるのが見える。

 刃先が照明を弾いた。


 喉の奥で息を止め、歯を噛み合わせる。


 握った延べ棒が伸び上がる。

 相手の身体を押し剥がすように、肩口へ叩きつける。背中ごと床へ押し倒す。


 杭となった先端が床板に食い込み、上半身を縫い留めた。


 跳ね返るように、別の方向へ金属が走る。


 壁へ。


 床へ。


 枝分かれした先端が、父の両脇を押さえ、娘の手首を固定し、床へ縫いつけた。


 四人の身体が、それぞれ壁か床へ押しつけられたまま止まる。


 カランカランと音がなる。包丁が床に転がり、ガラス片が指先からこぼれ落ちた。


 暴れていた足が空を踏み、やがて力を失うのが見える。


 室内から動きが消えた。


 それでも。


 腹の口だけは、今でも叫び続けていた。


「……」


 張りつめていた肩の力が、静かに落ちる。


(これで、ひとまず暴力は防げた)


 荒い呼吸を整えながら、視線をゆっくりと腹部へ移す。


(……やっぱり怪しいのは)


 娘の前へとゆっくりと移動する。


 腹に開いた口は、なおも暴言を吐き続けている。


 ごくりと唾を飲む。


 距離を詰めて。


 恐る恐る、中を覗き込んだ。


 裂けた出来物――


 その奥には、さらに口があった。


 細長いそれは、ミミズの頭部のようにぬらりと伸び、先端に不自然な裂け目を持っている。

 ぬちゃり、と湿った音を立てながら開閉し、そこから言葉を吐き出していた。


 実の喉が、音もなく上下する。


(やっぱり、憑依してるタイプだ……)


 眉間に皺が寄り、唇の端が引きつる。


(これを、体を傷つけずに取り出せるのか……?)


 延べ棒の先端を針のように細く変える。

 震えないよう意識しながら、出来物の奥へ差し込もうとした、その瞬間。


 ガリッ。


「――っ!?」


 手元にあったはずの重みが、不意に抜け落ちた。


 違和感に引かれるように視線を落とすと、延べ棒の先端が、出来物の奥で噛み砕かれていた。


 歪んだ金属の断面が、湿った粘膜のあいだに挟まれている。


(こんな……力が……?)


 ゆっくりと顔を上げる。


 仰向けに固定された少女の身体。

 無表情の顔だけが、こちらを向いている。


(もし、取り出す途中でこいつが体内で暴れたら、この子は……)


 その時。


――ガキン。


 硬質な音が背後で弾けた。


 空気が震え、その衝撃に実の肩がピクッと跳ねる。


 反射的に上体をひねり、振り向く。


 床に押さえつけていた父親が、腹の口で金属を噛み砕き、拘束を断ち切っていた。


「しまっ――」


 拘束を断ち切った父の身体が、床を蹴る。


 距離が一瞬で縮まっていく。


 視界いっぱいに迫る影。


 実の目が見開かれ、奥歯が強く噛み合う。頬の筋肉が引きつり、延べ棒を握る手に力がこもる。


 腹の口が大きく裂け、唾を散らしながら迫ってくる。


(こんな現災……どう、対処すれば……)


 そう思った瞬間。


 ――バシャァッ!!


 視界を遮るように、水が弾けた。


 父の腹部へ、横合いから叩きつけられた大量の水が、床と壁へ飛び散り、衝撃で身体が仰け反った。


「……!!」


 実は反射的に振り返る。


 廊下の奥から、深海が駆け込んできていた。

 両手にバケツを提げ、水を撒き散らしながら距離を詰める。


「( ̄▽ ̄)b」


 親指を立てたまま一瞬だけこちらを見ると、深海はすぐに視線を戻し、もう一つのバケツへ手を差し入れた。


 その瞬間。


 「モガッ」


 腹の口が、潰れたような声を漏らす。


 次の瞬間、裂けた腹の奥で空間が歪んだ。


 何もなかったはずの内部に、黒く半透明な触手が現れる。


 絡まり合ったそれが、内側から異物へと巻きつく。


 ずるり、と。


 あのミミズに似た存在が、腹の裂け目から強引に引きずり出された。


 体外へ晒されたそれが、空中で激しくのたうち回る。


「……すご……」


 まばたきひとつ。


 実は一瞬呆然として立ち尽くす。


 だが、すぐさまハッとなり、握り直した延べ棒に力を込め、足を踏み込んだ。


 振り抜いた腕に沿って、金色の塊がねじれ、刃の形を帯びる。

 水しぶきが四方に散り、空気を裂くように一直線へ振り下ろす。


 刃先が異物に食い込む。


 抵抗を押し切るようにそれを押し込む。


 空中で身をよじる異物が、金属の力でひしゃげ、鈍い衝撃音とともに形を崩した。


 光の粒子が、ふわりと空中に散って消えていく。


 実の視線は自然と父親の腹に移る。


 出来物は最初からなかったかのように消え、

 父親は気絶して床に横たわっていた。


「……よかった……」

 実はゆっくりと息を吐き、胸の前で手を下ろす。


 横から深海が、水の入ったバケツをひとつ差し出した。

 顎を軽く上げ、視線をこちらへ送っている。


「(ง •̀_•́)ง 」


 実は差し出されたバケツに手を添え、力強く頷いた。


「っ、はい!!」



「終わった〜……」


 二人は民家の外へ足を踏み出した。

 実の視線は、倒れた家族の様子を軽く確認しながらも、周囲の住宅街に目を走らせる。


「誰も、大きな被害がなさそうで、安心しました」


「(*゜∀゜)*。_。)」


 その顔を見て実は自然に、唇の端が引いた。


「これで、ひとまずは――」


 実は言葉を口にする直前、胸の奥に何か引っかかるものを感じた。


 慌てるように民家に振り返る。


(……本当に、これで終わりなのか?


 あの家族だけに、現災は現れたのか?)


 視線を左右の住宅に滑らせる。


(もし、気づかないうちに、同じものが他の民家にも入り込んでいたとしたら……)


 背筋に小さな冷えが走った。


 慌てて深海の顔を確認する。


「深海さ――」


「ദ്ദി^._.^)」


「……え?」


 実は足を踏み出し、隣の民家の扉を押し開け、中のリビングを覗き込んだ。


 そこには、床が少し濡れたリビングと、


 気絶して横たわる家族の姿があった。


「もう、終わっている……?」


 実は視線を民家の中に向けたまま、目を細め、眉を軽く寄せる。


 口元は硬く閉じたまま、視線を動かさずに考えを巡らせる。


(……そうか。


 深海さんは、あの家族を見た瞬間に察して。


 だからあの場は僕に任せて、先に動いていたんだ)


 実は深海の方を見返す。


「(人´∀`)」


 その仕草を見て、実も肩の力を抜いた。


(……僕は、まだまだだな)


「(*´▽`)ノ」


「……そうですね」


 実は小さく頷き、手のひらをゆっくりと、深海の方へ差し伸べた。


「ヽ(○´∀`)人(´∀`○)ノ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ